映画、テレビ、CMなどで大活躍中の伊藤沙莉さんにインタビューをさせていただきました。どんな作品でも役の大きさにかかわらず、存在感を残し、名演をみせてくれる伊藤さん。『ホテルローヤル』では、一見予想もできない展開を巻き起こす重要なキャラクターを演じています。
<PROFILE>
伊藤沙莉(いとう さいり):佐倉まりあ 役
1994年5月4日生まれ、千葉県出身。2003年、ドラマ『14ヶ月~妻が子供に還っていく~』でデビュー以降、映画、舞台、テレビと数々の作品に出演。2018年は、『榎田貿易堂』『パンとバスと2度目のハツコイ』『寝ても覚めても』『blank13』の公開作が続き、第10回TAMA映画賞最優秀新進女優賞、第40回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。その他の主な出演作に、映画『獣道』(2017)、『生理ちゃん』(2019)、『劇場』(2020)、『十二単衣を着た悪魔』(2020)、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』(2017)、『全裸監督』(2019)、『いいね!光源氏くん』(2020)などがある。
※前半は合同インタビュー、後半は独占インタビューです。
飢えを錯覚させるのは、自分のテンションでしかない
マイソン:
伊藤さんが演じた女子高生のまりあは、二面性がショッキングでした。出演シーンが限られているなかであそこまで表現する上で、どう役作りをされたのでしょうか?
伊藤沙莉さん:
まりあに実際に起きた出来事で考えると、もちろんわかったようなことは言えないし、実際にそういう子もいるだろうし、私には到底想像が付かない出来事なんです。でも共感できないわけではなくて、この子の感情でいうと、寂しいとかもっと愛が欲しいとか、とにかく本当は甘えたかったみたいなところでいくと、きっと誰もが多少は持っている感情だと思うんです。そこを大きく、大きくしていきました。この子の場合は、普通の人がなみなみもらえるものがほぼカラカラの状態で、でも皆と同じくらいの生活をしていかないといけないとなった時に、無理くり自分で補うしかないじゃないですか。そうなったらその飢えを錯覚させるのは、自分のテンションでしかないと思うんです。ちょっと自分を狂わせるしかないんですよ。私自身もそうですけど、例えば過去の辛かったこととか寂しかったことを話す時って、たぶん普通に話す以上に1個テンションを上げるんです。変に同情されたくないんですよ。ある意味それで自分を1番守ってあげられるし、自分を大切に思っているからこそできることだし。そこに関しては、起きたことが悲しいというより、そこに至るまでに両親の愛情がなかったことが苦しいっていう。だから何を1番大きく置くのかといったら出来事ではなく、この子の感情であって、そうなると遠からず私にもわからない部分ではないなって感じて、台本を読んでそこは表現するのが楽しそうって思いました。
マイソン:
今のお話を聞いていると、すごく人間洞察が鋭いと思ったんですが、普段ついつい人を観察しちゃうとか、インスピレーションを受けていることはありますか?
伊藤沙莉さん:
例えばすごく笑っていたら、「本当に楽しいのかな」とか、もしかしたら何かあるのかなって思うのは好きです。すごく怒っていたら「何でそんなに怒っているのかな」とか。悲しんでいても、間に何があってワッて崩れた最後の一押しは何だったんだろうって考えるのは好きですね。
記者A:
最後の一押しにも繋がるのかもしれませんが、まりあの選択を伊藤さんはどう捉えながら演じましたか?
伊藤沙莉さん:
何か強い意志があったり、そういうことじゃないんだと思います。それこそ私はあそこで「まだ子どもだったんだな」って思ったんですよ。何か覚悟を決めてこの道で行く、こうするしかないんだっていうことじゃなくて、今一緒に寄り添ってくれる唯一の人がその選択をするなら付いていくということだと思うんです。だって行き場所がないし、先も見えないし、自分がまりあでもそうするかなって思います。そこまで人は強くないし、突然考えが働くかなって思ったら、そうじゃないんじゃないかなって。自分が17〜18歳くらいだった時に、あの状況でも踏ん張れるかっていったら、今1番心が落ち着く人、それは恋愛どうこうじゃなくて、一応一緒にいてくれる人にすがるしかなかったんじゃないかなって思います。
マイソン:
今はコロナ禍で映画館に行くのを控える人も多くて、配信で観るという選択肢も普及してきたと思います。出演されている側として映画を本当はどう観て欲しいというのはありますか?
伊藤沙莉さん:
やっぱり映画は映画館で観て欲しいですね。このご時世ですし、あまり大きな声で言って良いのかわかりませんが。きっと映画は音も映像も、映画館で観る用に作られていると思うんです。例えば美術に関しても今回すごくこだわりもたくさんあったと思うんですけど、細かいところまで見渡せるのってやっぱり大きなスクリーンなんですね。それはドラマもそうですし、テレビがどうとかではないのですが、そうやっていろいろな部署が頑張った結果を細部まで観て欲しいなって思うと、大きいサイズでその世界にどっぷり浸かってもらわないと、見えるものも見えないんじゃないかなって思います。例えばこの映画だったら、目の前にバンと広がっている寂しさだったり、辛さ、苦しさっていうのがこのサイズ感で伝わるのがベストだと思うんです。テレビ用だったらテレビ用に作るからちゃんとそれなりに伝わるんですけど、映画用に作られた孤独は映画サイズで観ないと意味がないんだなって。そこは作品を作る一員として、やっぱりそれに相応しい場所で観て欲しいなと思います。ただ怖い思いをして観るのは違うと思うし、1番は集中して観て欲しいです。違う作品になりますけど『劇場』は、映画館と一緒に同時配信という形をとりました。例えば子育てをしている人がなかなか映画館に行けないとなった時にそれは良い広まり方だなとも思いました。だから作品に触れるっていうことに関しては、ずっと観られないとか、この作品を知らないよりは知っていただきたくて、きっとどんな形でも人の心に届くことが1番なんだと思います。なので、願わくば映画館で、という感じです。
伊藤さんがそそられる良い役者さんとは
マイソン:
いろいろな作品でたくさんのキャラクターを演じてこられて、監督によって演出やトーンが違うと思うんですが、こういう役者でいたいというか、ご自身の中で変わらない軸みたいなものってありますか?
