竹中直人、山田孝之、齊藤工の3人がメガホンを取った映画『ゾッキ』の裏側を収めたドキュメンタリー映画『裏ゾッキ』。今回は本作を撮った篠原利恵監督と伊藤主税プロデューサーにリモートでお話を伺いました。愛知県蒲郡市の方々の大きな協力体制も映し出されている本作で、印象に残っていることや、お二人にとって映画がどのような存在か聞いてみました。
<PROFILE>
篠原利恵(しのはら りえ):撮影、編集、監督
1987年生まれ、茨城県出身。早稲田大学を卒業後、一橋大学大学院で文化人類学を専攻。2013年にテレビマンユニオンに参加し、NHKやCX『ザ・ノンフィクション』などのテレビドキュメンタリーを多く手掛けている。2016年には、韓国のネット依存症治療に焦点を当てたドキュメンタリー『ドキュメンタリーWAVE/子どもたちのリアルを取り戻せ 韓国ネット依存治療最前線』を手掛け、ATP優秀新人賞を受賞した。その他にも元受刑者、選択的シングルマザー、時代遅れのロックンローラー、大相撲界などの取材を行っている。
伊藤主税(いとう ちから):プロデューサー
1978年生まれ、愛知県出身。10 年間の俳優活動を経て、現在は映画プロデューサーとして活動中。また、映画製作会社“(株)and pictures”を設立し、多くの作品のプロデュースを行っている。社名の「and pictures(=○○と映画)」には、“映画表現は自由”という意味が込められている。近年は、映画製作をきっかけとした地域活性化プロジェクトも推進し、俳優向けの演技ワークショップやプラットフォーム開発で映画産業の発展を目指している。今回の『ゾッキ』『裏ゾッキ』をはじめ、『Daughters』『青の帰り道』『デイアンドナイト』などで、プロデューサーとして名を連ねている。また、36人のクリエイターによる短編オムニバス映画を4シーズンに分けて製作する『MIRRORLIAR FILMS』も公開を控えている。
必要じゃないものを一生懸命やるからこそ人生が豊かになる
シャミ:
まず、伊藤プロデューサーへお伺いしたいのですが、今回『ゾッキ』だけでなく、『裏ゾッキ』としてドキュメンタリー制作に至った経緯を教えてください。
伊藤主税プロデューサー:
山田孝之さんを5年半追いかけた『TAKAYUKI YAMADA DOCUMENTARY 「No Pain, No Gain」』という作品があり、藤井道人監督の『デイアンドナイト』という作品をアップリンク渋谷で、交互上映したんです。『No Pain, No Gain』の内容の半分は、『デイアンドナイト』のドキュメンタリーにもなっていて、映画ができる経過と結果を一緒に届けるということが、お客さんに深く浸透するのを感じました。そうやって両方の作品を観るという、ローテーションのようになっていることを発見して、監督や他のプロデューサーとも相談して、『ゾッキ』だけでなく、ドキュメンタリーとして『裏ゾッキ』も撮ることが決まりました。そして、新進気鋭の篠原さんに監督をお願いして、今回の作品が生まれることになりました。
シャミ:
監督にお伺いしたいのですが、今回映画『ゾッキ』のドキュメンタリーとして、竹中直人監督、山田孝之監督、齊藤工監督を追っていて、同じように映画を撮る監督として何か影響を受けたことはありましたか?
篠原利恵監督:
まさに今ですね。『裏ゾッキ』で記録してきた監督達が悩み苦しんでいた姿の本当の意味を、今ひしひしと感じるんです。自分の子どものような作品を届けることの重みと嬉しさ、そして、コロナ禍という状況でどうやったらお客さんに観てもらえるんだろうという葛藤です。映画はまずお客さんに劇場に来てもらわないといけないので、そこが良いところでもありますが、今まさに大変なところでもあるので、今になって監督達の気持ちがよくわかります。
シャミ:
『裏ゾッキ』では、『ゾッキ』の舞台裏の出来事が映し出されていて、途中さまざまな困難にぶつかる場面もありましたが、1番印象に残っている出来事は何でしょうか?
篠原利恵監督:
撮影中の衝撃は『裏ゾッキ』劇中で表現したので、制作全体のことでいうと、撮影当初は、映画が街に来た蒲郡市の方々の喜びが映されていますが、その日々がコロナの影響で逆転してしまい、もう戻らない時間になってしまったことが個人的には1番衝撃でした。その映像の編集をしている時の体験は、今まで味わったことがない感覚でした。編集室の中で、もう戻らない日々を見ていて、「この日々は本当にかけがえのないものだったんだ」と突きつけられながらその映像に向き合うことがすごく特殊な時間でした。
伊藤主税プロデューサー:
僕が1番印象に残っているのは、小山さんという市役所のシティプロモーションの方がいるのですが、やっと蒲郡に映画を届けられることになって上映した時に、3人の監督からのメッセージ映像をまさかの凡ミスで本編上映の前に上映できなかった場面です。小山さんが「ダメだ、ダメだ。監督の大事な想いを届けられない」と、後援者が観に来てくれた人のことを心配しているという在り方が本当に素晴らしくて、新人俳優賞ものでした(笑)。
一同:
アハハハハ!
