俳優の有村架純と志尊淳が、コロナ禍の日本で「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる保育士、農家などの人々、その他、声なき仕事人達の現状をレポートする映画『人と仕事』。今回は、そのメガホンをとった森ガキ侑大監督にリモートでお話を伺いました。これまでに映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』や『さんかく窓の外側は夜』などの劇映画を手掛けてきた監督に、ドキュメンタリー作品を撮る上で大変だったことや、劇映画との違いについて聞いてみました。
<PROFILE>
森ガキ侑大(もりがき ゆきひろ):監督
1983年生まれ、広島県出身。2004年、広島工業大学在学中にドキュメンタリー映画制作を始める。2006年に福岡のCMプロダクションに入社し、2013年“THE DIRECTORS GUILD”に参加し、2017年に、脚本家の山﨑佐保子とクリエイター集団“クジラ”を設立。その後もさまざまなCMを手掛け、CANNES LIONS ACCシルバーなど多数の賞を受賞。また、“新しい学校のリーダーズ”のミュージックビデオ制作なども担当。 2017年、『おじいちゃん、死んじゃったって。』で初の長編映画デビューを飾り、第39回ヨコハマ映画祭森田芳光メモリアル新人監督賞を受賞した他、海外映画祭でも高く評価された。その他の主な監督、演出作品に、テレビドラマ「坂の途中の家」(19/WOWOW)、「時効警察はじめました」(19/EX)、映画『さんかく窓の外側は夜』(21)などがある。
今この時じゃないとこの作品を手掛けることができなかった
シャミ:
当初は劇映画の制作予定がコロナの影響で撮影中止となり、その後河村光庸エグゼクティブプロデューサーから本作のアイデアを聞いて、監督は不安に感じながらも引き受けたそうですが、実際に撮影をしていくなかで、監督の心境に何か変化はありましたか?
森ガキ侑大監督:
普段触れ合っていなかった方々に質問をしたり、声を聞くということは、本当に覚悟がいることでしたし、聞いたところで自分に何ができるんだろうと自問自答を繰り返しながら、かなり苦しみました。でも、この映画をどうやって成立させていこうかと葛藤するなかで、新たに人の本質を肌で感じることができたので、今後の映画制作において自分が作る映画の作風が変わるきっかけにもなったと感じています。
シャミ:
この作品は今まさに人々が直面しているコロナ禍での“人と仕事”がテーマとなっていましたが、こういったテーマを扱う上で気を付けたことはありますか?
森ガキ侑大監督:
嘘をつかないことですね。真実をそのまましっかり伝えることがすごく大事になると思いました。なので、有村架純さん、志尊淳さん、そしてお話を伺う方々のありのままの姿をリアルに映し出していくことを意識しました。撮影中は、正直この作品のゴールがどこにあるのか、どういう作品になるのかわかりませんでしたが、そういったことも嘘をつかずに向き合うことがすごく大事だと感じました。
シャミ:
作品の構想や全体像も撮影するなかで考えていったということでしょうか?
森ガキ侑大監督:
はい。企画の核はありましたが、撮りながら臨機応変にどんどん変わっていきました。構想段階では僕自身ゴールが描けていなかったのが事実です。でも、記録映画なので、いろいろなものを撮っていくなかでゴールが見えてきました。本当に毎日作っていくという感じで、それは新たな発見というか、こういう作り方もあるんだなと感じました。
シャミ:
これまで劇映画も撮られていますが、劇映画とドキュメンタリーの監督をする上で1番大きな違いはどんな点でしょうか?
森ガキ侑大監督:
ドキュメンタリーの場合は、段取りをせずに目の前にあるものをそのまま撮っていくのですが、劇映画に関しては、段取りをしていかにおもしろくできるかなので、リアリティがあっても段取りをして作るという意味では、ドキュメンタリーとは真逆なんです。でも、完成した作品を観てもらい、人の心を揺さぶるという意味ではゴールは同じだと思います。
シャミ:
ドキュメンタリーの場合、脚本なしで過程を作り上げるという点では劇映画よりも大変な部分が多いのでしょうか?
