パリのオートクチュール・コレクションに日本より唯一参加するファッションデザイナーの中里唯馬に密着したドキュメンタリー『燃えるドレスを紡いで』。今回は本作の関根光才監督にインタビューさせていただきました。ファッション業界や中里さんのお仕事を通じて、監督が参考にしたいと思った点や、劇映画とドキュメンタリーの監督をする上での違いについて聞いてみました。
<PROFILE>
関根光才(せきね こうさい):監督
映像作家としてキャリアをスタートし、長編映画や短編映画、CM、ミュージックビデオ、アートインスタレーション作品など多岐に渡るジャンルの映像作品を手掛けている。広告映像作品では、国際的なクリエイティブアワードで多数受賞経験を持つ。2018年、初の長編劇場映画監督、脚本作品『生きてるだけで、愛。』で新藤兼人賞銀賞、フランスのキノタヨ映画祭審査員賞などを受賞。同年、長編ドキュメンタリー映画『太陽の塔』も公開。現在は長編映画を含めたさまざまな映像の演出を手掛けながら、社会的アート制作集団「NOddIN(ノディン)」でも創作を続けている。今後は長編映画『かくしごと』(2024年6月7日より全国公開)の公開が控える。
唯馬さんの人間としての感情や目線を通して物語を紡ぐことで、社会的な問題にもすんなりと着目できる
シャミ:
監督が中里唯馬さんのドキュメンタリー映画を作りたいと感じた決め手はどんな点だったのでしょうか?
関根光才監督:
唯馬さんとは他の現場で初めてお会いし、意気投合しました。彼は元々環境問題や社会課題に対する意識が高い方で、服を通してそれを実験されているという印象があり、僕自身も社会課題に対してアプローチしている人間だったので、そこから交流が始まりました。
そして、ある報道でチリの砂漠にカラフルな中古服が山になっていることを知り、唯馬さんと「実際に見に行きたいですね」と話していたのですが、そんな中、その衣服の山が燃やされたり砂に埋められたりして隠蔽されてしまったということを知り、これはどうしようかとリサーチを進めていきました。
すると、グローバルサウスには昔から輸出入の中古服という形で衣類のゴミとなり得るものが押し付けられてきた歴史があり、アフリカには非常に長い間堆積していて、特にガーナやケニアはかなり酷い状態だと知りました。そこで、ケニアのダンドラというスラム地域にある、巨大なゴミの山を取材してみようということになりました。もしケニアに行くのであれば簡単な映像作品にして終わるというわけにはいかないと思ったので、「もしかしたら映画にできるかもしれない」という想いでまずは行ってみようとスタートしました。
シャミ:
さまざまなリサーチと覚悟の上でこの企画がスタートしていったんですね。映画を観ていると、ケニアに行ってパリコレを迎えるまでの期間がかなりタイトでしたが、さまざまな感情に揺れる中里さんの姿を傍でご覧になっていていかがでしたか?
