社会的なしがらみや不安から解放され、自由と平等が約束された町の幻想と真相を描く『人数の町』。今回は本作でキーパーソンとなる紅子を演じた石橋静河さんにインタビューをさせて頂きました。本作のお話、俳優として、そしていち映画ファンとしての石橋さんについて、いろいろと質問させて頂きました。
<PROFILE>
石橋静河(いしばし しずか):木村紅子(きむら べにこ)役
1994年東京都生まれ。4歳からクラシックバレエをはじめ、2009年よりアメリカのボストン、カナダのカルガリーにダンス留学した後、2013年に帰国。その後、コンテンポラリーダンサーとして活動しながら2015年より俳優活動を開始。2016年にNODAMAP舞台“逆鱗”に出演。2017年には初主演作『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で、第60回ブルーリボン賞、第91回キネマ旬報ベスト・テンなどで新人女優賞を数多く受賞。2018年にはNHK連続テレビ小説『半分、青い。』への出演で注目を集めた。主な映画出演作に『きみの鳥はうたえる』『二階堂家物語』『21世紀の女の子』『いちごの唄』『楽園』『37セカンズ』などがあり、舞台出演作に“ビビを見た!”“神の子”などがある。2020年にドラマ『東京ラブストーリー』(FOD、Amazon Prime Video配信)では赤名リカ役を演じた。
正義感だけでは生きられない世界
マイソン:
映画の世界と似たようなことはありそうだけれど、実際にはここまでのことはまだ起きていないので、想像をすごく膨らませて演じられたのではと思います。撮影時はまだ新型コロナウィルス感染症が流行していなかったと思いますが、感染拡大した状況になってから観ると、すごく怖いというか、もっと映画の世界に近づいてきたと感じました。石橋さんは、撮影時と今とで本作への観方が変わった部分はありますか?
石橋静河さん:
撮影したのは去年の5月、初号試写が去年の10月くらいだったんですが、ちょうど昨日すごく久しぶりにこの映画を観ました。撮影は全然こういう状況になる前だったので、全く見え方が違って、それはすごくおもしろいなと思いました。
マイソン:
緑(石橋さんが演じた紅子の妹)の「生き残るのが重要」みたいな台詞があって、たぶんこれを2年前とかに観ていたら、そんな価値観はダメって思ったかも知れませんが、コロナで生活も苦しくなっている人が増えている今の状況だと、とにかく生き残るためにあの町に入りたいって思う人がいるのかなって思いました。
石橋静河さん:
そうですね、いるかも知れないですよね。撮影の時は私が演じた紅子からの視点で考えるから、やっぱり緑には本当に戻ってきて欲しいし、自分の大切な家族が幸せになって欲しいっていう思いのもと、一緒に元の世界に戻りたくても、その心が動かないとしたら、すごく悲しいことだなって思います。でも今コロナの感染が広まってから世界中でいろいろな問題が起きているのを聞くと、わからないですよね。紅子は最初本当に正義感でいてもたってもいられなくなってこの町にきますが、最後のシーンになる頃にはその正義感とか強さとか頑固さだけの紅子じゃなくなっているなって、脚本を読んで思いました。生きていく上ではそういうことだけではいられないし、そこが私はちょっと怖いなと。全然あり得る話だし、リアルだなって思いました。
マイソン:
私自身ディストピア映画は大好きなのですが、現実の世界が厳しいので映画を観る時くらいはハッピーになりたいっていう意見も世の中にはあるようです。ディストピア映画ともいえるこの作品の魅力というか、敢えて今これを観てもらう上での魅力は何だと思いますか?
石橋静河さん:
すごく笑えるシーン、シュールだなっていうシーンがいっぱいあるので、純粋にそれは楽しんでもらえると思います。「バカな人達ばっかりだな」って思って観て、でも観終わった後に「あれ?」って思う感じ。そういうおもしろさがあると思うので、怖がらずに観て頂きたいなと思います。
思い通りにいかないことがおもしろい
マイソン:
映画の中で、人数の町の人は、いろいろな人の代わりをやっていましたが、もし石橋さんが俳優をやっていなかったらやりたかった仕事はありますか?
