2004年から2005年にかけて「月刊アフタヌーン」で連載されていた豊田徹也の伝説的漫画を実写化した『アンダーカレント』。今回は本作を撮った今泉力哉監督にインタビューをさせていただきました。本作を含めた今泉監督作品の魅力の背景にある脚本、演出、キャスティングについてなどたっぷりとお話をうかがいました。
<PROFILE>
今泉力哉:監督、脚本
1981年生まれ、福島県出身。自主映画制作を経て、2010年に『たまの映画』で商業映画監督デビューを果たす。これまでの主な監督作品に、『サッドティー』『退屈な日々にさようならを』『パンとバスと2度目のハツコイ』『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』『his』『街の上で』『あの頃。』『かそけきサンカヨウ』『猫は逃げた』『窓辺にて』『ちひろさん』などがある。
創作ってこうなってるよねっていうのは極力疑うようにしてるんです
マイソン:
始めに、本作で監督を務めることになった経緯を教えてください。
今泉力哉監督:
プロデューサーの平石さんから連絡をいただきました。原作を読ませていただいたら、めちゃくちゃおもしろくて。映画にするのはすごく難しいとは思いながら、ぜひやりたいですと伝えました。
マイソン:
この物語のどんな点に一番惹かれましたか?
今泉力哉監督:
「人をわかるってどういうことですか?」っていうセリフもありますけど、やっぱり他人のすべてを知ることは無理ですよね。自分で自分のこともよくわからない。その“わかる”“わからない”っていうテーマにすごく興味がありました。僕が過去に作った『退屈な日々にさようならを』の中でも似たような感情をテーマにしていて、そこが魅力的でした。あと、この作品の前に作った『ちひろさん』もそうだったんですけど、孤独とか寂しさみたいなものを否定的に描かないというか、一緒に生きていくものくらいに捉えている感じにすごく惹かれました。ほんとに自分もそう思ってるところがあるんです。
マイソン:
監督は「人をわかるってどういうことですか?」の答えをご自身なりに持った上で撮ったのか、敢えて持たずに撮ったのかというとどちらでしょうか?
今泉力哉監督:
“わかる”のは無理だろうなとは思っていました。でも、できあがった今思うのは、“わかる”っていうことが大事なんじゃなくて、人も自分もわからないんだけど、それでもわかろうとする、知ろうとする、相手を知りたいと思うことのほうが大事なんじゃないかと。あと、全く理解できないものに出くわした時にも、そういう考えもあると捉えることのほうが大事なんだなって、作品を作っている最中や、できあった作品を観たり、取材を受けたりするなかで気付かされました。
マイソン:
監督の作品を観ていると、良い意味での脱力感を感じます。同時に、本作ですと、かなえ(真木よう子)の過去の出来事のように重いシーンがあったとしても、観客がその現実から目を背けない程度に柔らかく表現されている印象があります。何か工夫というか、意識されていることはありますか?
今泉力哉監督:
真木さんともその話をしました。かなえは(あの出来事を)絶対忘れることはないし、どこかベースでは覚えているかもしれない。でも、人間の持つ能力の良さというか欠陥でもあるかもしれませんが、忘れられることってすごく大事な気がするんです。忘れられないと苦し過ぎることっていっぱいあって、忘れられることで生きていけることもいっぱいあって、人の死に関してもそうですけど、毎日それを考えて生きなくても、何かの時にふと思い出せればよかったり。かなえはある時、自分が蓋をしていたことを思い出すけど、それは悪いことではない。だから、基本的にはそれをずっと引きずっているように演じなくてもいいと思っていました。逆に真木さんは、忘れることは絶対ないと思うから、その感覚をずっと持っていたいっていう考え方だったんです。そこは僕と意見が違うんですけど、真木さんがその感覚で演じてくれたから、あの緊張感が生まれたと思います。そんな風に僕がコントロールしていない部分が映画にあるのは良いことだから、どんな映画を作るときも全部自分でコントロールしようとはあまり思っていないんです。そうしてしまうと、僕が知ってる話になるから、できあがりを観てもおもしろがれないんです。もちろん取捨選択は僕がしてるんですけど、俳優のアイデア然り、スタッフのアイデア然り、僕がわからない部分が残っているほうが良いと思っています。
マイソン:
まさに化学反応ですね。少しお話が戻りますが、映画公式サイトの原作者の豊田徹也さんのコメントに、これまで映画化を断ってきたのに、「偶然今泉監督がTBSラジオの“アフター6ジャンクション』に登場し、雨に打たれて情けなさそうな声を出しているのを聴いて急に彼の映画を観てみようと思った)。初めて会った今泉監督(背が高くてすごいネコ背でヒゲボーボーだった)」(=原文ママ引用)というユーモラスな表現がありました。私が映画を観て抱いた豊田徹也さんのイメージとちょっと違って、とても愉快なお人柄が伝わってきました(笑)。
