『きみの鳥はうたえる』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』などの原作者としても知られる小説家、佐藤泰志の短編を映画化した本作で、主演を務めた東出昌大さんにインタビューをさせていただきました。原作者の体験ともリンクするような本作で、心の平穏を失った主人公とどう向き合って演じられたのかなどお伺いしました。
<PROFILE>
東出昌大(ひがしで まさひろ):工藤和雄 役
1988年2月1日生まれ。埼玉県出身。モデルとして活躍後、2012年に映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビューを飾り、第36回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。2018年の主演作『寝ても覚めても』は、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品されるなど国内外で高い評価を受けた。2020年、第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した『スパイの妻』では、主人公夫婦を追い詰める憲兵役を好演。その他の主な映画出演作に『アオハライド』『ヒーローマニア-生活-』『デスノート Light up the NEW world』『聖の青春』『予兆 散歩する侵略者 劇場版』『菊とギロチン』『パンク侍、斬られて候』『おらおらでひとりいぐも』『BLUE/ブルー』などがある。
※前半は合同インタビュー、後半は独占インタビューです。
正解か不正解かわからないながらも伝わるものがあれば…
記者A:
今回の役のオファーがきた時はどんな印象でしたか?
東出昌大さん:
準備稿と共にお話をいただいたのですが、素晴らしい台本だなと思いました。病んだ男が良くなるために走り続けるというだけではなく、青年との気持ちのやり取りですとか、友人、また奧さんを介して見える世界というのが非常に奥深いというか深淵というか、そういう印象を受けたので、参加させていただくのが楽しみでした。
マイソン:
観ていて人間って外から見ても中から見てもわからないところがやっぱりあるんだなと思いました。役者さんは本人になりながらも他人でもあるというところで、1番キャラクターのことを理解されているのかなと思ったんですが、今回和雄を演じてみて演じるうちに発見したことはありましたか?
東出昌大さん:
例えば、「ただ黙々と走り続ける和雄」というト書きがあって、現場で実際に青年達に追いかけられて走ってみると彼らの体力が尽きてゼーゼーハァハァ言って和雄について来られない時に、和雄はやっぱり彼らを愛おしく思って笑いがこみ上げてくるみたいな、台本になくても現場で心が動くことはあるように思います。ただ、和雄も終盤のほうであるアクションを起こしますが、なぜそういうアクションを起こすに至るのかということは、台本を読みながら僕の中でこうなんじゃないかと解釈を持ったり、監督と話しながら共通理解を持ってお芝居に臨みました。その日それ以外のところを撮影した後、いざそのシーンを撮ろうとする前に、監督と外を歩きながら今までの撮影の日々を振り返って、「あの人にも感謝だし、この人のことも好きだし、いろいろな良いことがありましたね」って言ってからその撮影に臨んだのを覚えています。
マイソン:
原作は短編で本作とは少し設定が違ったそうですが、原作と脚本に共通するのはどんなところでしょうか?
東出昌大さん:
禅の世界ではないですが、和雄は悩みから逃れるように考えないように走り続けるんです。毎日同じところを走っていても見えるものが違うと思いながら、いろいろな出会いがあり、非常に生と死、幸と不幸、綺麗なもの汚いものが薄皮1枚で共存しているというような世界が原作とこの映画で共通しています。あと、佐藤泰志さんご自身がこの原作を書かれた翌年に起こした出来事から、僕と監督はこれは佐藤泰志さんご自身の物語なんじゃないかと考えて、「生きるとか幸せとかの境界があるとしたら、そこに真剣に行ったり来たりする人はどういうことなんだろう」と話し合いながら撮っていた映画のように思います。先ほど別の取材でライターさんに「怖かった」と言われたんですけど、確かに言われてみれば怖い映画なのかもしれないし(笑)、温かい映画なのかもしれない。それが函館というロケーションともマッチしているように思います。寂しさもあるし柔らかさもあるという。
記者A:
3年ぶりの主演作で、コロナ禍になってから初めての映画ですか?
東出昌大さん:
そうですね。
記者A:
そういう意味でも他の意味でも、東出さんにとってまた新たな挑戦なのかなと思ったんですが、その辺はいかがでしたか?
東出昌大さん:
コロナ禍だからなのか、僕の中の何かなのかわからないですが、人の心に触れやしないよねとか、やっぱり純子の台詞にしろ、和雄の台詞にしろ、他の人達の台詞にしろ、そういうものがわかる年齢になった頃に撮影ができたのは大変ありがたかったです。佐藤泰志さんが苦しみながら書いた物語かもしれないし、監督もたぶんそれを望んでいらしたと思うんですけど、やっぱり撮影中にキツいシーンのお芝居があると、直前まで僕らもケロッとしていられるわけじゃなく、気持ちも引っ張られたり、苦しい思いもするんです。映画を撮りながらそんなことまでってすごくおこがましいんですけど、監督と僕ら出演者が苦しい思いをしながらでも撮れたものが、この原作を書かれた佐藤泰志さんが経験されたのと同じような精神状態の方や、苦しい境遇にある方の肩の荷をちょっとでも降ろすものになれば良いなと思っていたのも正直あります。やっていることが正解か不正解かわからないながらも伝わるものがあればと撮影に臨んでいた感じです。
マイソン:
実際に演じられていた時の気持ちと完成したものを観た時の気持ちとで何か違いはありましたか?
