1人の女性の失踪事件から物語が始まり、予想外の人間関係と思わぬ展開を見せる『悪なき殺人』。今回は本作で監督を務めたドミニク・モルさんにリモートでインタビューをさせていただきました。本作のお話から監督の好み、コロナ禍の映画業界についてなどお話をおうかがいしました。
<PROFILE>
ドミニク・モル:監督
1962年、ドイツのビュール出身でフランスの映画監督、脚本家。『ハリー、見知らぬ友人』(2000)、『レミング』(2005)はカンヌ国際映画祭でパルム・ドールにノミネートされ、『ハリー、見知らぬ友人』は、2001年セザール賞で最優秀主演男優賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞など数々の賞を受賞。
※前半は合同インタビュー、後半は独占インタビューです。
観客が能動的に映画を観るようになるのがとても大切
マイソン:
本作はコラン・ニエルの原作を映画化されていますが、映画化したいと思った理由を教えてください。
ドミニク・モル監督:
まずキャラクターの描写と、ストーリーの構造が非常におもしろかったというのが映画化したいと思った理由です。原作でもそれぞれのキャラクターの視点から描く章立てになっているんですね。クライム小説にしては珍しい仕立てになっていて、アリスのような社会福祉士の視点からストーリーがはじまるというところにもおもしろさを感じたのと、コラン・ニエルさんはキャラクターを至近距離で描いているところが素晴らしくて、彼等が感じていることを読みながらこちらも感じることができるし、共感を禁じ得ないというか。それからもう1つ、さきほど構造の話をしましたけれども、最初はアリスの話と思いきや、次の章に行ったら全然違う舞台と全然違うキャラクターの視点から描いていて、次のキャラクター、また次のキャラクターと繰り返しそういうサプライズがあるので、読み進めていくのに非常に刺激的でおもしろいと感じました。そしてやっぱりビジュアル的にいろんな想像を掻き立てられる描写が小説として素敵だなと思いました。映画の舞台はコース高原というところで僕もよく知っている土地なのですが、雪が深々と降っている光景はとても映画的だと思った上に、そこから急にコートジボワールの活気ある大都市アビジャンに舞台が移り、このコントラストもとてもおもしろいと思ったんです。この3点が動機となりました。
記者1:
今原作にすごく魅了されて映画化されたとおっしゃっていたんですけれども、映像化するにあたって工夫した点と、挑戦的だと思った点を教えてください。
ドミニク・モル監督:
主なチャレンジとなったのは、原作では第一人称で描かれているところです。彼等がどのように自問自答しているのか、何を考えているのかというのは、彼等が語りべとなってくれるのでわかるわけなんですけど、映画でそれをやるとモノローグが必要になったり、ボイスオーバーが必要になったりするんです。でも、それは避けたかったんですよね。なので、それを状況とか人の表情、視線で見せなければならなかったんです。そういうところがとてもチャレンジングでした。もう1つこれは映画的にリスキーだなと思ったのがインターネットでチャットをしているところです。ひたすらパソコンの画面を見せるだけっていうのは映画として非常につまらない作りになってしまうので、これはどうしたものかとちょっと悩みました。でも、ドゥニ・メノーシェさんがチャットにすごく豊かな表情で反応してくれたので、アフリカの少年との行ったり来たりのカット割りが良い具合に仕上がって、「これはうまくいく」と安心できました。もう1つ意識したことでいうと、南仏のだだっ広い平原で寒々とした雪が深々と降っているような光景、でも室内は暗くて狭いっていう情景から一気にアビジャンの町へ飛んで、多くの人が群がっていたり賑わっていたりっていう光景を対照的に描きたかったので、そこは美術部とよく相談しながら作り上げていきました。
マイソン:
序盤で死体が出てきた瞬間に観客は「犯人は誰だ?」という視点に一度はなると思います。でも観ていくと話の軸は犯人捜しではないとある種の裏切りがすごくおもしろかったです。監督は映画を作る際、観客の予想に答えるほうか、裏切るほうかどちらが好きでしょうか?