今泉力哉監督:
ハハハハ。原作には、もうちょっとコミカルシーンがあるんですけど、漫画でしか描けない難しいシーンを映画では結構落としているんです。原作には軽さもまあまああるんですよね。笑いにしてもセンスがすごくて。最初に依頼する時に豊田さんと1対1でお会いしたんです。それ以降も何度も2人でお会いして、脚本を作っている過程でも何度も相談したし、クランクインの直前、クランクアップした時にも会いに行きました。おもしろい方で、めちゃくちゃ好きです。(映画公式サイトの)コメントもすごくおもしろいですね。良かった〜、あんな天気の悪いなか外にいて(笑)。あれがなかったら断られたんかい!と思ったけど、やっぱり繋がるというか、そんなことがプラスに働くんですね。ほんと神様というか、誰か見てるな、みたいな。豊田さんは、僕のことをたぶんすごくウマが合う後輩のように見てくれていると思うんですけど、作品を作るときに大事にしていることも近いところがあって、話していて「ほんと、そうですよね」って感じることが多いんです。
マイソン:
この豊田さんのコメントを読んで、お2人の間ですごく通じるものがあったんだろうなと思いました。あと、監督の作品は本作も含め、いつもキャスティングが絶妙だなと感じます。今回はキャスティングにも絡まれたのでしょうか?
今泉力哉監督:
毎回キャスティングには絡みますね。今回、主役の真木さんだけは原作の話をもらった時点でプロデューサーチームが起用したいということでほぼ決まっていました。ぴったりだと思いました。真木さん以外のキャストを決める際にはすべて関わっています。プロデューサーが候補を挙げる場合もありますけど、起用するかどうかのジャッジは全部自分でしています。
マイソン:
井浦新さん、永山瑛太さんのキャスティングの決め手は何だったのでしょうか?
今泉力哉監督:
新さんは『かそけきサンカヨウ』でご一緒したのもあったし、瑛太さんはご一緒したことはないけど出演作を観て好きでした。今回は、真木さんとの関係性や共演歴が絶対にプラスになると思っていて、瑛太さんは真木さんと共演したことがあるし、昔から知り合いなんですよね。他のキャストがまだ決まっていない時、心をさらけ出すシーンもあるから、どういう人だったらいいですかねって話を真木さんともして。真木さんを知ってる人だったり、支えられる人を配置したら、より補完されると思いました。リリー・フランキーさんも是枝組で共演してるし、新さんも共演してる。江口のりこさんとも昔から友達で、ガチガチに真木さんシフトって感じでキャスティングできました。この原作を映画にする以前の時間が、この映画に乗っかってくると思ったんです。昔からの知り合いっていうベースがある話だし、このキャストでやれて良かったです。皆さんの関係性に助けられたと思います。
マイソン:
監督が思う“イイ俳優”の特徴、共通点ってありますか?
今泉力哉監督:
作り手一人ひとり違うと思うんですけど、僕はやっぱり”受けられる人”。相手の芝居をいかに受け取れるかが重要だと思っています。もちろんすごく技術が必要で難しいとは思うんですけど、ある意味では発信するほうが楽だと思うんです。受けるのは大変。言葉や相手の表情から受け取る能力が高い人が好きですね。あと、ダメさ、うまくいかなさをちゃんと知ってる人。「うまくいかないことはいけないことだ」みたいに否定的にならずに、そういうことに対して愛情を注げる人が良いですね。僕が完全に緩さの魅力を感じてるから、何が良い悪いじゃなくて相性ですね。
マイソン:
監督の作品に登場するキャラクターって、とてもリアルで、本当にその辺にいる人って感じがして、空気感とか、セリフ、会話劇がいつもおもしろいなと思います。普段、監督がついつい見ちゃう人っていますか?
今泉力哉監督:
普段、意識して人間観察していることはあまりないんですけどね。たとえば、映画を観に行った時、指定席で僕の片側の3席が空いたままでギリギリまで誰も来なかったんです。逆側のすぐ隣に女性が座ってて。チケットを取る時にその席しか残ってなかったから僕はその席を取っただけなのに、その女性の隣にわざわざ座っていると思われているような気まずさがありました(苦笑)。
マイソン:
確かに何となく気まずいですね(笑)。
今泉力哉監督:
「あ〜もう、早く来てくれ。隣にも予約している人がいるんだよ」って思った時の感覚を、小さなことだけどいちいち覚えてたりします。メモを残したりもしてないし、普段意識的に人の様子をチェックしているわけでもないんですけどね。
マイソン:
映画を撮っている時に、これってあの時の感覚に似てるなと思い出すことはあるんですか?
