ネタバレ注意!『ヴォイジャー』
子孫を新たな惑星に届けるというミッションのために人工的に生殖され、訓練を受けた30人の子ども達が、居住可能な新たな惑星へ向かう途中で大きなトラブルに見舞われる様を描いた『ヴォイジャー』。今回は、宇宙へ旅立った子ども達に起きた出来事について、心理学的観点から考えてみたいと思います。一部ネタバレを含みますので、一切何も知らずに本編を観たい方は、本作鑑賞後に読んでいただければと思います。
本作は、地球から移動するのに86年かかるとされる惑星で人間の子孫を残すため、最初に乗船した子ども達が宇宙船内で子どもを作って育て、彼等の孫達を新たな惑星に送り届けるというミッションの行方を描いています。最初に宇宙船に乗船する子ども達は、宇宙船内で確実に子どもを作り育てられるように教育されます。そしていざ乗船という段階で彼等はまだ子どもですが、長旅の間にどんどん成長し、10年経過したところで問題が勃発します。
子ども達に課せられたミッションを知った瞬間、多くの方は「いくら教育された子ども達とはいえ、大人達が意図した通りにカップルになり機械的に生殖行為ができるのか」という疑問が浮かぶと思います。実際の世界で本人の意図に反して生殖行為を制御できるのかは別として、劇中では子ども達にずっと薬を与えており、その薬が子ども達の性衝動を抑えていたことが発覚します。それは、成長した子どものうち2人の乗員が、何のための薬なのかに疑問を持ち、飲むことをやめたことから、乗員達の暴走が始まっていきます。衝動を抑えられなくなった彼等がどんな状況に陥っていくのかは本編を観ていただくとして、ここで“自己制御”についてどんな背景があるのかを考えてみたいと思います。
池田ほか(2019)によると、人は自分の目標を達成しようとして欲求を抑える時、制御資源と呼ばれるエネルギーを消費し、制御資源が枯渇するとその直後には制御が効かなくなるとする考え方があるとされています。この「自己制御は共通の制御資源を消費する」というモデルについては反論もあるようですが、いずれにしても、「自己制御を連続して行うことは難しいという現象や、子どものときの自己制御の力が将来の適応を予測する」という点、「自己制御の力が社会的に非常に重要なものである」という点についての見解の対立はないようです。また、制御資源の存在に反論する側は、制御資源が枯渇することで自己制御ができなくなるのではなく、制御に対する動機づけが低下することが原因とする立場を取っています。
自己制御について前述の大きく分けて2つの観点から『ヴォイジャー』で起きた出来事を見ていくと、まず乗員は子どもの頃に我慢をする訓練をさせられたのではなく、ずっと薬で欲望、衝動を抑制されていたとしたら、最初から自己制御の力を養えていません。なので、制御のために飲まされていた薬をやめると、暴走する可能性はかなり高くなると予測できます。
また、2人の青年は同時に薬をやめたのにそれぞれの行動が異なる点では、自己制御に対する動機づけの観点で説明がつきます。1人は欲望のままに行動し、魅力を感じた異性に対して衝動をそのままぶつけます。もう1人も異性に魅力を感じますが、彼は前者よりも理性的に振る舞います。彼は性欲を満たすことよりも、好きな異性を大切にしたいという動機づけができ、衝動を抑えられたのかもしれません。
映画『ヴォイジャー』では、乗員達が自己制御できなくなって暴走し、混沌とした状況を乗り越えられるのか否かというところが描かれています。そこで、やはり人間は計算通りに予測できる生き物ではないこと、人間たらしめるものは何なのかということを思い知らされます。ぜひ心理学的な観点からもお楽しみください。
<参考・引用文献>
池田謙一、唐沢穣、工藤恵理子、村本由紀子(2019)「社会心理学[補訂版]」有斐閣
『ヴォイジャー』
2022年3月25日より全国公開中
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
最初から自然にカップルが生まれて、彼等の中の何人かが子孫を残してくれれば良いという自然の摂理に任せれば良かったものの、感情と意志がある人間をモノ扱いしてしまったのが失敗です。
©2020 VOYAGERS FINANCING AND DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『プラットフォーム』
Amazonプライムビデオにて配信中
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
いつ食にありつけるかわからない状況で、上階に行けた人達が自己制御ができないのもリアルな反応だなと思います。
TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)