森ガキ侑大監督:
めちゃくちゃ大変ですね。もし「来年またやって」と言われたら、「できません」と言います(苦笑)。そんな生半可な覚悟でドキュメンタリー映画は作れません。やっぱり責任がありますし、ドキュメンタリーは生ものなので、撮れない時は撮れませんし、撮れるまでひたすら撮り続けなければいけない、何が起こるかわからないというところでは、この映画を作っていた期間はずっと苦しんでいました。
シャミ:
最初に河村プロデューサーから本作の案をいただいた段階でも、そういったことを想定して不安に感じられていたのでしょうか?
森ガキ侑大監督:
そうですね。大学の時に一度ドキュメンタリーを作っているので、その過酷さをある程度肌で感じていました。でも、今回は約90分の映画で、しかも有村さんと志尊くんに出てもらうなんて、頭が追いつきませんでした。それでも「やります」と言ったのは、今この時じゃないとこの作品を手掛けることができなかったからだと思います。そういう意味では本能的にやりたいと思った自分がいたのかもしれません。
シャミ:
今回は有村架純さんと志尊淳さんがそのままご本人として登場し、インタビューも行っていて、普段とは違った一面を観ることが出来ました。当初は劇映画を作る予定だったのがドキュメンタリーに変わって、改めて出演の依頼をした時のお二人はどんな反応でしたか?
森ガキ侑大監督:
二人とも戸惑いがあったと思いますが、志尊くんはチャレンジャーなので、「やってみたいです」という感じでした。有村さんは「どうすれば良いんですかね」と模索している様子でした。
シャミ:
監督が長期に渡り二人を見てきて、感じた変化などはありますか?
森ガキ侑大監督:
最初は二人とも「どうなるんですか?」とゴールを探していたと思いますが、途中からだんだんとゴールを考えずに身を委ねてくれるようになりました。それは、時間をかけて信頼関係が少しずつ築いていけたからだと思います。
シャミ:
有村さんと志尊さんを敢えて部屋に二人だけにして対談するシーンもありましたが、あのアイデアは監督からだったのでしょうか?
森ガキ侑大監督:
そうですね。河村プロデューサーとも話して、どうやったら二人の本音が聞けるか相談してやることになりました。僕なしでカメラだけ(部屋に)置いて、二人がどれだけ向き合ってくれるのかという不安はかなりありましたが、上手くいったかなと思います。二人からは「絶対に使わないでくださいよ」と言われていたのですが、かなり使わせていただきました(笑)。
シャミ:
先ほど、この作品がどこにゴールするのかわからなかったというお話もありましたが、撮影していくなかでお二人とも話し合いをされたのでしょうか?
森ガキ侑大監督:
かなり話し合いました。「次は誰とインタビューしたいですか?」とか、「次はどういうことを聞きましょうか?」とか。でも、有村さん、志尊くんが今目の前にいる人達に対してどう向き合うかを見たいので、「あまり段取りはせずにやりましょう」といったことを打ち合わせで話し合いました。
シャミ:
では、お二人がインタビューをしていた時の質問内容なども事前に決まっていなかったということですか?
森ガキ侑大監督:
決めていませんでした。有村さんと志尊くんに目の前で聞きたいことを聞いてもらいたかったので、「これを聞いてください」というのはありませんでした。
シャミ:
だからこそよりリアリティを感じる作品になっていたように感じます。では、監督が本作を通して一番伝えたかった点はどんな部分でしょうか?
森ガキ侑大監督:
コロナ禍で改めて“生きるとは何なのか”、“仕事とは何なのか”、その上で“仕事を通した人って何だろう”ということをもう一度見つめ直すきっかけになったと思っているので、そこが皆さんにも伝わって考えるきっかけになれば良いなと思います。
シャミ:
監督にとって、“監督”という仕事はどんな存在でしょうか?
