衝撃的な作品で毎度物議を醸すラース・フォン・トリアー監督の右腕として、『メランコリア』以来プロデューサーを務めているルイーズ・ヴェストさんにオンラインで取材をさせていただきました。今回は20年以上の時を経て作られた“キングダム”シリーズ最終章『キングダム エクソダス<脱出>』のお話を軸に、ラース・フォン・トリアー監督の映画作り、ルイーズ・ヴェストさんがプロデューサーとして大切にしていることなどをお伺いしました。
<PROFILE>
ルイーズ・ヴェスト(Louise Vesth):プロデューサー
1973年生まれ。経済学の学位を取得し、2001年にデンマークの国立映画研究所での製作プログラムを卒業。2001年以降、デンマークの映画会社“Zentropa”にプロデューサーとして所属し、クリスチャン・E・クリスチャンセン、ミケル・ノガール、ニコライ・ア−セル、アンダース・ラノウ・クラーランド、ラース・フォン・トリアーなどの映画監督達と仕事をしている。2012年には、ニコライ・ア−セル監督作『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(アリシア・ヴィキャンデル主演)を製作し、最優秀外国語映画賞にノミネートされた。ラース・フォン・トリアー監督作は、『メランコリア』以来、プロデューサーを務めている。
ラースは他の人とは違う、勇気ある作品を作り続けている、それは映画にとって必要
マイソン:
だいぶ前のことになると思うのですが、ラース・フォン・トリアー監督にお会いした時の第一印象はどうでしたか?
ルイーズ・ヴェストさん:
実は初めてお会いした時のことは覚えてないんですよね。ただ、当時私はZentropaの若いプロデューサーでまだこれからという頃で、フォン・トリアー監督はデンマークで最も偉大な監督という意識がありました。Zentropaでは20年間仕事をしていますが、最初の10年間は彼は恐らく私の名前を知りませんでした。でも特別な監督だし、Zentropaとしても永遠に残るような映画作りを一緒にできているというのはすごく光栄だと思っています。
マイソン:
公式サイトには、“キングダム”シリーズ前作が放送されていた1990年代、デンマーク本国では50 %を越える視聴率で社会現象を巻き起こしたとありました。ルイーズさんの中でどんな記憶がありますか?
ルイーズ・ヴェストさん:
私達の国デンマークはそんなに大きな国ではなく、500万人しかいないんですけどね(笑)。でも、私の周囲は本当に全員が話題にしていた作品でした。当時映画館に行かない限り映像作品はテレビでしか観られなかったし、国営放送局は1つしかなく、皆同じものを観てました。毎週観たら語らざるを得ない、それくらい他の何とも似ていない作品でした。当時のデンマークのテレビ作品にはこんな作品はなかったんですね。スタジオで撮られているドラマ的なものしかなかったから、こんなに緊張感溢れるフィーリング、カメラの使い方は新しかった。そして、キャラクターはリアルなんだけど風刺の中で登場するというようなドラマは全く新しかったんです。だから本当に全員が話題にしているという感じでした。
マイソン:
そんな“キングダム” の最終章が20年以上の時を経て、今作られることになったきっかけは何だったのでしょうか?
ルイーズ・ヴェストさん:
もともと1990年代にシリーズ前作を作っていた時点でシーズン3までの構想はあり、どうやってストーリーを終わらせるか、終わらせたいというイメージは最初からあったようです。実は数年前にラースの今までの作品のトリビュートという形で劇伴(シーンに合わせて背景で流される音楽)をオーケストラで演奏するコンサートが開かれたんです。劇伴の美しいスコアが一通り演奏された後にアンコールの声があがりました。その時に「まだ演奏していない曲ってあったかな?」と思っていたら、“キングダム”の劇伴が演奏され始めたんですね。すると、観客が大声をあげ、拍手喝采が起こり、ものすごく反響があったんです。そこに実はラースも参加していて、スタンディングオベーションが起こりました。その帰り路、彼と一緒に歩いている時に私のほうを見て、“キングダム”第三章を考えてみようという話になりました。“キングダム”にあれだけ皆が特別なものを感じてくれていたことを彼自身も感じたようで、そこから作業が始まりました。
マイソン:
本作には、多様性、ジェンダーレスといった現代で話題となっているテーマが取り上げられていて、エンドロールでは監督自ら物議を醸す可能性を承知で描いていることを告白されています。制作段階では、スタッフやキャスト達の間でこの点を話し合うことはあったのでしょうか?