東出昌大さん:
正直、結構自分勝手な和雄にビックリしました(笑)。(演じていた時は)もうちょっとちゃんとした男だと思っていたんです。和雄は心が病んでいるので自分勝手に見えるんですけど、監督がそれを悪いと言ったり、もうちょっと大衆ウケするようになんて演出は1つもありませんでした。別に逃げるわけではありませんが、やっぱり映画は監督のもので、監督は本当に一石を投じる覚悟がおありなんだなと完成した作品を観て思ったのと、そういうすごい作品になったなと目を見張る思いです。
記者A:
確かにそうですよね。ただ、あの弱い和雄という人がちょっと理解できるような気がしたのも事実で、先ほど原作のお話がありましたが、東出さんはわりと脚本だけじゃなくて原作があれば原作にも触れますか?
東出昌大さん:
原作があるものは毎回読みます。原作に多くのファンがいらして映像化されるという場合には、原作の魅力やエッセンスを自分自身もわかっていないと、ファンの方に顔向けができないという思いがあります。今作でも走り続けた和雄の足が痛んで、原作ですと足首に付けたサポーターが草の湿り気で腫れた熱を取ってくれるみたいな描写があったんです。和雄の役をやっていると本当に足が痛くなってきてサポーターを付けたのですが、その時に「原作に書いてあったのはこれだ」と思いました。ただ原作の中で和雄がサポーターは絶対に付けないと豪語する人物なら付けるわけにいかないですよね(笑)。でもそれには何かしら心理的な理由があると思うので、多くヒントが載っているであろうから原作を読むという感じです。ただ原作と大きく台本が違う場合は、監督とお話をしてお互い齟齬が生まれないように擦り合わせをしてから作品に入っています。
良いっていう理由があるはずだと、わからないながらも繰り返し観た作品とは
マイソン:
普段映画を観る時もやっぱり俳優目線で観ちゃいますか?
東出昌大さん:
そうだと思います。でもそうするとほとんどすごいなと思うので、結構しんどくなったりもします(笑)。
マイソン:
そうなんですね(笑)。気分転換に観るものもありますか?
東出昌大さん:
あります。『2012』とか『ザ・コア』とか、パニック・アクション系ですね!ああいうのはたまにポテトチップスとコーラを抱えながら観たくなることがありますね(笑)。
マイソン:
そういう時は完全に観客目線で観られますか?
東出昌大さん:
でも、「これはグリーンバックなのかな?」とか考えたりはするので、そこはもうしょうがないですけどね(笑)。
マイソン:
私もシーンによってはそんな風に観ちゃいます(笑)。では、東出さんがすごいなって思う俳優さんってどんな瞬間にそう思われますか?
東出昌大さん:
たくさんいらっしゃるんですけど、リアリティがありながら役のスケールがあるという両立は非常に難しいと思うんですが、そういう役者さんはすごいなと思います。
マイソン:
特に影響を受けた方はいらっしゃいますか?
東出昌大さん:
恐れ多くもわかりやすくということではなかなか言えないのですが、笠智衆さん、森雅之さん、志村喬さんなどは、映画好きの監督や友達、先輩方に「やっぱり良いよね」と言われて、良いっていう理由があるはずだと、わからないながらも繰り返し観た作品は多いように思います。そのうちになにがしか、「こういうことが良いとされるのか」と、そういうことを考えたりもするようになりました。
マイソン:
私も昔同じ映画好き同士でちょっと競い合うじゃないですけど、友達に先を越されると悔しいから、高校生や大学生の時とかに背伸びをして小津安二郎の作品などを観てました。でも何となく良いなと思っても、最初はどこがどうすごいのかはピンと来なくて(笑)。
東出昌大さん:
来ませんよね(笑)。
マイソン:
それがすごいと思えた瞬間というか作品ってありますか?
東出昌大さん:
小津安二郎監督の作品は役者になって最初観た時は眠くなってしまって(笑)、今でも観る日を選ぶように思います。素晴らしいと思う日もあれば、途中で寝てしまう日もあります。本当にふつつかで申し訳ないんですけど、ロベール・ブレッソン監督の作品も途中で寝てしまうこともありますが、すごいなって思う瞬間はちょっとずつ増えてきていると思います。役者になってすぐの頃にブレッソンの“シネマトグラフ覚書”という本を染谷将太くんにプレゼントしてもらったんです。今開いてみても内容の5分の1もわかっているのかわからないんですが(笑)、それがちょっとずつわかるようになってきたのは、役者をやってきてちょっとずつ経験が増えてきたからなのかなと思ったりします。
マイソン:
俳優デビューをされてから10年ほど経つと思いますが、これからやっていきたいことはありますか?
東出昌大さん:
具体的にこういう役がということはなく、でもどのような役でも貪欲にやっていきたいです。お芝居って難しいなと思い続けて早10年。答えは当分まだ出そうにないですけど、良いお芝居を目指し続けたいなと。でも、あまり頭でっかちにならないようにしたいなと思います。
マイソン:
答えが出ないとおっしゃっていたのは、答えがないからこそおもしろいというのもありますか?
東出昌大さん:
いや〜、わからないです。答えがないし、わかっていない自分という隠れ蓑に隠れて逃げている部分もあるのかもしれません。わからないものだって高をくくっている自分が安全なのかもしれないです。もっと攻めることも必要なのかもしれないし、攻めたいなとも思うし、というくらい漠然とした感じです(笑)。
マイソン:
考えれば考えるほど演技って深そうですね。本日はありがとうございました!
2021年8月24日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『草の響き』
2021年10月8日より全国公開
監督:斎藤久志
出演:東出昌大/奈緒/大東駿介/Kaya/林裕太/三根有葵/利重剛/クノ真季子/室井滋
配給:コピアポア・フィルム、函館シネマアイリス
心に失調をきたし、治療と静養のために妻と共に故郷の函館へ戻ってきた和雄は、精神科の医師に運動を勧められランニングを始める。どんな天気であろうが、来客があろうが、毎日同じ道を走り記録をつける和雄。そんな日々の積み重ねで和雄の心は徐々に平穏を取り戻していくが…。
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