篠原利恵監督:
本当ですよね!でも、演じていないですよ(笑)。
伊藤主税プロデューサー:
ハハハハ!そうですね。あと、『ゾッキ』には、2年前からオファーをかけていたピエール瀧さんが出ることになっていたんです。そのクランクイン前日になって、いろいろな人が来ることが予想されるなか、地元の方々と一緒に港を封鎖して、撮影に集中できる環境を作ったシーンも印象に残っています。あそこまで徹底できるのが山田孝之監督のすごさかなと思いました。
シャミ:
なるほど〜。『ゾッキ』にピエール瀧さんが出演されていることは知っていましたが、『裏ゾッキ』を観て撮影裏の大変さを知ってとても驚きました。
篠原利恵監督:
ピエール瀧さんの復帰あたりから、罪を犯した方の作品の公開を延期したり、出演作を流さないということに対して、「なぜなのか?」「果たして良いことなのか?」という議論が出てきて、今やっと潮目にあると思うんです。ただ、当時は電気グルーヴの音楽も全部聴けなくなり、瀧さんの他の出演作は公開延期になったりと、確実に厳戒態勢で、現場も煩雑に臨まなければいけない状況でした。あの時は本当にシビれる状況でしたから。ただ、こういった現場の努力の積み重ねで世論が変わってきているんだと思います。
シャミ:
最近は世の中的にも、何か失敗した人にもチャンスがあるという風潮を感じますが、当時代役を立てずにピエール瀧さんをそのまま起用することについて、スタッフの方々の中でも何か話し合いがあったのでしょうか?
篠原利恵監督:
山田監督の強い思いがあったと思いますが、周りもそれに呼応するように良い俳優さんだから出ていただこうという、団結した空気を私は感じました。映画はテレビと違って観たい人が観に来るじゃないですか。瀧さんを起用していることを嫌だという人は、劇場にはそう多くいらっしゃらないと思うんです。だから、こちらが自信を持って出そうという空気を感じました。
伊藤主税プロデューサー:
プロデューサーサイドでも話し合いがありました。どんな人でもミスや失敗があると思いますし、例えば、借金を背負ってしまったり、事業に失敗したりと、いろいろな人がいますが、そのミスで人生が終わるわけではありませんよね。でも当時は罪を犯してしまった人が出ている作品は悪のように扱われてしまっていて、もちろん人それぞれの捉え方があると思うのですが、表面のニュースだけを見ての意見ではなく、どういう思いで作品を作っているのかを少しでも知ってもらうことで映画制作者や関わる方々が、何か新しい議論が生まれたら良いなと思いました。そのために『裏ゾッキ』があると思っています。
シャミ:
劇中「今、映画は必要か?」という問いが出てくる場面がありましたが、お二人にとって映画はどんな存在でしょうか?
篠原利恵監督:
山田監督が、「誰かにとって必要なものか、そうじゃないか。でも僕にとっては必要だ」とおっしゃっていたと思うのですが、私もその山田監督の意見にシンクロしています。本当に必要なものといえば、食べることと寝ることくらいじゃないですか。必要じゃないものを一生懸命やるからこそ人生が豊かなわけで、そうやって過ごしていくのが人生だと思うんです。だから、人が一生懸命になっているものを必要じゃない、不要不急じゃないからやめるべきだと言う世の中に異を唱えるつもりであのシーンを作りました。
伊藤主税プロデューサー:
実際のところ、映画がどんな存在なのか、まだまだよくわからないところも多いのですが、僕は映画の仕事をしているので、映画が生きるために必要だということが1つ言えます。また、僕の場合は地域と一緒に映画を撮ることが多いのですが、やはり映画をきっかけに街や人が繋がっていく力もあるなと感じています。
シャミ:
ありがとうございます。あと、最近、映画作りを変えよう、映画業界を変えようという意志で動いている方が増えてきた印象があるのですが、今映画業界に足りないものがあるとしたら、何でしょうか?