関根光才監督:
スケジュールは本当にタイト過ぎてビックリですよね。僕は他のデザイナーの方ともお仕事で関わったことがあるのですが、1年に2回ショーがあり、そのたびに新しいコンセプトとテクニックを求められて、表現していくということをとんでもないスケジュールでやっていることは知っていました。でも、そのなかでも今回はかなり凄まじい状況だったと思います。ケニアに行こうとなった時点で唯馬さんの中では「恐らくこういう現実が待っているだろう」とか「2023年のコレクションで発表しなければならない」と、デザイナーとして抱えている課題があったと思います。そして、せっかくケニアに行くなら、そこで得たインスピレーションをどう服に反映できるのかという想いもあって、このプロジェクトが進んでいきました。
実際に現地へ行ってみると、インターネット上で情報収集をしていたのとは桁違いな心理的インパクトがあり、唯馬さんも最初は呆然としていました。そういった圧倒的な現実を目の前にして「何かできることはあるのだろうか?」と追い込まれる感覚も強烈だったと思います。でも数ヶ月先にはコレクションが控えていて、コレクションを発表することにどんな意味を持つのだろうということまで考えていたと思うので、ある種自らに背水の陣を課していくというところがあったと思います。帰国してからのスケジュールも本当に凄まじく、僕も2022年の年末ぐらいまでは「これは本当にできるのかな?」と思うくらい追い込まれている状況でした。
シャミ:
デザイナーというファッション業界の最先端にいらして、新しいものを生み出していかなければいけない立場にありながら、ああやって服がゴミの山となっている様子を自ら見に行く中里さんの姿はすごくインパクトがあり、とても考えさせられました。
関根光才監督:
実際に現地に足を踏み入れているファッションデザイナーや芸術家はほとんどいないと思います。他のドキュメンタリー作品やインターネットの情報で、スモーキーマウンテンがあって、ゴミを漁って生きている少年がいることはよく見聞きし、悲惨な現実なんだろうとイメージしますが、実際に現地へ行くと全然違う感覚になるんです。ものすごく強烈で一生忘れられないような匂いがする環境なのですが、その中でたくましく明るく生きている方達を見た時に、頭がかなり混乱しました。
朝から晩までゴミ拾いをして200円がやっとという子ども達の話を聞くと、社会の可哀想な話というトピックとして挙げられがちなのですが、実際にそこで暮らす方達の話を聞くと、「このゴミ山のおかげで助かっています」「私はここで子どもを育てました」「ずっとここで暮らしているけど、健康被害はないから大丈夫」という方もいるんです。でもゴミ山はずっと燃えながら大量の煙を吐き出していて、非常に毒性の高い煙だという報告書もあるんです。それがゆえに、報告書の内容と現地の方々との対話とのギャップに頭の中で整理がつかなくなりました。そんな中、唯馬さんは、混乱しながらもゴミ山の中に美しさを見出そうとしていて、彼はやはり生粋のデザイナーだと感じました。
シャミ:
とてつもない体験ですね。監督が中里さんと最初にお会いした時の印象と、作品を撮ってずっと傍で見ていて、中里さんの印象で変わった点はありますか?
関根光才監督:
変わっていないところのほうが多いかもしれません。唯馬さんと初めてお会いした時は、すごくトーカティブな方だと感じました。自分の思っていることや、やりたいことがスラスラと出てくる方で、それと同時にすごくピュアな方だと思いました。そのピュアな部分は変わっていないのですが、あそこまで強烈な現実を目の前にした時に言葉を失っている唯馬さんを見て、当然のレスポンスではありますよね。お互いに概念やロジックや理想では片付けられないような超然たる現実が突きつけられ、粉々になってからああしたら良いか、こうしたら良いかと一緒に話し合いました。僕は唯馬さんにクリエイターとしてのシンパシーみたいなものを感じて、恐らく唯馬さんも同じように僕に感じてくれたので、自然と2人で話し合うことができました。
シャミ:
なるほど〜。本作は中里さんの姿を追いながら環境問題や、ファッション業界の抱えるジレンマのようなものも見えてくる作品でした。そういった要素のバランスを取る上で、監督が特に気をつけた点はどんな点でしょうか?