今泉力哉監督:
ありますね。段取り中に思い出して活かすことはあります。セリフが生々しいってことでいうと、現実世界でしか使わない言葉を極力書こうとしています。決めゼリフも、それが決めゼリフですって感じでカメラが寄って撮るとかは絶対しないと決めています。極力馴染むように意識はしていますね。そのセリフを聞かせたい時、それまで2ショットだったのに、聞かせたいセリフでカメラが寄ったりするんですけど、僕はそれはやらない。僕と組んでる編集の人は皆、それを理解してるから、決めゼリフより一個前のやり取りから寄ったり、なんなら決めゼリフの後から寄るとか、そういう方法で編集してくれます。創作ってこうなってるよねっていうのは極力疑うようにしてるんです。あとは、セリフには脚本の時点で「えっと」とか、結構ノイズを入れます。脚本の通りノイズを言ってくれれば、生っぽい会話になるように意識していて。シナリオ学校では、ノイズは邪魔な言葉で、役者がやる領分だから、書くなという人もいるらしいんですけどね。僕はなるべく書いておいて、役者が言いたくなければ外してもらってもいいというスタンスです。
マイソン:
お話をお聞きしていると、監督は型どおりではなく、いろいろな角度から見たり、表があるなら裏もあるでしょっていう考え方なんだなと感じます。
今泉力哉監督:
そうですね。若葉竜也さんともそういう話になったんですけど、たとえば人の感情って、悲しい時に悲しい表情をするんじゃなくて、本当に悲しい時のほうがもしかしたら笑っちゃってることもあるんじゃないかって。どういう俳優が好きかっていう話もそうですけど、1人の人間に2つ以上の感情があったり、表面的に見えていることと中身が違うんじゃないかっていう感覚を知ってる人、それが当たり前に理解できて話せる人とはすごくウマが合うんです。だから、観る人によっては本当に間違えて捉えてもおかしくないようなことでいいんです。お客さん全員に同じく伝わらなくていいと思っています。
マイソン:
そういうスタンスで撮ってらっしゃるから、よりリアルに感じるんですね。では最後の質問です。これまで1番大きな影響を受けた映画、もしくは映画人を教えてください。
今泉力哉監督:
山下敦弘監督ですね。人にも作品にも影響を受けてますし、演出の方法も山下さんからたくさん学びました。山下さんは定期的に俳優ワークショップをやっていて、手伝いで呼んでもらっていた時期がありました。山下さんが俳優に芝居を付けたり、台本を使ったり、エチュード(即興)をさせる時に、どういう言葉で演出するのかを間近で見させてもらっていました。たとえば2人で会話をしている時に、山下さんがカンペでセリフを足して、その言葉を言わせることで展開がどう変わるか、みたいな。たまに相手側のカンペを出すのを「今泉やって」って言われて、何を言わせたらおもしろく転がるか、大喜利みたいなことをやっていました。毎回山下さんに勝てないんですよ。それはすごく覚えてます。
マイソン:
ハハハハ!
今泉力哉監督:
アドリブで役者さんが詰まってきた時に、僕は2、3手先まで読んでカンペに書くんですけど、山下さんは将棋でいう王手みたい言葉を一発で出せるんですよ。だから、「なんかもう、やだ〜」って毎回悔しかったのを覚えています(笑)。
マイソン:
それは悔しいですね(笑)。
今泉力哉監督:
発想もスゴいし、相当影響を受けました。笑いのあるシーンを作る方法論もほとんど山下さんから学んだ気がします。山下さんは、おもしろおかしいでしょっていうギャグ的な笑いじゃなくて、気まずさの笑いを作る人で、登場人物はこのシーンがおもしろいと思っていないほうがいいっていうスタンスなんです。台本を読んで、ここって笑いが起きるおもしろいシーンだって気付いても、本人達は至って真剣に向かい合って話す。おもしろいなんて全く思っていないほうがおもしろくなるっていうのは、山下さんから学びました。本人達がおもしろいと思った瞬間におもしろいシーンがおもしろくなくなっちゃうんですよね。
マイソン:
今後はそういったシーンも改めて注目して観たいと思います。本日はありがとうございました!
2023年9月21日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『アンダーカレント』
2023年10月6日より全国公開
監督:今泉力哉
原作:豊田徹也
出演:真木よう子/井浦新/リリー・フランキー/永山瑛太/江口のりこ/中村久美/康すおん/内田理央
配給:KADOKAWA
家業の銭湯を継いだかなえは、夫の悟が突然失踪したためしばらく休業していたが、再び営業を始める。そこへ銭湯組合からの紹介で堀という名の男がやってきて、かなえを手伝うことに。かなえは自分のことを何も話さない堀に支えられながら徐々に前を向き始めるが…。
© 豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会
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情報は2023年10月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。