伊藤主税プロデューサー:
まず、役割が分かれすぎていて、もうちょっと映画に関わるチーム全体で情報共有をして、目標に向かっていく体制を作れたら良いなと思います。そのためには、やはり皆に共有されてない情報が多すぎるので、もっとプロデューサー陣としても共有していきたいなと思います。それと、ビジネスという部分も含めて皆により還元できるものがあって、「自分達の企画だから宣伝するぞ」というチームワークや体制がきちんと取れたら良いなという思いがあります。あとは、地域や環境によって劇場公開することが難しいと思われている部分もあるので、発信できる場所を作ることによって、もっともっといろいろな人達が映画に関わって、才能ある人がどんどん生まれていくようになったら良いなと思います。
篠原利恵監督:
私は劇映画の世界に関しては、改善点がわからないのですが、ドキュメンタリー映画については、劇映画と比べると裾野が狭いのと、お客さんにとってとっつきにくいところがあって、嫌煙されてしまうところがあると感じています。だから、『裏ゾッキ』を観てもらうことで、「ドキュメンタリーっておもしろいな」と知ってもらい、ドキュメンタリー映画を劇場で観ることがもっと流行ったら良いなと思います。
シャミ:
ドキュメンタリーを観て学べることや感じることもすごくあるので、個人的にもすごく好きなのですが、篠原監督が思うドキュメンタリーのおもしろさや醍醐味はどんなところだと思いますか?
篠原利恵監督:
こういう世界や人生が自分にもあったかもしれないという体験をできることだと思います。『裏ゾッキ』を観ると、たくさんの人が出てくるので、「この人は、私みたい」という人がきっと見つかると思います。その上でさらに、現実には自分の予想を超える出来事が起きたりする。願ってもいないことも含めて起きてしまうので、醍醐味というのもはばかられますが、そういうものですよね。
シャミ:
では、伊藤プロデューサーにお伺いしたいのですが、映画製作を行っていくだけでなく、近年は地域活性化プロジェクトの推進も積極的に行っているようですが、そこに興味を持ったきっかけなどは何かあったのでしょうか?
伊藤主税プロデューサー:
僕自身、何か社会貢献をしたいと思うなかで、日本は東京にいろいろなものが集中しすぎています。日本にはいろいろな地域があるのに、多くの情報も行き届いていなくて、産業格差や経済格差もあって、伝統工芸の後継ぎ問題も深刻化したりでどんどん日本に日本らしさがなくなっている気がして、僕達が「日本って何だろう?」ってなるのは寂しいなと感じました。なので、それぞれの地域の解説人として、映画をきっかけ情報発信して、多くの人が日本やさまざまな地域を知るきっかけになったらと思いました。映画産業に関しては、やっぱり世に出ていない問題が多すぎて、例えば労働環境の問題やビジネス構造、情報の共有についてもそうですが、そういったものも皆で分かち合って映画を作り出すということをしていけば、もっと海外にも通用する作品を作っていけるきっかけになるかもしれないと思っています。なかなか上手くいくことではないですし、映画業界を変えようなんておこがましいことは思っていないのですが、新しい制作の取り組みにチャレンジできたらと思っています。
シャミ:
最後にお二人がこれまでで1番影響を受けた作品、もしくは人物がいらっしゃったら教えてください。
篠原利恵監督:
私はエミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』という映画です。ユーゴスラヴィアの内戦がテーマですが、悲しみだけでなく生きる力に溢れている作品です。5時間ありますがずっとおもしろくて、それぞれのキャラクターが深く描かれているんです。音楽も最高で。今回の『裏ゾッキ』もかなり影響を受けています。
伊藤主税プロデューサー:
僕は『バスケットボール・ダイアリーズ』というレオナルド・ディカプリオ主演の作品で、まさにこの映画を観たことが、映画をやろうと思ったきっかけでした。バスケットボールをやっている少年達が麻薬にハマっていくという物語で、当時不良の友達がいたのですが、それをきっかけに若干更正したのを隣りで見ていて、映画ってすごいなと思いました。なので、この作品とレオナルド・ディカプリオの芝居を観て映画をやりたいと思いました。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2021年5月22日取材 TEXT by Shamy
『裏ゾッキ』
2021年5月14日より絶賛上映中
監督・撮影・編集:篠原利恵
出演:蒲郡市の皆さん/竹中直人/山田孝之/齊藤工
ナレーション:松井玲奈
配給:イオンエンターテイメント
竹中直人、山田孝之、齊藤工の3人がメガホンを取り、漫画家の大橋裕之による短編集を実写化した映画『ゾッキ』の裏側を収めたドキュメンタリー。『ゾッキ』の制作が始まる2020年に、ひときわ喜んだのは、ロケ地である愛知県蒲郡市の人々だった。蒲郡市による全面バックアップのもと映画撮影は進んでいくが、数々のハプニングが起こり、さらに、ロケ終了後にはコロナウイルスの猛威にさらされ…。
©2020「裏ゾッキ」製作委員会