関根光才監督:
今回は中里唯馬さんという人物に注目することを外さないようにしようと思いました。プロデューサーからも「今回は中里唯馬と関根光才という人間同士がぶつかれば大丈夫」というお話があり、最初は疑問もありながらも、やっていくうちに確かにそれは正しいなと納得した部分がありました。もちろん環境問題やSDGsといった文脈はあるのですが、それをそのまま映画にしてしまうのと、社会の在り方の善悪を決めつけてしまったり、これはこうすべきとか、 “あるべき姿”で埋め尽くされた教科書のような作品になってしまい、結果観る方の心が動かなくなってしまう。でも、唯馬さんを信じて、彼の人間としての感情や目線などを通して物語を紡いでいったほうが、社会的な問題にもすんなりと着目できると思いました。
なので、環境問題についての作品というよりも、中里唯馬さんというクリエイターについての作品であり、それが自然に環境問題について触れている映画になっているというほうが、この映画を言い表せているかなと思います。極論を言えば、同じように普段自分達が活動していることが社会課題解決の一端を担っているという社会になっていったほうがいいなと思いますし、そうでないと間に合わないとも思います。
シャミ:
確かに中里さんの視点を通して観るからこそ、他人事ではない気がして、自分達も考えなければならない課題なんだと感じました。
関根光才監督:
特に印象的だったのは、ケニア取材から帰った時に、“Yuima Nakazato”のスタッフの方達と話をした場面です。スタッフの方達は事前情報として唯馬さんがケニアへ行くと知っていたわけですが、唯馬さんが実際にゴミの山に立って、そこで何か感じている姿や、唯馬さんが撮った写真を見ると、インパクトが全然違ったようです。そういう感覚をこれからご覧になる方にも共有することができて、何ができるのかディスカッションできたら良いなと思います。
シャミ:
あの凄まじい現実を見て帰国された中里さんと、スタッフの方が話すシーンもとても印象的で、皆さんのプロフェッショナルな仕事ぶりにも驚きました。監督はケニアに同行された後、日本に帰国されてからもずっと撮影されていたのでしょうか?
関根光才監督:
毎日というわけにはいかなかったのですが、かなりの時間を一緒に過ごさせていただきました。「今日はカメラが入りますよ」と何回もやっていると、皆さんもだんだんとカメラを気にしなくなってくださったので、こちらとしてはそのほうが完全に素の状態が見られたので良かったです。唯馬さんは普段すごく丁寧な方なのですが、ギリギリの状況の中ではもちろん感情が露わにもなります。そういった人間的な側面が見えてくることもとても重要でしたし、そこから挽回していくからこそのドラマ性が加わりました。
シャミ:
ものづくりという点ではファッション業界と映画業界とで共通する部分もあると思うのですが、今回ファッション業界や中里さんのお仕事を見るなかで、監督が参考にしたいと思った点があれば教えてください。
関根光才監督:
もの作りに携わる人間として、共感する部分はすごくありました。いろいろな分野でクリエーションをする時に、その責任を全部自分で引き取ってもの作りをしている人とそうでない人とで、実は感覚にかなり差があるんです。これは少し難しい話ですが、唯馬さんと話しているとそれをすごく感じる部分があり、立ち位置として寄り添いやすいというか、共感する部分がありました。
それから唯馬さんは、どうしたら環境負荷の少ないもの作りができるのかとか、あるいはそこに至るにはどうしたら良いのかと常にスタッフと共に試行錯誤されていました。対して映画制作の現場は、わりとマッチョイズムに陥りがちなんです。そこは気をつけて、意識的に変えていきたいと思いました。この作品の場合は普段に比べるとものすごく少人数で作っているので、手作り感のある家族的な現場で、そこはすごく楽しめたところです。
人間の根源や人間と自然の関係に興味があります
シャミ:
監督は劇映画も撮られていますが、劇映画とドキュメンタリーの監督をする上で1番大きな違いはどんな点でしょうか?
関根光才監督:
劇映画の場合多くがフィクションなので、それをどうやってリアルに見せていくのかという工程になります。ドキュメンタリーの場合はすぐそこにあるものをひたすら追うことであり、それを綺麗に切り取りましょうとかそういうレベルの話ではないので、それぞれ向き合い方は全く違います。でも、両方をやっているからこそ、それぞれの作り方にクロスオーバーできるところがたくさんあります。ドキュメンタリーの映像として誰かを撮影して切り取っていくことは、ともすると暴力的になりやすいのですが、そういうことがないようにきちんとステップを踏みながら撮ることや組み立て方も大切なんです。実はそれが劇映画にも活かせることがあります。さもドキュメンタリーを撮っているかのように劇映画を撮るとしたらどういう風に撮れば良いかとか、そういった方法論を模索することもよくあります。だからこそ僕としては両方をやっていることに意味があると思います。
シャミ:
今後もどちらにも携わっていきたいというお考えでしょうか?
