第34回東京国際映画祭コンペティション部門に選出された野原位監督のデビュー作『三度目の、正直』。今回は、野原監督と、主演及び野原監督との共同脚本を兼任した川村りらさんにお話を伺い、本作の製作秘話や、結婚、子どもの有無にまつわる社会的な視線に対する対処法について聞いてみました。
<PROFILE>
野原 位(のはら ただし):監督、脚本、編集
1983年生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科監督領域を修了。2015年、濱口竜介、高橋知由と共同脚本を務め、プロデューサーも兼任した濱口竜介監督作『ハッピーアワー』でロカルノ国際映画祭脚本スペシャルメンションおよび太平洋映画賞脚本賞を受賞。また、黒沢清監督作『スパイの妻』では、濱口竜介、黒沢清と共同脚本を務めた。劇場デビュー作となる『三度目の、正直』では、主演の川村りらと共に脚本を手掛け、第34回東京国際映画祭コンペティション部門に選出された。
川村りら(かわむら りら):月島春 役、脚本
1975年生まれ。映画『ハッピーアワー』で俳優デビューを飾る。2015年に同作で第68回ロカルノ国際映画祭Concorso Internazionale最優秀女優賞を受賞。本作『三度目の、正直』では、野原位監督と共に脚本も担当。その他の主な出演兼脚本作品に『すずめの涙』がある。
人には意外とオープンにできない事情があるということを伝えたかった
シャミ:
子どもを諦めきれない春(川村りら)が記憶を失くした青年と出会う展開や、一見幸せな家庭を持つ美香子(出村弘美)が思い悩む姿など、女性達の姿が特に印象に残る作品でしたが、本作の設定やアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
野原位監督:
脚本と主演もされた川村さんと考えていたなかで出てきました。この作品の前に『ハッピーアワー』という映画に関わっていて、その作品では男女のことを多く描いていたのですが、自分で映画を撮るのであればその先のことを描いてみたいと思っていました。僕自身撮影当時は36歳なのもあって、知り合いから子どもを持つことや、子どもを持っている方の悩みを聞くこともあり、ネット上でもよく挙がっているそういったテーマについて描いてみたいと感じました。春には籍を入れていないパートナーがいて、その人と別れて血の繋がっていない記憶喪失の子を拾うという設定と、それと対極とまではいかないのですが、一見上手くいっていそうな美香子がいて、実は悩みがありそうだということが少しずつ見えてくる、その2つの軸で描いたらおもしろいんじゃないかというのが川村さんと相談していくなかで見えてきました。
シャミ:
川村さんにもお聞きしたいのですが、本作の出演と脚本の声がかかった時はどんな印象でしたか?何か決め手などがあったのでしょうか?
川村りらさん:
実は『ハッピーアワー』の撮影前のワークショップの時に濱口竜介監督から「野原くんは映画監督で、今後自分でも映画を撮っていくだろう。このワークショップが終わってもし野原くんが映画を撮るなら皆さんも協力して欲しい」と言われていたので、それが頭に残っていたこともあり、オファーがあった時には引き受けました。
野原位監督:
川村さんは元々シナリオの勉強もされていたので、最初は「脚本を一緒に書きませんか?」とオファーをさせていただいたんです。その後脚本がいろいろと変わって主役が春という女性になったことで、それを演じられるのは川村さんしかいないと思い、改めて出演のオファーをして演じていただくことになりました。
シャミ:
なるほど〜。では最初に脚本を書かれた段階だと春は今のキャラクターではなかったということですか?
野原位監督:
少し違う設定で、実は別のキャラクターが主役で春は脇役だったんです。撮影しながら、どうしたら映画として1番おもしろい形になるんだろうと考えていたらこういう形になりました。今回に関しては撮りながら変わる部分も多かったのですが、それは川村さんのおかげもあり、今回に限っては上手くいったと思います。
シャミ:
通常だと撮影しながら脚本が変わるということは珍しいのでしょうか?
野原位監督:
そうですね。いわゆる商業映画とか大作であればシナリオをちょっとでも変えるのは難しいことなので、こういう小規模なスタッフとキャストという形だったからこその利点だと思います。
シャミ:
あと、お2人にお伺いしたいのですが、本作では結婚や子どもの有無といった点も物語に大きな影響を与えていましたが、そういったデリケートな問題を描く上で気を付けた部分などはありますか?