ルイーズ・ヴェストさん:
キャストとスタッフではそういう会話はあまりしませんでした。皆参加する段階でラースがどんな監督かわかっているので。ラースは自身に制限とか境界線を設けない人間であり、フランクですごく正直です。他の人だったら尻込みするようなところにいくことを恐れない。逆にそれが彼のエネルギーになるような監督であることを皆知っています。ただ、もちろん今回は製作にテレビ局や配信会社も入っています。配信会社はテレビ局ほどではなかったと思いますが、テレビ局というのはどんなリスクも怖がります。それはどこのテレビ局でも同じだと思います。そういう部分に関しては話をしました。でも今回“エクソダス”を作るなら絶対にファイナル・カット権はラースに持たせる話をしていて、その上でラースは例えばテレビ局はどんなことを心配しているのかを聞いたり、私達プロデューサーと会話をしてくれます。全然耳を貸さないというわけではありません。ただ指図は一切されたくないから、何か心配事があるんだったらこういう風にクリエイティブに変えていこうという風に考える方なんです。
ラースは本当に言論の自由を信じているし、アーティストとしての自由が彼にとっての鍵でもあるんですよね。それこそ映画で物議を醸すようなトピックを語ることができなければどこで語るんだ、っていう考え方をしています。今の世界の事象からすると、ネットとか対面ではなかなか話しにくいものも出てきていますよね。だから、ストーリーテリングの中に入れることによって会話のきっかけにしたいと思っているんです。その会話には、他者との会話だけでなく、映画を観た後の自分自身との対話も含まれているわけです。ラース自身は自分の作品が好まれようと嫌われようと同感といわれようといわれまいと全然どうでもいいわけです。会話のきっかけになればそれが嬉しいわけで、人間として私達が誰なのか、今生きている世界はどんなものなのか、それについて語るきっかけになって欲しいと思っています。
プロデューサーからするとそういう領域に入っていくことは、ナーバスさ、不安定さを伴うこともあるので、楽ということはありませんが、今のラースがどんな監督なのかというのはたぶん観る方も皆わかっているから、それほど驚くことはないと思います。私自身はラースのような、マインドがすごくオープンで勇気のあるアーティストが存在してくれていて、本当に嬉しいです。他の人とは違う、勇気ある作品を作り続けている、それは映画にとって必要だと思っています。
マイソン:
そんな風に、ラース・フォン・トリアー監督の作品は挑戦的な内容だからこそ魅力があると思います。その上でルイーズさんがプロデューサーとして大切にしていることはありますか?
ルイーズ・ヴェストさん:
自分にとっては、ラースが映画を作れるようにすべてを可能にしていくのが自分の仕事だと思っています。世界は映画を必要としているから、物議を伴うようなことがあっても、それを解決していくのが自分の仕事の一部だと思うし、それは全然構いません。でも、やっぱりそういったものが取り込まれることによって、配給や資金集めが脅威にさらされるということはあるので、プロデューサーとしてすごくやりにくい時も正直あります。でも、何よりもアーティスト自身、そしてアーティストが自分の作品作りをできる環境を守るということが私は大事だと思っています。
マイソン:
ラース・フォン・トリアー監督レベルまでいくと、芸術性を追求しながら、興行もある程度見込めると思うんですが、若手のクリエイターはどうバランスを取れば良いでしょうか?プロデューサーの立場からどう思いますか?
