心理学

心理学から観る映画48:なぜ悪人を見抜けないのか【対人認知】

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『胸騒ぎ』

善良な主人公がとことん痛い目に遭わされてしまう胸糞映画『胸騒ぎ』を観ると、主人公が気の毒と思う以外に、主人公がなぜ強く抵抗しないのかと不思議に思わざるをえません。そこで今回は、主人公一家が1つの出会いをきっかけに思いもしない事態に巻き込まれていく『胸騒ぎを題材に、対人認知の視点でキャラクター達の心理を考察します。

※ネタバレ注意!

映画『胸騒ぎ』モルテン・ブリアン/スィセル・スィーム・コク

まずはざっくりとあらすじを紹介しましょう。デンマーク人夫婦のビャアンとルイーセは一人娘のアウネスを連れて、休暇中にイタリアを訪れていました。そこで、アウネスと同じ年頃のアーベルという息子を連れたオランダ人夫婦のパトリックとカリンに出会います。子どもが同じ年頃ということもあり、2組の夫婦は意気投合し、それぞれに帰国後に再会することにします。そうして、はるばるビャアン達は、パトリックとカリンが住むオランダの家を訪れます。ビャアンとルイーセは始めは再会を喜んでいましたが、パトリックとカリンの不可解な言動に不快感を抱き始めます。

ここからはキャラクターの言動と紐付けて考察していきます。彼等を観察していると、両夫婦の言動からそれぞれの性格が垣間見えてきます。ビャアンは特にわかりやすいです。ビャアンの性格が運命を左右する大きな決め手となっているともいえるので、下記に、彼の性格を特徴づける印象的な行動を列挙します。

映画『胸騒ぎ』モルテン・ブリアン

<ビャアンの性格を如実に表す言動>
①プールサイドでパトリックにチェアを譲る(直後にパトリックの図々しさを目撃するが静観)
②大勢が集まる会食の場でパトリック達と友好的に会話する
③娘のアウネスがぬいぐるみを無くした際、娘に諦めさせずに自分が探しに行く
④パトリック達にオランダに来ないかとハガキで誘われて気軽に断れずに悩む
⑤パトリック達に外食に誘われたので奢られると思いきや、結局自分が奢ることになる
⑥パトリック達の言動によって一度は途中で帰ろうとしつつも説得され残ることにする
⑦揉めた後にもかかわらず、他の人には言えない悩みをパトリックに打ち明け、すっかり仲良くなる
⑧パトリックとカリンの息子に対する態度に反論しながらもその場ですぐに帰ろうとはしない
⑨明らかに危機に面している状況で、逃げられるタイミングを逃す
⑩最後は言われるがまま従う

ビャアンは優しい人間ともいえそうですが、普段から自分の感情を押し殺していて、相手に嫌われたくないという思いを強く持っていることが見てとれます。それに比べてルイーセは、ビャアンよりは相手に気を使い過ぎることはしません。ただ、ビャアンの弱点をカバーするほどではありません。

では、上記を踏まえて、彼等の一見不可解なやり取りの原因の一つと思われる対人認知に関わる理論をいくつか取り上げます。

【二重処理モデル】

映画『胸騒ぎ』

人は日々多くの情報を効率よく処理するために、大きく分けて2つの方法で情報処理を行っていると考えられています。1つは「注意を払って意識的に行う統制処理(controlled processing)」、もう1つは「注意を払わずに無意識に行う自動処理(automatic processing)」です(箱田ほか,2010)。そして、代表的な対人認知のモデルとして「二重処理モデル」と「連続体モデル」があるなかで、ここではビャアンが劇中で行ったであろう対人認知を「二重処理モデル」に当てはめてみます。

「二重処理モデル」
箱田ほか(2010)の説明をもとに、以下に簡単にまとめます。
新たに出会った相手をまず性別、年齢、人種などの属性で見て、「相手が現在の自分の要求や目標と関連性があるかどうかを、あまり意識せずに自動処理」し、「自己関与」があるかどうかが判断されます。その際に「自己関与」が高ければ、相手の個人的特徴を吟味する「個人依存型処理」が行われます。この場合、相手が持つ個々の情報はボトムアップ的に統合され「個人化(personalization)」されます。この時、相手が属する社会的カテゴリーは多くの属性の1つとして扱われます。
一方、「自己関与」が低ければ、相手を特定の社会的カテゴリー、例えば、学者→心理学者→教育熱心な若い女性心理学者というように抽象度を下げて、相手と特定のカテゴリーの特徴が一致するまで「個別化(individuation)」するトップダウン的な「カテゴリー依存型処理」が継続されます。

