舐めらてたまるかと言わんばかりに、豪快な方法で目的を成し遂げようとする若きヒロインを描いた『エマ、愛の罠』で、監督と共同脚本を務めたパブロ・ラライン監督にリモート・インタビューをさせて頂きました。質問したら逆に質問されるという感じで会話させて頂いたのがとても光栄でしたが、監督は観客がどう反応しても喜んでくれる方で、それが映画作りに反映されているのだなと感じました。
<PROFILE>
パブロ・ラライン:監督、共同脚本
1976年チリ、サンティアゴ生まれ。2006年に“Fuga(原題)”で長編映画デビューを果たし、カルタヘナ映画祭でBest First Work(初作品)賞、マラガ・スペイン映画祭でラテンアメリカ映画賞を受賞。続いて、チリの現代史を題材にした3部作『トニー・マネロ』(2008)、“Post Mortem(原題)”(2010)、『NO ノー』(2012)を手掛けた。なかでもアウグスト・ピノチェト大統領の独裁政権に立ち向かう広告マンの選挙キャンペーンを描いた『NO ノー』は、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるなど世界的に高い評価を得た。罪を犯した聖職者達が暮らす海辺の家を舞台にした人間ドラマ『ザ・クラブ』(2015)は、ベルリン国際映画祭審査員グランプリを受賞、ゴールデン・グローブの外国語映画賞にノミネートされた。さらに、ノーベル文学賞に輝く詩人パブロ・ネルーダの伝記映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(2016)を発表した後、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016)で初の英語作品に挑戦。また、プロデューサーとしても活躍しており、ベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)を受賞した『グロリアの青春』(2013)、アカデミー賞外国語映画賞など数多くの賞に輝いた『ナチュラルウーマン』(2017)の製作を務めた。2020年のコロナ禍における外出制限下に撮影された短編集『HOMEMADE/ホームメード』(Netflix)の製作と監督にも名を連ねている。今後は、クリステン・スチュワートがダイアナ元妃を演じる“Spencer(原題)”で監督を務める予定。
主人公は女性だからといって決して○○○ではない
マイソン:
エマがポロを取り戻すために使った手段は不道徳なやり方ではありましたが、ある意味すごく正直なキャラクターだと思いました。個人主義を貫くエマと、それができないでいる周囲の人達の対比がおもしろかったのですが、個人主義について監督はどんなスタンスでいらっしゃいますか?
パブロ・ラライン監督:
エマが個人主義者ということで良いのでしょうか?
マイソン:
私はそういう風に観ました。
パブロ・ラライン監督:
あなたがそう観たというのはすごく納得できます。エマは、個人主義の世界、要するに自分を出すというところからきているんですけど、同時に政治的には、彼女は自分を通して考えや自分のジェンダーを表しているんです。つまり、彼女は女性だからといって決して被害者ではないと、行動で示しているわけです。犠牲者の視点には立っていないというところが、答えたい1つの点です。もう1つ言いたいことは、エマは映画の中で一切嘘をついていないんです。常に愛すること、愛されることを求めていて、全身で表しているんです。そういうところから彼女の行動が出てくるんです。そこで、あなたにも質問したいのは、「もしエマが男性だったらどうですか?」ということです。これは、エマが非道徳的、つまりモラルがないというよりも、ジェンダーで考えるからではないかと。これが男性だったらどうですか?
マイソン:
どうなんでしょう。正直、男性だったらもっと酷い人だなって思います(笑)。
パブロ・ラライン監督:
私もそうです(笑)。詩的観点からエマを見ると、エマというのは自然の表れ、つまり自然と同じなんです。だから彼女が太陽だとすると、遠くから見ていると温かいし、自分を輝かせてくれる明るい人だけど、近くに行くと火傷をするという。
マイソン:
たしかにそんな存在ですね!では、映画だからこそ描けるストーリーでありながら、リアリティを備えるために、どんなことを心掛けていらっしゃいますか?
パブロ・ラライン監督:
なぜ映画だけだと思いますか?