石橋静河さん:
10代の頃、もし数学がもっとできたら天文学者になりたいと思っていたんです。
マイソン:
星が好きなんですか?
石橋静河さん:
はい、星雲の写真などを見てすごいなって。真っ暗なのにその中にすごい色の星雲があって「わ〜!綺麗!!」と思って、そこからちょっと勉強したりしていました。
マイソン:
すごい!!
石橋静河さん:
でも数学ができなかったので、諦めましたけど(笑)。やっぱり天文学って、かなり計算が必要だと思うので。そういう脳があったらやっていたかも知れないです(笑)。
マイソン:
なるほど〜。逆に俳優をやっていて良かったなって思うこととか、おもしろいなって思うことはありますか?
石橋静河さん:
思い通りにいかないことがおもしろいってことに気付けたことですかね。以前はバレエの学校に通ってずっとバレエをやっていたんですけど、バレエはある意味完成形があって、そこに向かっていく、もしくは型があるのでそれを維持するということが大事なんです。自分の体を思い通りに動かすということがすごく大事で、「このポジションは正しいけど、このポジションは間違っているから正さなくてはいけない」という考え方になるんです。でもお芝居って台詞があって役があっても、それ以外のことを自分で決められないじゃないですか。特に映画だったら、監督が何にOKを出すかだし、自分が良いと思っても監督がダメって言ったら撮り続けないといけないし、自分はこれだけできたと思っても全然違ったり、逆に自分はこれしかできなかったと思っても周りは違って捉えてそれがすごく評価されたり。だからそれは自分が想像していたこととは違うことだけど、それこそ想像し得ないことが起こるのがおもしろいんだなって気付くことができました。
マイソン:
そう考えると改めて深いお仕事ですね。ところで、普段映画はよくご覧になりますか?
石橋静河さん:
最近こういうこと(コロナが感染拡大している状況)になってから、あまり観られなくなってしまって。世の中が映画みたいで、本当にすごいことになっているから、あまり刺激を求めていないんだと思うんです。でもそうじゃない時は映画館に行って観るのが好きですね。
マイソン:
いち観客として映画を観ていて、他の俳優さんの演技をすごいと思う時って、どんな時ですか?
石橋静河さん:
本当にいろいろな作風の作品があるんですけど、スクリーンで観るからこそわかるものってあるじゃないですか。大きく映された時に見える役者さん本人とキャラクターとの隙間というか、演じているなかからその人の美しさみたいなものが見える瞬間が、私はやっぱり好きですね。「この人はすごく芝居のテクニックがあるな」みたいなのもおもしろいと思うけど、それよりもその人の心の中の本質的な部分がチラッと見えたりするとカッコ良いって思います。
マイソン:
そういう意味で言うと、やっぱり俳優さんとしては、映画は映画館で観てもらいたいですよね?
石橋静河さん:
でもいろいろな方法があって良いと思うし、変わらないものはないので、いろいろな選択肢が増えて、映画を観てもらえる機会が増えるということも大事だと思います。ただ、やっぱり映画館で観るからこそ味わえることが絶対にあって。映画館で映画を観るって楽しいじゃないですか。それを皆が忘れてしまったら寂しいですね。
マイソン:
そうですよね。では最後に一言だけ。ご自身が1番影響を受けた映画を教えてください。
石橋静河さん:
黒澤明監督の『生きる』です。本当に素晴らしくて、目だけでこんなに物語れるのかっていうのを感じた映画です。
マイソン:
ありがとうございました!
2020年7月10日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『人数の町』
2020年9月4日より全国公開
監督・脚本:荒木伸二
出演:中村倫也/石橋静河/立花恵理/橋野純平/植村宏司/菅野莉央/松浦祐也/草野イニ/川村紗也/柳英里紗/山中聡
配給:キノフィルムズ
借金取りに追われ暴行を受けていた蒼山は、見知らぬ男に助けられ、ある町に連れて行かれる。その町では簡単な労働と引き換えに衣食住が保障されていた。奇妙な「町」での暮らしに慣れた頃、蒼山は行方不明の妹を探しにきたという紅子と出会い彼女のことを気にかけるが…。
©2020「人数の町」製作委員会