今回は、俳優のシャイア・ラブーフが“トランスフォーマー”シリーズで人気を得た後、飲酒などのトラブルを起こし、リハビリ施設で治療の一環として書き上げたという自伝的脚本を映画化した『ハニーボーイ』を取り上げます。
曝露療法では、なぜわざわざ不安を感じる場面に曝(さら)すのか
『ハニーボーイ』の主人公オーティスは飲酒運転で事故を起こし、更生施設に入れられます。酒に溺れる背景には、PTSDの兆候があると診断されたオーティスは、曝露療法(エクスポージャー)を受けることになり、カウンセラーは彼に今までの思い出をノートに書くように言われます。点数と内容がリスト化されているのを劇中で観ることができますが、これは不安階層表だと思われます。
不安階層表とは、自覚的な不安や恐怖の度合いを点数化したSUD(Subjective Units of Disturbance scale 自覚的障害単位尺度)を段階順に並べたものです。不安階層表を作成したら、次の段階としてエクスポージャー(曝露)を行いますが、下山ほか(2009)によると、エクスポージャーには想像(imaginal)エクスポージャーと現実(in vivo)エクスポージャーとの2種類があるとされています。想像エクスポージャーとは、主に面接室の中で、恐怖や不安を感じる場面を目をつぶって頭の中で想像し、声に出して話してもらい、その不安感と向き合い、慣れていくことを体験してもらう方法です。
『ハニーボーイ』のオーティスは、前者の想像エクスポージャーを受けていることが映画を観るとわかります。
ではなぜわざわざ不安が生じることを思い出させる必要があるのでしょうか。まず、実際に不安と結びつく体験をしていないにも関わらず、トラウマが原因で不安が湧いてくるメカニズムから説明します。例えば駅のホームで電車を待っている時に後ろから押されて電車に轢かれそうになり、その時に恐怖で心拍数があがり呼吸が早くなって体が緊張しするといった生理的現象を体験したとします。この恐怖からくる生理的現象はもともと自分の身を守るために備わっているもので、反応が出ること自体に問題はないのですが、その体験がトラウマになると、まず電車に乗れなくなり、次に駅に行けなくなり、さらに電車を遠くから見るだけでも怖くなり、もっと悪化するとバスや車など走るものを見ただけで、いつも心拍数があがり呼吸が荒くなってしまうといったように、元の体験を想起させ反応が出てしまう状況や事柄の範囲が広がっていってしまいます(これを般化と言います)。なので、そういったものから遠ざかるために家に閉じこもったりするようになります。このように不安な状況に陥らないようにするために取る行動を回避行動と言いますが、回避行動は表面上は不安を防げていることになりますが、根本的な解決にはなっていません。
下山ほか(2009)は、「エクスポージャーは、この回避行動による不安低下の悪循環を打ち破る方法です」と説明しており、曝露療法は、恐怖や不安に結びつく刺激に曝されても回避行動を取らないで耐えてもらうことで、刺激と反応の強い結びつきを解き、刺激に曝されても不安反応が出ないように変化させていくための治療法です。
わざわざ辛いことに向かっていくのは本当に辛いことですが、『ハニーボーイ』でオーティスは、トラウマの原因になっている父親との思い出に向き合い、問題を克服するだけでなく、父親と自分自身の関係の根っこにある大切なものに気付きます。心の問題を自覚して、治療に取り組むのは勇気が要りますが、本作を観ていると、幸せになるために超えていかなければいけないこともあるのだなと勇気をもらえます。
<参考・引用文献>
下山晴彦ほか(2009)「やわらかアカデミズム・<わかる>シリーズ よくわかる臨床心理学[改定新版]」ミネルヴァ書房
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣
『ハニーボーイ』
2020年8月7日より全国順次公開
PG-12
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
劇中では、主人公が、点数ごとにトラウマに紐づいているであろう記憶を呼び戻し、苦しむ姿が映し出されています。そのシーンで何度かメモが映りますが、点数と事柄が書かされたリストが、不安階層表です。
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TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)