関根光才監督:
僕の場合、ドキュメンタリーはやるしかないという状況に直面して作ることが多いので、どちらかというと今後は劇映画に比重が大きくなっていくような気がします。以前『太陽の塔』というドキュメンタリーを撮ったのですが、その時は公募があり、自分で作ってみたいと手を挙げたのですが、他の短編ドキュメンタリーの場合は、いろいろな巡りあわせや出会いの中で、これは「作るしかない」と感じるような状況で思わず踏み出すことが多かったので、今回はそちらに近いケースでした。
シャミ:
それは監督の興味のアンテナが反応したり、何かビビッと来た時に撮らなくてはと感じるのでしょうか?
関根光才監督:
そうですね。もちろんアンテナや関心事は大事なことですが、結構ご縁も大切だと思っています。今回の場合も中里唯馬さんという方に出会って、ある種の関心事がシンクロしたことがこの映画の生まれた1番の要因だと思います。
シャミ:
今後は劇映画『かくしごと』の公開も控えていますが、劇映画、ドキュメンタリーに関わらず、監督が今後撮ってみたいテーマの作品があれば教えてください。
関根光才監督:
僕としては人間の根源や人間と自然の関係に興味があるので、今後もそういう映画を撮っていきたいと思っています。人間が感じていることの最終的な到達点には何があるのだろうとか、地球にいる人間とはどういう存在なのかということとか、そういったテーマに常に関心があります。とかいって、3年後くらいに突然ラブコメとかを作っているかもしれませんけどね(笑)。
シャミ:
それはそれで気になります!映像の業界でお仕事を続けるなかで、昔と今とで1番変わったことはどんなことでしょうか?
関根光才監督:
かなりいろいろあります。昔は徒弟制度のようだった現場が少しずつ変わっているなという感覚があります。先ほども話しましたが、映像業界の現場では将軍がいて部隊長がいてと、軍隊の編成のような状態になりがちなんです。だからどうしても乱暴になってしまうこともあったのですが、それはダメだという社会通念が前提になってきたと感じます。極論をいうと昔は暴力もありましたが、それがなくなっていったので本当に良かったと思います。そのおかげで若い方達が少しは参入しやすくなり、入ってすぐ辞めたくなるような環境は少なくなっているかもしれません。
ただ、労働賃金はずっと変わっていないんです。それは僕らの業界に関わらずだと思いますが、今後改善していくべき点だと思います。やはり大変な部分も多い仕事なので、もう少しきちんとした対価が与えられると良いなというのは意識的にずっと思っていることです。あとは、昔と比べてエネルギーの使用量がすごく減ったと思います。そういう点は業界の人でないとなかなか気づかない点ですが、LEDの存在によって、昔よりも照明を使うコストや時間がだいぶ変わりました。
シャミ:
では最後の質問です。監督がこれまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
関根光才監督:
僕が最初に影響を受けたのは、ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』という映画です。それはアメリカのテキサス州にあるパリという町の話なのですが、あまりにも影響を受けすぎて、実は1人でその映画のテーマとなったテキサス州のパリに行ったことがあります。何もない場所の話なのですが、本当に何もない場所なんですよ(笑)。そのヴィム・ヴェンダース監督が久しぶりに『PERFECT DAYS』という作品を撮り、それが僕の元々所属していたSpoonという制作会社で作られて、そういうのも巡り巡って勝手に縁を感じています。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2024年3月4日取材 Photo& TEXT by Shamy
『燃えるドレスを紡いで』
2024年3月16日より全国順次公開
監督:関根光才
出演:中里唯馬
配給:ナカチカピクチャーズ
環境負荷が最も高い産業のひとつとされるファッション産業。2009年に“YUIMA NAKAZATO”を設立し、パリ・オートクチュール・コレクションの公式ゲストデザイナーに選ばれ、継続的にパリで作品を発表しているデザイナーの中里唯馬は、「衣服の最終到達点が見たい」とアフリカ、ケニアへと渡る。そこで彼は世界中から衣類をゴミとして押し付けられた現実を目にし… 。
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情報は2024年3月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。