伊藤沙莉さん:
やっぱり演出するのが楽しいって思ってもらえるのは嬉しいですね。もちろん信用していただいて、こちらが持ってきたものをおもしろいと思っていただけるのもすごくありがたいんですけど、この子をこう動かしてみたいとか、こういう風に撮りたいとか、監督の想像力を膨らませるというか掻き立てる存在でいれたら、こちらも嬉しいしあちらも楽しいだろうなって思います。どうやったらそうなれるのかはわかりませんが、そういう人でいたいなって思います。
マイソン:
いち観客として観ていて、良いなって思う俳優さんの特徴はありますか?
伊藤沙莉さん:
やっぱり良い役者さんは興味をそそられるんですよね。何を考えているんだろうとか、今何を思っているんだろうみたいなことをすごく思わせる人が多いんです。惹き付けるというか、そう思わせるだけのミステリアスさがあるから、何かの役をやった時にそうにしか見えないんですよね。私だと聞かれたことを全部ペラペラと喋っちゃうので、もう少しミステリアスな人間になりたいなって思いますね(笑)。
マイソン:
いえいえ、すごくわかりやすくお話いただくので、こちらとしてはいろいろお話いただいてありがたいです(笑)。話が少し逸れますが、他の作品で大阪弁を話されていましたよね。私は大阪出身なので…。
伊藤沙莉さん:
そうなんですね!『寝ても覚めても』をご覧になったんですかね?
マイソン:
はい!ネイティブスピーカーとして聞いてもすごく大阪弁がナチュラルで感動しました。
伊藤沙莉さん:
良かった〜!方言をやる時に1番怖いのが地元の人なんですよ。『寝ても覚めても』の時に、方言指導の方に大阪弁を褒められたんです。褒められた日にすっごくテンションが上がって、友達に大阪人の彼氏を連れてきてもらって一緒に飲んだんです。友達の彼氏とは初対面で千葉県出身と言わずに関西弁で話したんですけど、「何やねん。そのエセ関西弁」って言われて、「え!?全然ダメじゃん」って打ち砕かれた時があるんです。そこで、ビジネスで褒めてもらえたのをすごく調子に乗って喜んでいたんだって気付いて反省したんです(笑)。だから今、地元の方がそう言ってくださって良かったです。
マイソン:
そんなことがあったんですね(笑)。でも毎度本当に一つひとつの役をすごく研究されていらっしゃるんだなと思いました。たくさんの作品を同時進行で撮っている時もあると思うんですが、役を切り替えるとか気持ちを切り替えるコツってありますか?
伊藤沙莉さん:
もともと私は同じことをあまり考えていられない性格というか、人間なんです。だからあまり同じ感情でもいられないし、集中力も大して続かないので、切り替えはすごく早いんです。名残り惜しくても、こっちに行きなさいって言われたら「はい」ってなるので、そこは特にコツとか何かのルールがあるというよりは、もともとそういう人なんです。だからカットがかかったらおしまい、カットがかかったら伊藤沙莉って感じですね。
マイソン:
なるほど〜。そんな中でもすごく引っ張られる役ってありますか?
伊藤沙莉さん:
家まで持って帰るとかそこまでのことは今まで一度もなかったんですけど、『獣道』っていう映画の時は、カットがかかっているのに涙が止まらないっていう初めての経験をしました。しかも涙を流すシーンじゃなかったのに、カットがかかってから涙が止まらなかったんです。今ここでしか生きていけない愛衣(あい)が、ここで生きていくしかないから、好きな人の目の前で他の人に抱かれるっていうシーンだったんですけど、涙が止まらなくなったのは、ちゃんと好きでいれたんだというか、それはすごく不思議な感覚でおもしろかったです。
マイソン:
では最後に一言、これまでに影響を受けた映画があったら教えてください。
伊藤沙莉さん:
未だに好きな映画としては、『ふたりの男とひとりの女』っていう映画です。私はジム・キャリーが本当に大好きなのですが、小さい頃に観て衝撃を受けました。しかも「この人はヤバい!」と役者さんに初めて思ったのがジム・キャリーなんです。二重人格を何の嘘もなく演じていて、二重人格って1人の体に2人の人格があるのに、それがケンカをするんです。2人だから殴るほうと殴られるほうとで人格が違うんですけど、それを一気にやるのとか、その切り替えはすごいなって思いました。それに何も話していなくても、立っているだけで今どちらの人格なのかがわかって、「この人すごいな!」って思いました。小さい頃はとにかく二重人格の設定が好きで、未だに好きな映画って言われたら『ふたりの男とひとりの女』ですね。
マイソン:
ありがとうございました!
2020年9月5日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『ホテルローヤル』
2020年11月13日より全国公開
PG-12
監督:武正晴
出演: 波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、原扶貴子、伊藤沙莉、岡山天音、夏川結衣 / 安田顕
配給:ファントム・フィルム
雅代は美大受験に失敗し、両親が営む高台のラブホテルを渋々手伝っていた。そんなある日、ホテルで事件が起こり、マスコミが殺到。混乱する状況のなか父も倒れたことで、雅代はホテルのこと、家族のこと、自分のことについて向き合うことに…。
©桜木紫乃/集英社 ©2020映画「ホテルローヤル」製作委員会