実在した団体“ジェーン”を題材に、女性の選択の権利としての人工妊娠中絶を描いた映画『コール・ジェーン −女性たちの秘密の電話−』。今回は、本作の監督を務めたフィリス・ナジーさんにお話を伺いました。
<PROFILE>
フィリス・ナジー:監督
1962 年アメリカ、ニューヨーク生まれ。1992 年にロンドンに渡り、当時舞台演出家として活躍していたスティーブン・ダルドリーのもとで劇作家としてキャリアをスタート。2005年に『ミセス・ハリスの犯罪』で初監督、脚本を務め、ゴールデングローブ賞、エミー賞のテレビ映画部門で監督賞と脚本賞にノミネートされた。2015年『キャロル』では脚本を担当し、アカデミー賞で脚本賞を含む最多6部門にノミネートされた。本作『コール・ジェーン −女性たちの秘密の電話−』で長編映画監督デビューを果たす。
※一部ネタバレが含まれます。
ジョイが活動に熱心になっていく経緯は丹念に描いています
シャミ:
本作に登場する“ジェーン”は実在の団体で、実話をもとに物語が描かれているそうですが、本作のプロジェクトはどのようなきっかけで始まったのでしょうか?
フィリス・ナジー監督:
最初はプロデューサーのロビー・ブレナーさんよりアプローチしていただきました。長い間この企画を進めようとしながらも、なかなか上手くいかず、私に声がかかり、その頃にはすでにエリザベス・バンクスさんがこのプロジェクトに参加することが決まっていました。私は彼女と15年くらいの付き合いがあり、彼女が参加しているプロジェクトなら、ということで興味を持ちました。
私は恥ずかしながら“ジェーン”という団体について知らず、脚本を読んだ時はすごく驚きました。アメリカではフェミニズムの歴史があまり知られておらず、“ジェーン”について知れば知るほど、これは語るべき特別な物語だと感じました。生殖に絡む多くの映画は、惨事について描く作品が多いなか、本作のように上手くいった事例についてはあまり語られていなかったので、この物語こそ語るべきだと思いました。あくまでモラルの問題ではなくヘルスケアの問題だという語り口が特に気に入り、ぜひ参加したいと思いました。
シャミ:
私も“ジェーン”という団体の存在を知らなかったので、本作を観て驚いた点がたくさんありました。監督がジェーンについて調べるなかで、特に印象に残ったエピソードはありますか?
フィリス・ナジー監督:
脚本を執筆されたお二人が事前にいろいろなリサーチをしてくださり、実際に“ジェーン”の活動に参加していた方にもお会いしたそうです。私自身は、“ジェーン”についての書籍を2、3冊読んだ程度で、敢えて自分で調査をしたり、実際に活動されていた方に会いに行くことはしませんでした。お話を聞いてしまうと、それが事実なのかどうか意識するようになってしまい、ストーリーテリングの邪魔をしてしまうと思ったんです。だから敢えてリサーチはしませんでした。
ただ、この映画で描かれている事柄に類似する事例はいろいろとあると思います。例えば刑事が家を訪れるシーン、あるいはバージニア(シガニー・ウィーバー)が医者と交渉をするシーン、ジョイ(エリザベス・バンクス)が医者に手術方法を教えて欲しいと直談判をするシーンなど、そういうことが実際にもあったんだろうなということが容易に想像できます。もし“ジェーン”の方々に会っていたら、これは描いて良いのかと変に意識をしてしまっていたと思うので、結果会わずにいて良かったと思います。
でも、“ジェーン”の方達がやろうとしていたことの精神性については忠実に描いています。ジョイが手術方法を学んで、1人も死亡者を出さなかったというくだりを描いていますが、それは事実です。逮捕者も出たようですが、1973年当時でちょうどロー対ウェイドの判決(※注)が出た直後だったので、すぐに釈放されて最終的に起訴もされなかったそうです。“ジェーン”のミーティングで彼女達がどういった会話をしていたのかなど、詳細は知りません。でも、恐らく実際にもああいった議論が繰り広げられたと思いますし、問い合わせが殺到して、手術を受ける方をどう選択していくのかなど、たくさん議論が行われたと思います。
※注「ロー対ウェイド判決」:アメリカ連邦最高裁が女性の人工妊娠中絶の権利に合法の判決を下した(映画公式資料より)。
シャミ:
ちなみに実際に“ジェーン”で活動されていた方達は、本作をご覧になったのでしょうか?