川村りらさん:
人によってはデリケートな題材と感じられるかもしれませんが、人生で多くの方が遭遇する問題ではありますよね。こういう人達が出てくると決めた時点で、その人達が自分なりのゴールに向かって進んでいく手助けをするという感覚で物語を描いていました。この人達が本来の自分のいたい姿でいるためにどうしたら良いのかということを考えて書きました。
野原位監督:
結婚とか里子とかデリケートなキーワードがいろいろ登場しますが、そういう意味ではチャレンジングだったと思います。心掛けたこととしては、観た方が「自分とは違うかもしれないけど、こういう人もいるんじゃないか」と、思えるような描き方にしないといけないと思いました。それこそが映画の豊かさに繋がっているので、そういうことが少しでも出せたらと考えました。
シャミ:
本作では、“子どもを育てたい”と願う春や、家庭のことに悩む美香子の姿が映し出されていて、結婚や子どもがキーワードになっていたと思います。結婚や子どもの有無は歳を重ねるごとに問われるというか、周りから勝手にジャッジされてしまうこともあると思うのですが、そういった社会的な視線に対してお2人はどうやって対処していったら良いと思いますか?
川村りらさん:
子どものことを聞かれたり、無意識のうちにいろいろな圧を受けることはやっぱり結構ありますよね。逆に普段どうお感じになられていますか?
シャミ:
私ですか!?私は今30代で周りの友達には結婚している子も独身の子もいて、例えば祖父母や両親に「結婚はまだなの?」と言われるとか、結婚したらしたで「子どもは?」と聞かれるということはよくあるなという印象があります。自分が特別気にしていなかったとしても、周囲からの声によって少しだけ傷つくようなこともあるなと感じます。
野原位監督:
男性の僕も親から同じように言われることがありますね。
川村りらさん:
カジュアルに天気を聞くくらいのレベルで聞いてくる方もいっぱいいらっしゃいますよね。バス停で待っていたら「お子さんはお1人なの?」とか。でも難しいところですよね。言ってはいけないことが増えていくと、それだけ会話も制限されてしまうし、受け止める側も気にしないという姿勢を身に付けられるとベストなんですけどね。その一方で配慮していくということも覚えていかないと、なかなか理想的な社会にはならないと思います。だからこの映画でも、人には意外とオープンにできない事情があるということを伝えたかったんです。春みたいな女性はたくさんいますけど、実はいろいろな事情があったり、過去の自分のトラウマがあって、案外数年一緒に暮らす家族にも言えないことってあるんじゃないかなと。知っていると思っていても意外とその人のことを知らないんじゃないかなくらいの気持ちでいたほうがいいなと思います。
野原位監督:
そういう状況を選んでそうされている方もたくさんいると思いますし、今はちょうど皆が声を上げているタイミングだと思うので、これからいろいろと変わっていくと思いますが、未だに親の世代からは結婚や子どものことは普通に聞かれますよね。もちろん価値観が違うということもありますが、これはお互いにわかりあっていくしかないと思います。
シャミ:
そういう意味ではこの作品を観ると背中を押されるというか、安心感も得られるなと思います。
野原位監督&川村りらさん:
ありがとうございます!
シャミ:
ちなみに川村さんが春を演じていてご自身と似ているなとか、ここは違うなというところはありますか?
