ロンドン・ナショナル・ギャラリーで起きたゴヤの名画盗難事件にまつわる実話を描いた映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』。今回は本作でプロデューサーを務めたニッキー・ベンサムさんにリモートでお話を伺いました。映画化のきっかけとなったメールにまつわるエピソードや、本作が長編遺作となったロジャー・ミッシェル監督とのお仕事について聞いてみました。
<PROFILE>
ニッキー・ベンサム:プロデューサー
ロンドンを拠点とするネオン・フィルムズの創設者兼プロデューサー。近年は、フルウェル73 との共同制作による長編ドキュメンタリー“Who Killed The KLF(原題)”を制作。 その他のプロデュース作品は、数々の賞を受賞したダンカン・ジョーンズ監督、サム・ロックウェル主演のSF映画『月に囚われた男』や、バーバラ・ブロッコリが製作総指揮を務め、アンドレア・ライズブロー 、ダミアン・ルイス主演の『サイレント・アイランド 閉じ込められた秘密』、Netflixが映画化の権利を取得した子ども向けのダンス映画“You Can Tutu(原題)”、英国アカデミー賞にノミネートされた劇場用長編ドキュメンタリー映画“Taking Libertie(原題)”などがある。また、2012年から2015年にかけて、BFI(英国映画協会)の短編映画スキーム・プログラムのエグゼクティブ・プロデューサーを務め、カンヌ国際映画祭、英国インディペンデント映画賞(BIFA)、英国アカデミー賞(BAFTA)などで賞賛された17作品を世に送り出した。その他にもBAFTAやWFTV(ウーマン・イン・フィルム・インターナショナル)のメンバーとして活躍している他、PACTの映画政策グループの共同議長を務めており、キャンペーン組織“レイジング・フィルムズ”の創設者の1人でもある。
“自分らしさを出すことを恐れない“そういう環境が理想の職場
シャミ:
本作映画化のきっかけは、ケンプトン・バントン(本作の主人公)さんの孫のクリストファー・バントンさんからニッキーさんの元に届いたメールだということですが、どんな内容だったのでしょうか?また映画化するにあたって決め手となったのはどんな点でしたか?
ニッキー・ベンサムさん:
最初のメールには、「僕の家族の話でこういうおもしろい話があるんです」ということと、「この事実はまだあまり知られていません」ということが書かれていて、その2点にものすごく惹かれました。さらに同じメールの中には、「ナショナル・ギャラリーで唯一盗まれたという絵画を、僕の祖父はこういう理由で盗みました」という大まかなストーリーも書かれていて、すごくおもしろいし、映画にするのに最高だと思いました。でも、事実にしてはおもしろ過ぎるとも感じました。その後自らいろいろと調べて、実話に基づいていることを改めて確かめた上で、これは素晴らしい作品になるんじゃないかと思い動き始めました。
シャミ:
映画化が決まってからは、映画製作会社や監督、脚本家などを決めていく作業もあったと思いますが、どんな部分が一番大変でしたか?
ニッキー・ベンサムさん:
やはり脚本を仕上げることに最も苦労しました。事件は何年にも渡り実際に起こったことだったので、いろいろなアーカイブ資料や、裁判の時の記録、当時の新聞記事、あとはケンプトン自身が書いた回顧録のようなものもあり、そういったもの全部に一度目を通して、90分の映画にまとめなければならなかったのが1番大変でした。出来上がった作品を観るとすごく上手くまとまっていて、自然に生まれてきたかのように思えるかもしれませんが、その裏には脚本家の苦労がすごく詰まっているんです。最初から映画になる魅力や材料はあったと感じていましたが、ユーモア、家族の愛情、温かみ、そういったすべての要素をあれだけ美しく1つにまとめてくれたのは脚本家の大きな功績です。
シャミ:
最初にメールをもらった後に映画化するにあたり何かプレッシャーはありましたか?
ニッキー・ベンサムさん:
ケンプトンの家族とは何度も話し合いを重ねて信頼を築いていったので、特に彼らから口出しをされることもなく、プレッシャーは特にありませんでした。ただ、実話を伝える上で、中には当時の出来事を知っている人もいるので、正しく描かなければいけないというプレッシャーは多少ありました。でも、それはプレッシャーというよりも責任を感じていたと言えるかもしれません。
シャミ:
クリストファー・バントンさん達ご家族は本作をご覧になってどんな反応でしたか?
ニッキー・ベンサムさん:
皆満足して気に入ってくれたので本当に安心しました。やはりディテールにこだわって描いていることに感心してくださったようです。キャラクターの描き方もそうですし、セットや街のロケーションなど、当時を本当に忠実に描いていると、私達の努力を認めてくださいました。あとは、事実をその通りに描写していることもすごく喜んでくれました。残念ながらコロナの影響で全員が集まって試写を行うことはできなかったので、それぞれにスクリーナーのリンクを送って観てもらったのですが、バントン家ではある週末に家族で集まって繰り返し観てくれたそうです。本当に喜んでもらえて嬉しかったです。
シャミ:
本作のロジャー・ミッシェル監督(2021年9月22日没)にとって本作が最後の長編映画となりましたが、一緒に仕事をしてみていかがでしたか?