森ガキ侑大監督:
この世の中での存在意義かもしれません。皆さんが僕の映画を観てちょっと現実逃避ができたとか、僕自身のフィルターを通して世の中の人々が寄り添える価値観を提供することだと思います。だから、誰かの心に少しでも残る作品ができたら良いなと思いますし、映画を題材に皆さんの生き方や価値観が変わったり、変わらなかったとしても、僕の作品がいろいろなことを見つめ直す人生のターニングポイントになってくれたら、これは本当にすごい職業だと感じます。
シャミ:
コロナ禍で映画業界にも大きな影響があり、変化を余儀なくされた部分があると思いますが、監督ご自身はこの変化をどのように受け止めていますか?
森ガキ侑大監督:
やっぱり苦しいと思います。皆が普通に映画館には行けない状況ですし、僕達の存在って本当に意味があるのかなと考えることもあります。コロナで僕も悔しい思いをたくさんしてきましたが、それ以上にもっと苦しい思いをしている人もいて、誰もが平等に与えられた苦しさや環境がコロナだと思います。もう受け入れるしかありませんし、そこからどうやって前を向いて歩いていくのかということが大事になってくると思います。
シャミ:
監督は今回ドキュメンタリーに挑戦されて、今後もまた機会があればドキュメンタリー作品に挑戦したいと思いますか?
森ガキ侑大監督:
ドキュメンタリーを作って勉強になったことはいっぱいありますし、ドキュメンタリーを観ることも好きなので、プラスにしか働いていませんが、今は撮りたいとは思いません。やっぱり大変でしたし、「やるぞ」という覚悟もいるので、生半可な気持ちで挑戦できないということを今回改めて感じました。でも、いつかまた「本当に撮りたい」と能動的に思えば撮るかもしれません。
シャミ:
監督ご自身のお話も伺いたいのですが、映画は子どもの頃から好きだったのでしょうか?
森ガキ侑大監督:
はい、小学生の時からテレビで放送していた『グーニーズ』などを観るようになって、「映画って良いな、おもしろいな」と思いました。それから、高校3年生の時に陸上部を辞めて打ち込むものがなくなった時に、何を目標に生きていけば良いんだろうと心が空洞的になり、それこそ「将来何の仕事をしたら良いんだろう」と考えていました。基本“仕事=生きること”じゃないですか。だから何をして自分は生きていけば良いんだろうと考えていました。でも、その時に何も考えずに現実逃避ができたのは、映画のおかげだったと思います。そこから、映画作りで人を救えるかもしれないと興味を持つようになりました。
シャミ:
高校生の時から監督になりたいと考えていたということでしょうか?
森ガキ侑大監督:
はい、高校3年生の時に映画監督になりたいと思って、親に話したら「ビートたけしさんしかなれないから、映画監督なんて無理でしょ」と言われて、僕自身も半分無理だろうなと思っていました(笑)。でも大学に入って、やっぱりやりたいことをやって就職したいと思った時に、「映画監督に絶対になるぞ」と覚悟を決めました。
シャミ:
では最後の質問になりますが、これまでの人生で一番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
森ガキ侑大監督:
高校3年の陸上を辞めた時に『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』を観て衝撃を受けました。何か悶々としていて、自分の人生ってこのままどうなるんだろうと思っていた時に、『ショーシャンクの空に』を観て解放的な気分になったのを覚えています。それで映画ってすごいなと漠然と感じました。
シャミ:
ターニングポイントになった作品なんですね。本日はありがとうございました!
2021年9月16日取材 TEXT by Shamy
『人と仕事』
2021年10月8日より全国3週間限定劇場公開
監督:森ガキ侑大
出演:有村架純/志尊淳
配給:スターサンズ、KADOKAWA
俳優の有村架純と志尊淳が、保育士や農家など、さまざまな職業に就く人々のもとを訪ね、演技ではない、自らの言葉や表情で、仕事で直面する数々の問題に触れ、現代社会の陰影に迫るドキュメンタリー。2人はさまざまな人達と接するに連れ、次第に自分達の俳優という仕事と重ねていく。人にとって、仕事とはどんな存在なのか?2人が見つけた答えとは?
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