フィリス・ナジー監督:
ジェーン・ブースさんという創設メンバーの1人がサンダンス映画祭でご覧になってくださいました。Q&Aで発言してくださり、とても映画を楽しんでくれたようです。そして、「私達が活動していた精神性を忠実に描いてくださっていますね」とコメントしてくださいました。ただ、男性陣の描写に関してはコメントを1つ残していて「映画で描いていたよりも、アクティブに活動してくれた夫達がいた」ということでした。いわゆるリベラル派で、社会派としてすごくアクティブに身を投じていた方、例えば弁護士ならジェーンを法律面で助けたりと、献身的にサポートしていた男性もいたそうです。そんな彼女の感想を聞くことができて、私はもちろんエリザベスもシガニーも嬉しいと喜んでいました。
シャミ:
“ジェーン”の方達にとっても好印象な作品だったんですね。ジョイ自身が人工中絶を受け、その後支援活動に熱心になっていく姿がとても印象的でした。監督が演出される上で、ジョイの感情や行動の変化をどのように見せたいと考えていましたか?
フィリス・ナジー監督:
主婦であり母親であることは単純なことではありません。そして、ジョイは主婦になる前は編集の仕事をしていたこともあり、そういった彼女の素質から、社会の流れに乗ってただ傍観しているタイプではそもそもないことがわかります。冒頭のシーンで、彼女がデモ活動にたまたま遭遇するわけですが、そうやって彼女がいろいろなことを経験していくなかで、活動に熱心になっていく経緯は丹念に描いているつもりです。活動家というのは、ある日突然活動家になろうと思うわけではありませんよね。日々の経験のなかで、いろいろな違和感を感じて活動家になるので、細心の注意を払ってジョイという人物を描きました。ジョイの場合、医師会で全然人間として扱われない体験をし、“ジェーン”と出会って絆や連帯感を感じ、彼女に対する扱いもまるで違ったんですよね。そういう体験を経て、時には人に対してジャッジを下してしまうこともあるなかで、少しずつ変わっていき、気がついたら活動家になっているんです。最初は及び腰だった彼女がだんだんと主体的に活動するようになっていくという道筋がベストな結果を生み出したんだと思います。
シャミ:
では最後の質問です。妊娠中絶を拒んでいる方の中には、宗教的な立場が絡んでいる場合もあると思いますが、そういった点で本作の舞台となる時代と今とで、監督ご自身が感じている変化は何かありますか?
フィリス・ナジー監督:
当時と今を比較すると、非常に悲しいことにむしろ1968年当時のほうがリベラルだったのではないかと思います。当時はもちろんローマカトリック的な価値観に根ざした中絶反対という大きな動きがあったり、あるいは当時の家族観に根ざした動きがありましたが、議会はそんなにラジカルではなかったんです。でも、今ではエバンジェリストの右派がかなり極端なことを言い、議会が人間の胎芽イコール人間ですという判決を下しているんです。なかには判事が聖書を引用しながら判決を下すということもあります。ロー対ウェイドの判決が1973年に下された以前の判例がいろいろあると思うのですが、今ほど極端ではなかったと思うので、事態はむしろ悪化していると私は感じています。
シャミ:
今後少しでも良い方向に変わっていくと良いですね。本日はありがとうございました!
2024年2月28日取材 TEXT by Shamy
『コール・ジェーン −女性たちの秘密の電話−』
2024年3月22日より全国公開
PG-12
監督:フィリス・ナジー
出演:エリザベス・バンクス/シガニー・ウィーバー/クリス・メッシーナ/ウンミ・モサク/ケイト・マーラ/コリー・マイケル・スミス
配給:プレシディオ
1968年、中絶が違法とされていたアメリカのシカゴで、主婦のジョイは、2人目の子どもの妊娠により心臓の病気が悪化してしまう。そこで、中絶を申し出るが、病院の責任者である男性全員から中絶を拒否されてしまう。そんななか、街で偶然「妊娠?助けが必要?ジェーンに電話を」という張り紙を見つけ…。
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情報は2024年3月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。
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