マイソン:
火炎放射器を使った行動とか、実際にはなかなかできないことだと思いました。
パブロ・ラライン監督:
すごくわかります。それがまさにこの映画を作ろうとしたことで、要するにこの映画は閉じていないんです。先ほど言われたような、道徳的じゃないとか、物をいっぱい燃やすとか、そういうことを皆がどう思うのかは観ないとわからないので、一人ひとりの観客で反応が違うと思うんです。それを引き出すためにいるのがエマなんです。だから映画以上にあなたはエマを作っているんです。
マイソン:
なるほど〜。映画の中で男性の情けなさみたいなものを私はすごく感じたのですが、監督ご自身は女性像と男性像みたいなものを映画の中でどう位置づけていましたか?女性の強さを強調したかったのかなど、何か意図はありますか?
パブロ・ラライン監督:
なぜですか?
マイソン:
自然に男性が情けなく見えただけなのか、私達には男性が強い社会みたいに見えているけど、実は男性は情けない存在だっていうことも、もしかしたら監督は暗に伝えたかったのかと思いまして。
パブロ・ラライン監督:
それはとても良い質問で、そうだと思います。なぜかというと、今世界では父権主義が危機にあると思うんです。それが機能しないということを表したいというのもありました。
マイソン:
ありがとうございます。今回役者さんもすごく良かったです。監督にとって良い俳優さんとはどんな方でしょう?そして演技に求めるものは何でしょうか?
パブロ・ラライン監督:
役者に1番必要なのは、ミステリーです。役者が謎であること。
マイソン:
主演のお2人(マリアーナ・ディ・ジローラモとガエル・ガルシア・ベルナル)については、監督にとってはまだ謎が残っていますか?
パブロ・ラライン監督:
そうですね。何を考えているのかわからないんです。要するに物語の中で彼らは話しているし、その役になっているけど、実際にその中に何があるのかっていうのは常に謎で、それが観た観客一人ひとりに違う思いを与えるのだと思います。だからまだまだ謎が多い俳優達です。
マイソン:
今はコロナで映画業界も大変な状況ですが、これが良い変化に結び付くと思う部分はありますか?
パブロ・ラライン監督:
前向きなことは、これまでに持っていた自分の価値を知らしめてくれることだと思います。病気になって初めて健康だった時のことがわかるという、それが唯一だと思います。
マイソン:
映画館で映画を観ることが以前よりも難しくて、映画館に行きたくても行けなくなっている方もいると思います。今はパソコン、タブレットなどでも観られますが、監督としてはやはり劇場で観てもらうことにこだわりがあるでしょうか?
パブロ・ラライン監督:
映画にとって劇場が不可欠なのは、ただスクリーンが大きいからだけではなくて、そこにいる全く知らない人達と自分が観た時の感情を分かち合うことだと思います。それは劇場でなければできないことで、音楽のライブでもそうだし、サッカーの競技場でもそうだし、それは何にも代えがたいことだと思います。
マイソン:
では最後の質問で、監督が1番影響を受けた作品があったら教えてください。
パブロ・ラライン監督:
すごくたくさん観ているので1本は困りますね(笑)。
マイソン:
そうですよね(笑)。お仕事を忘れて観られる映画というとどうでしょうか?
パブロ・ラライン監督:
『ダンケルク』です。戦争のバカさ加減とかそういうのが押し込まれた素晴らしい映画で、映画の世界に入って他には何も気を取られずに観ました。あと、すごく好きで観て考える映画っていうのは、ジョン・カサヴェテス監督の映画です。
マイソン:
監督にとって良い映画の定義はありますか?
パブロ・ラライン監督:
人生を変えてくれる映画です。
マイソン:
本日はありがとうございました!
2020年8月28日取材 TEXT by Myson
『エマ、愛の罠』
2020年10月2日より全国公開
R-15+
監督・共同脚本:パブロ・ラライン
出演:マリアーナ・ディ・ジローラモ/ガエル・ガルシア・ベルナル/パオラ・ジャンニーニ/サンティアゴ・カブレラ/クリスティアン・スアレス
配給:シンカ
ダンサーのエマはある悲しい事件が原因で大切な存在を奪われ、仕事も失い、振付師の夫ガストンとの関係も壊れつつあった。そんななか、エマは中年の女性弁護士ラケルのもとに、離婚の相談をしに訪れる。それを機にエマはラケルとどんどん親密な関係になっていくが、実はエマにはある思惑があり…。
© Fabula, Santiago de Chile, 2019