ニッキー・ベンサムさん:
本当に素晴らしい体験でした。彼はとても優しい方で、皆の意見を聞いて受け入れてくれるんです。同時に自分が何を欲しているか、何が正しいかということを明確にわかっているので、プロデューサーとしても安心して一緒に仕事ができました。現場は常にハッピーな雰囲気に包まれていて、全員が家族のように一致団結して撮影ができました。それからロジャーは、すごく効率的に撮影を行う人なので、無駄な動きがなくいつも時間通りに仕事が終わるんです。そういった点も監督として理想的な方だと感じました。
シャミ:
ありがとうございます。本作ではケンプトン(ジム・ブロードベント)とドロシー(ヘレン・ミレン)の夫婦関係も印象的だったのですが、ニッキーさんご自身は2人の夫婦関係をどのように見ていましたか?
ニッキー・ベンサムさん:
2人の関係の根底にあるのは、やはり愛だったのかなと思います。誰もがそうかもしれませんが、若い時は理想像を描いて夫婦関係を始めて、一緒に生活をしていくうちにさまざまなチャレンジがあり、それが2人の関係に影響していくと思うんです。ケンプトンとドロシーの場合も全くその通りで、経済的にも苦労していましたし、ケンプトンが1つの仕事を続けずに点々としていたこともそうです。あとは娘を交通事故で亡くしていることからそれぞれ悲しみと罪悪感で苦しんでいて、そういったことが2人の関係にも影響していたと思います。物語で2人は、愛と理想を描いていたスタート地点に戻ろうと努力し、関係を改善していこうとしますが、そういった部分もよく描けているなと感じています。あと、劇中に娘のマリアの写真が出てきますが、あれは実はケンプトンのご家族が貸してくれたもので、実際の写真なんです。
シャミ:
そうだったんですね!少し話題が映画の内容から離れますが、ケンプトンの行動は社会活動を行うニッキーさんの行動とも通じる部分があるなと思いました。ニッキーさんはイギリス国内の映画業界で働く人々の地位向上に関する活動もされていて、日本でも近年労働環境の見直しが行われているのですが、どのような職場環境が理想だと思いますか?
ニッキー・ベンサムさん:
“自分らしさを出すことを恐れない“そういう環境が理想の職場だと感じますが、仕事や人によってそれぞれ解決策があると思います。他に言えるのは、人種や性別も含めてさまざまな人が参加できる環境が理想です。ただ、理想は常に変わっていくものであって、どの仕事もどのプロジェクトも同じ理想を追いかけるというものではないと思います。なので、できるだけ広い視野を持って臨機応変に対応していくということが大切なのではないでしょうか。
シャミ:
では、最後にこれまでで1番影響を受けた映画作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
ニッキー・ベンサムさん:
この作品を作る上で影響を受けたのは、映画の舞台となった1960年代当時を描いているコメディです。時代性を表すために、『蜜の味』『土曜の夜と日曜の朝』といった作品を観てできるだけ研究をして描くようにしました。私個人として影響を受けたのは、バーバラ・ブロッコリです。彼女は“007”などのプロデュースを手掛けているのですが、あるプログラムで彼女がメンターに付いてくれたことがありました。彼女はいわゆる規模の大きい作品を作っていて、私はどちらかというとインディペンデント系の作品をやってきたので、あまり共通点はないかもしれないと思ってたんです。でも、彼女の映画作りへの情熱や映画業界に思い描いている未来像みたいなものは共感できる部分がとても多くて、影響を受けたといったら彼女を挙げるしかないと思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2022年2月3日取材 TEXT by Shamy
『ゴヤの名画と優しい泥棒』
2022年2月25日より全国公開
監督:ロジャー・ミッシェル
プロデューサー:ニッキー・ベンサム
出演:ジム・ブロードベント/ヘレン・ミレン/フィオン・ホワイトヘッド/アンナ・マックスウェル・マーティン/マシュー・グード
配給:ハピネットファントム・スタジオ
1961年、世界屈指の美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーから、ゴヤの名画“ウェリントン公爵”が盗まれた。ロンドン警視庁はその巧妙な手口から、国際的なギャング集団による犯行だと断定するが、実はこの前代未聞の事件の犯人は家族と共に小さなアパートで年金暮らしをするごく普通のタクシー運転手ケンプトン・バントンだった。当時、イギリス中の人々を巻き込んだ事件の真相、そしてケンプトン・バントンの“優しい嘘”とは…!?
公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
© PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020
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