ドミニク・モル監督:
裏切りというよりも観客の期待でもっていろいろ工夫するのが好きなのかもしれません。裏切りとおっしゃいましたけど、むしろ観客をだまくらかすような、敢えて情報を溜めておいてマジシャンが帽子からうさぎを引っ張り出して「ほら!」というような展開はあまり好きではないんですよね。そういう観点からいうとこのストーリーの好きなところは、情報を敢えて溜めているわけではなく、観客が知っている情報量と各章の登場人物が知っている情報量が全く一緒である点です。最初の章でアリスがジョゼフのところに行って彼の態度がおかしいけれど何なのかはわかっていない状況で、観客も同じようにわからない。第2章でジョゼフが死体を見つけてそれを隠しているのを見て、態度が変だった理由がわかる。そんな風に観客の情報量は登場人物以上でも以下でもないんですよね。そうして情報を少しずつ重ねていくので、観客は能動的に映画を観るようになってくれると思うんです。ひたすら情報を受け取るのではなくて、「あ、なるほどこうやって章立てになっていて、少しずつ謎解きができるんだ」と、その構造を理解したならば、観客はディテールがとても大事だとわかって積極的に観るようになるので、そういうところがすごく大切だと思っています。
監督から見た今の映画界が直面している問題とは
マイソン:
監督ご自身の定義として、おもしろい映画とはどんな映画でしょうか?
ドミニク・モル監督:
脳にとってエンタテイニングであり刺激的であるものが良い映画、つまり観客が脳内で次から次へとあれこれ考えてしまうような映画が良いんだと思います。何か刺激になるポイントは何も革命的である必要はなくて、キャラクターの意外な側面が見えてビックリするとか、そういうことが大事なのかなと思います。でもそのビックリが「こんなの20回も観たことあるわ」という既視感のある驚き、スキーマではなくて、チープでない驚きが大事なのかなと思っています。
マイソン:
なるほど〜。では、これはどのインタビューでもお聞きしているのですが、これまでに大きな影響を受けた作品や、俳優、監督がいらっしゃれば教えてください。
ドミニク・モル監督:
メインはやっぱりヒッチコックですね。ヒッチコックの作品って何度でも観たくなるし、彼は本当に果敢に大胆なことに挑戦されていて、ビジュアルで語る物語というものを本当に開発してきた方なんだなと感じます。ヒッチコックの作品に登場するいろんなシーンって自分の脳裏に焼き付いているし、今でも栄養になっていますね。
マイソン:
ありがとうございます。では最後の質問で、今世界中がコロナ禍で日本でも配信での鑑賞が一気に普及して、ますます映画を観るスタイルが多様化してきました。作る側の監督はこのような変化をどう受け止めていらっしゃいますか?
ドミニク・モル監督:
コロナ前からいろいろ問題となっていたものがコロナ後でさらに悪化したと思います。恐らく世界中でも同じだと思うんですけど、フランスでのコロナ前の状況でいうといろんな作品が作られているにも関わらず館数が足りなくて、十分に興行できない状態にありました。だから作品を観客に十分に行き届けられない状況で、コロナ禍にその傾向がさらに強まったと思います。やっぱりストリーミングのほうに観客は流れていくから興行の世界ではメインストリームでない作品がさらに苦境に陥っています。かつロングランができないので、興行期間がどんどん短くなっています。コロナ禍にあっても皆さん映画を作り続けているわけですが、それがどんどん棚に積み重なっていっている状態なんですよね。だから、メインストリームではない作品はどんどん、どんどん興行にこぎ着けることが難しくなっている、そういう現状を目の当たりにしています。ストリーミングサービスがこれだけ広がったことにより、若年層が映画館に足を運ばなくなってきていて、長編映画よりもシリーズものが好まれる状態にもなっているようです。それが僕が見てとれる現状ですね。じゃあ作り手としてどうかというと、長編映画だけではなくシリーズものだったり、他の語り方に挑戦する良い機会ではあるわけで、僕自身も2つのシリーズを手掛けています。僕自身の理想をいうなら、長編映画も撮りつつシリーズものにも挑戦していければなと思っていて、この2者は相互排他的ではないと思うんですね。でもアートハウスシネマはこれからさらに苦しくなっていくのかなと思っています。
マイソン:
ありがとうございました。
2021年11月21日取材 TEXT by Myson
『悪なき殺人』
2021年12月3日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開、12月4日(土)よりデジタル公開
R-15+
監督:ドミニク・モル
出演:ダミアン・ボナール/ロール・カラミー/ドゥニ・メノーシェ/ナディア・テレスキウィッツ/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
配給:STAR CHANNEL MOVIES
フランスの山中にある寒村で1人の女性が失踪したというニュースがテレビで報道される。女性の遺体は出てきていないが、車が発見された現場近くに住むジョゼフ、アリス、ミシェルらに警察の疑いの目が向けられる。一方彼等は自分が容疑者と見られているとは思わずにいるが、それぞれに秘密があり、それは思わぬ形で事件と繋がっていく。
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