ルイーズ・ヴェストさん:
個人的には自分が信じている物語を語る、そういう映像を作るべきだと思っています。これが私の基本ラインです。世界最高峰の監督達は、自分の映画作りがパーソナライズされている、つまり、その人ならではのものになっています。若手に関しては自分のスタイル、自分が誰であるかを見極めて、これが自分なんだというのを見つけていくことが大事なのだと思います。個人的には、演出が重要だと思っています。演出の中にその人のsignature(=その人ならではのスタイル)が宿っていると私は思います。そういったものが何なのかを見極めつつ、自分のストーリーを語っていくことで、他の人にとっても何か共感だったり、響くものになると思います。最高峰の監督達は、何が一番自分らしいスタイルなのかをわかった上で映画を作っています。そうすると自動的にそれが商業的になると思うんです。本当にちょっとしたことでも、多くの観客の心の琴線に触れたりする。relevance(=今の自分に響くもの)が大事で、それがあるからこそ作品は商業性を帯びるのだと思います。
自分自身、そしてZentropaという映画制作会社は、常にアーティスティックなところから始まります。商業性は後からついてくるという部分でいうと、自分達でいうのもなんだけど、アーティスティックなものを商業的な形でお届けするのに自分達は長けているのかなと思っています。ただ商業性だけを持った作品はつまらないと思うんです。逆にアーティスティックなだけなら、それこそ映画作りには本当にお金がかかるので、もしかしたら絵を描く、詩を書くほうが自己表現するのに向いてるのかなと思います。
マイソン:
では最後に、ルイーズさんがこれまでで一番影響を受けた作品、もしくは映画人がいたら教えてください。
ルイーズ・ヴェストさん:
よく聞かれるんですけど、これ1本というのがあるわけではないんですよね。実は先に経済学を学んで、映画の仕事をしてから映画により興味を持つようになったんです。そこから映画学校に行ったり、映画のことを研究し始めたりしました。言い方を変えれば、自分にとって、これは他とは違うな、これは良質な映画だなって思わせてくれる作品とは、観た後に自分の行動を変えてくれるものです。あるいは考え方を変えてくれるもの、違った方向に歩ませてくれるもの、それが良い映画です。もちろん感動したり、娯楽性があった上で、ですね。でも、若い頃の思い出から1本というと、『ニュー・シネマ・パラダイス』です。こういう世界があるんだ、映画って世界があって、それがすごく大切なものなんだって思わせてくれた作品なので、もしかしたら『ニュー・シネマ・パラダイス』が直接的に自分が映画のプロデュースをしたいと思わせてくれた作品なのかもしれません。
マイソン:
本日はありがとうございました!
2023年6月27日取材 TEXT by Myson
【ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023】
2023年7月7日より全国順次開催
公式サイト
【ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023】上映作品一覧
- エレメント・オブ・クライム【4Kデジタル修復版】(1984年/103分/デンマーク)
- エピデミック~伝染病【4Kデジタル修復版】(1987年/106分/デンマーク)
- ヨーロッパ【4Kデジタル修復版】(1991年/107分/デンマーク)
- 奇跡の海【4Kデジタル修復版】(1996年/158分/デンマーク)
- イディオッツ【4Kデジタル修復版】(1998年/114分/デンマーク、スウェーデン、フランスほか)
- ダンサー・イン・ザ・ダーク【4Kデジタル修復版】(2000年/140分/デンマークほか)
- ラース・フォン・トリアーの5つの挑戦【HDリマスター版】(2003年/90分/デンマーク、スイスほか)※日本劇場初公開
- ドッグヴィル【4Kデジタル修復版】(2003年/177分/デンマーク、イギリスほか)
- マンダレイ【HDリマスター版】(2005年/138分/デンマーク、イギリスほか)
- ボス・オブ・イット・オール【HDリマスター版】(2006年/99分/デンマーク、スウェーデンほか)※日本劇場初公開
- アンチクライスト(2009年/108分/デンマーク)
- メランコリア(2011年/135分/デンマーク、スウェーデンほか)
- ニンフォマニアック Vol. 1 【ディレクターズ・カット完全版】(2013年/147分/デンマークほか)※日本初公開
- ニンフォマニアック Vol. 2 【ディレクターズ・カット完全版】(2013年/177分/デンマークほか)※日本初公開
『キングダム エクソダス<脱出>』
2023年7月28日より全国順次公開
監督:ラース・フォン・トリアー
出演:ボディル・ヨルゲンセン/ミカエル・パーシュブラント/ラース・ミケルセン/ニコラス・ブロ/アレクサンダー・スカルスガルド/ウド・キア/ウィレム・デフォー
配給:シンカ
夢遊病者のカレンは、不思議な夢の中で助けを求める声に誘われ、“キングダム”といわれる大病院に辿り着く。その病院では不可解な出来事が起き、カレンは仲間を得て、真相を突き詰め、呪いを解こうとするが…。
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