「私は私のことを1番わかってる」「あなたのことは私が1番わかってる」なんてことを言ったり、考えたりすることは誰にでもありますよね。どれも正解に思えるし、どれも間違えていると思えます。それは人には表に見せている面、隠している面があるからです。そこで今回は、自己呈示について考えます。
※『ブレスレット 鏡の中の私』のネタバレがあります。
私だけが知っている私、皆が知っている私
皆さんは、2人の心理学者、ジョセフ・ルフトとハリー・インガムが開発した“ジョハリの窓”をご存じでしょうか?これはキャリア教育などの場面で、自己分析を促すツールとしてよく出てきます。自分の性格や個性などを4つの窓に当てはめていくことで、主観的、客観的に自己を理解しやすくなるというものです。下記に“ジョハリの窓”を図で示します。
ジョハリの窓
開放の窓:自分も他人も知っている自己
盲点の窓:他人は知っているけれど、自分は知らない自己
秘密の窓:自分は知っているけれど、他人は知らない自己
未知の窓:自分も他人も知らない自己
事件当時16歳だった少女リーズが親友を殺した罪で容疑をかけられてしまう『ブレスレット 鏡の中の私』では、裁判で彼女の知られざる一面が次々と明かされていきます。この作品を観ていると、裁判では被告人を擁護する立場の弁護士と、罪を問う立場の検察官が対抗するため、“盲点の窓”“秘密の窓”がたくさん開かれていくことがわかります。でも、ここで重要なのは陪審員達が被告人に対してどんな印象を持つかということです。つまり、リーズが無罪であっても有罪であっても、確固たる証拠がないとしたら、リーズがどんな人間に見えるかで裁きが下されるということです。
ここからはあくまで私の解釈になりますが、リーズはとても巧みに自己呈示をしています。検察官がリーズについて集めた資料や周囲の人間の証言によって、次々とリーズの“秘密の窓”が開けられ、親が知らないリーズの裏の顔が明かされていきます。また、検察官はリーズの邪悪な一面を引き出そうとでもしているのか、“盲点の窓”をつくような質問をして彼女の感情を煽ります。それに対してリーズは時に沈黙しますが、別の時には求められなくても自ら発言したりと、利口さを発揮します。
堀ほか(2009)には、Tedeschi & Normanが示した自己呈示行動の分類をもとに、自己呈示には戦術的(短期的)なもの、戦略的(長期的)なもの、防衛的なもの、主張的なものがあることが記されていますが、『ブレスレット 鏡の中の私』のリーズは、主張的戦術的自己呈示を巧みに行っていると私は解釈しました。
裁判の序盤では、事件当時の16歳の頃からリーズが、恋愛関係にない男子と遊び半分で性的な関係を持ったことが明かされたり、被害者のフローラと喧嘩をして殺すと脅したなど、いかにも悪い子というイメージが作られていきます。裁判を見守るリーズの両親以外の大人は彼女に共感を抱きづらい状況に一旦陥りますが、最後に明かした秘密で、「そんな秘密があったのか…」と、彼女とフローラの関係性についての印象がガラッと変わります。
また、リーズは終始冷静で、何かを咎められても「(そうするのが)好きだからやった」と淡々と答え、感情がない子のように見えます。でも最後、フローラの母親に言葉をかけるシーンでは、いつものリーズと異なり、まだ子どもという表情で、感傷的に言葉を投げかけます。
主張的戦術的自己呈示は、相手にある感情を喚起させるために、積極的に自分の印象づくりをすることであり、そのための自己表現であるとされています(堀ほか 2009)。自己呈示戦術を分類したジョーンズとピットマンはその方法として【取り入り、自己宣伝、示範、威嚇、哀願】を挙げていますが、リーズは最後に“哀願”という手段を使ったのではないかと思います。それまで全く共感を得ようという気も無さそうで、疑われても動じず堂々としていたリーズが、他の大人には見せなかった顔を、被害者のフローラの母親だけに見せたというやり方は実に巧妙です。
このようにここではフィクションの映画を例に、ジョハリの窓と自己呈示を当てはめて、主人公を分析してみましたが、私達も日常で少なからず、自分を演出しています。自己呈示の分類で、“防衛的戦術的自己呈示”というのもありますが、これは例えばテストを受けるとして、事前に友達に「昨日熱が出て、全然勉強してないんだよね」と言ったり、失敗が予期される時に、その失敗が自分の能力のせいではないと思わせるように自己呈示をしているというわけです。こう考えると、皆普段からやってることだとわかりますね。
また今回は映画の内容的に、“ジョハリの窓”で人の良くない側面にフォーカスして解釈しましたが、前向きに自己分析をする際に使えるものなので、ぜひ友達や家族とお互いの印象を述べ合って、当てはめて考えてみてください。“未知の窓”の部分はこれからいろいろなことを経験することで見えてくると思うので、それはそれで楽しみに捉えていけば良いのではと思います。
<参考・引用文献>
堀洋道・吉田富二雄・松井豊・宮本聡介ほか(2009)「新編 社会心理学〔改訂版〕」福村出版
『ブレスレット 鏡の中の私』
2020年7月31日より全国順次公開
PG-12
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
いつまでも子どもだと思っていたら、大間違い。子どもはどんどん大きくなり、親が知らない面も増えていきます。そんな切なさもありつつ、これこそリーズが“秘密の窓”に留めた真実なんだなと匂わせるラストシーンに要注目です。
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『私の知らないわたしの素顔』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中
R-15+
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
失恋による傷心で、主人公の“未知の窓”にあった困った自己が暴走してしまいます。どうせなら良い意味で未知の窓にある自己を見つけたいものです(苦笑)。
TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)