川村りらさん:
私だったらもっとパートナーに言っていると思います。あそこまで抱え込んでパートナーにも言わずに里親を提案して否定的なことを言われた時にでさえ、自分の過去を明かさないなんて頑なだなと思いました。でも、その頑なさって意外と重要なのかなとも思います。生きづらさにも繋がっていると思いますが、彼女が自分を大切にしていて、この人には明かせないという確固たるものがあるんだろうなと思いながら演じていました。春のすべては理解できませんが、最後にああいう風になってくれたので良かったなと思います。自分達で書きながら言うのも変ですが(笑)。
シャミ:
なるほど〜。本作のキャラクターを客観的に観た時にお2人が1番感情移入したorお気に入りの人物がいたら教えてください。
川村りらさん:
私は美香子ですかね。理由ははっきりとわかりませんが、最初はあんなに慎ましく気品のある女性が最終的に声を荒げてもの申すというのはよくやったと思いました。あと、鏡に向かってラップをするシーンがありますが、私が1番辛かった時期に知っていたら私もやりたかったと思いました。あれは本当にすごい技だと思います。
野原位監督:
どの人物にも愛着がありますが敢えて挙げるとしたら、僕は春の元夫、大藪(謝花喜天)です。別れた春と大藪は一緒にご飯を食べてさらっと過去の話をしたりする。後日にはホテルに行ってたりもする、こういう大人の関係もあるかもしれないと大藪が思わせてくれて、あの関係は絶妙だなと思いました。大藪は謝花喜天さんが演じているのですが、謝花さんのおかげで芯のある人物になったと思います。そういう一筋縄ではいかないみたいなところが、今回の映画ではいろいろなところで表現できたんじゃないかと思います。
シャミ:
お2人自身のことも伺わせていただきたいのですが、映画は子どもの頃から好きでしたか?
野原位監督:
好きでした。子どもの頃にテレビで放送されていた映画をよく観ていて、特に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が大好きで何度も観ていました。
川村りらさん:
私は本当に一般的な観客だったと思いますが、大学生の時にフィルムで映画が撮りたくて映画研究会に入りました。そこからもうちょっといろいろな映画を観てみようと思って、それでもいわゆるシネフィルの方々のような観方はしていなくて、本当に観たい映画だけを観ているという感じでした。
シャミ:
興味としては俳優と脚本家はどちらが先だったのでしょうか?
川村りらさん:
俳優になろうと思ったことはなくて、たまたまワークショップに参加して、それも演技をするワークショップではなくて、もしかしたら脚本の勉強ができるのかなと思って参加させてもらい、そこからいろいろなことがあって今のような感じになりました。
シャミ:
本作の場合、監督は脚本と編集もされていて、川村さんは脚本と主演と兼任されていましたが、いろいろなお仕事をしながら1つの映画を作っていくことのメリットはどんな点でしょうか?
野原位監督:
今回は編集もやりましたが、ある意味編集は脚本の作業と似ているんです。脚本は、撮る前に物語を作って設計図みたいなものを作りますが、実際に撮ると設計図とはまた違う印象の素材が大量にあるわけです。そこからまた素材を使って脚本を作り直すみたいなものが編集の作業なので、全部繋がっている作業なんです。だからそういった一連の流れをやれたことは、すごく良かったと思います。人に任せた場合でも本当に素晴らしい方がいるので、上手く編集してくださると思うのですが、今回の場合は上手くいきました。
川村りらさん:
やはり全体を見られるというのはすごくありがたいことだと思います。カメラの外側のスタッフの雰囲気がそのまま役者さんにも移るので、小規模だったこともありますが、脚本に関わることで皆と一緒に現場の雰囲気を作ることができたので、チームワークをより良くしようと働きかけることもしやすかったと思います。
シャミ:
では最後の質問で、これまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
川村りらさん:
映画だと決めきれないのですが、私は楳図かずお先生です。楳図先生の作品に出てくるキャラクターは多面的に描かれているので、どれを見ても共感できるなと思います。
野原位監督:
僕が影響を受けたのは、黒沢清監督です。元々黒沢清監督の作品が大好きで、僕が通っていた大学の教授でもあるのですが、黒沢監督から映画作りを教えていただき、影響を受けたと言うとベタな感じですが、黒沢清さんから1番影響を受けているなと思います。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2021年12月15日取材 PHOTO&TEXT by Shamy
『三度目の、正直』
2022年1月22日より全国順次公開
監督・編集:野原位
脚本:野原位/川村りら
出演:川村りら/小林勝行/出村弘美/川村知/田辺泰信/謝花喜天/福永祥子/影吉紗都/三浦博之
配給:ブライトホース・フィルム
月島春は、パートナーの連れ子が海外に留学したことを機に、言い知れぬ寂しさを感じていた。そんなある日、公園で記憶を失くした青年と出会う。過去に流産の経験がある春は、その青年が神からの贈り物だと信じて、彼を自分の傍で育てたいと思い…。
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