ビャアンとルイーセからすると、パトリックとカリン一家は休暇中の海外で出会っただけの相手です。だから、ビャアンとルイーセにとってパトリックとカリンは自己関与が低いと判断されたと想定すると、「カテゴリー依存型処理」が行われていたと考えられます。パトリックとカリンは、自分達の娘と同じ年頃の一人息子がいる“親である”、“オランダ人”である、パトリックは会話の内容から“医者”と思われる、というように、ビャアンとルイーセはパトリックとカリンの人柄を社会的カテゴリーに当てはめて捉えたと考えられます。2組の夫婦が出会った際の食事の場面で、オランダ人とデンマーク人には共通点があるといった会話で盛り上がっていた様子からも想像できる上に、ビャアンとルイーセはパトリックを医者だと信じていたのがわかるシーンもありましたね。

【対応推論理論】

映画『胸騒ぎ』フェジャ・ファン・フェット/カリーナ・スムルダース

対応推論理論では、「観察した行為の結果(効果)から、そのいずれが意図されたかを推定し、それに基づいて行為者の態度や性格などの資質を推測する過程が想定されて」います(箱田ほか,2010)。この理論は、「部分的制約図式」「階層的制約図式」「完全制約図式」といった3つの図式で説明されるなか、ここでは「階層的制約図式」に着目します。箱田ほか(2010)では、「性格特性の中でも道徳性に関わるものには、部分的制約図式ではなく、階層的制約図式が該当する。例えば正直者は、不正直な行動をとれないが、詐欺師のような不正直者は、状況に応じて正直にも不正直にも振る舞えるので、不正直な行動ほど対応が高いという図式が成立する」とあります。

これはまさに本作の2組の夫婦に当てはまります。正直者のビャアンとルイーセは一貫して正直に振る舞っており、その不器用さが仇となりドツボにハマっていきます。一方、パトリックとカリンには明らかに二面性があり、裏表の極端さでビャアンとルイーセを翻弄します。

【ステレオタイプ】

映画『胸騒ぎ』モルテン・ブリアン/スィセル・スィーム・コク

ビャアンとルイーセはなぜあのような結末を迎えてしまったのでしょうか。あれだけのことがあれば、激しく抵抗して逃げる努力くらいはできただろうと思えるし、途中にも逃げるチャンスは何度かありました。でも、どこかでまだビャアンとルイーセは、パトリックとカリンの本性を見誤っていた可能性があります。ビャアンはパトリックとカリンの正体を知ったものの、ルイーセには話していないままでした。だから、少なくともルイーセはパトリックとカリンのことを“小さな子どもがいる親”として最後まで見ていた可能性が考えられます。

箱田ほか(2010)は、「ひとたびステレオタイプが形成されるとそれを消去するのは容易ではない。たとえステレオタイプに反する事例を示されても、それを特殊な例外と見なして既存のステレオタイプを維持することが少なくない」としています。

パトリックとカリンは裏表の激しい言動を繰り返していました。2人が何度も不可解な言動をとったのは、ビャアンとルイーセを試すためだったのではないでしょうか。何度無礼な言動をしても、ビャアンとルイーセは自分達の気持ちを抑えて、パトリックとカリンに合わせていました。だから、パトリックとカリンはビャアンとルイーセを完全に支配できると確信したと考えられます。

映画『胸騒ぎ』

ルイーセはパトリックとカリンをまだ“小さな子どもがいる親”だと信じていたとしたら、まさか“そこまで”のことはしないと思っていたのかもしれません。また、ビャアンもルイーセも直前の出来事によって大きなショックを受けており、正常な判断ができなくなっていた上に、最初に述べた通り、ビャアンの性格からくる普段の行動の癖も要因になっていたと思われます。

結末のビャアンとルイーセの心理状態については、さまざまな要因が考えられますが、2人が抵抗できなくなるまでジワジワと追い込まれた背景には、対人認知の癖が利用されたと考えられます。不快な関係でも断ち切れない方、ある人物に何となく利用されているように感じながらも断れない方は、『胸騒ぎ』を観ると、ご自身の対人認知の癖を知るきっかけにできるかもしれません。

<参考・引用文献>
箱田裕司・都築誉史・川畑秀明・萩原滋(2010)「認知心理学」有斐閣

映画『胸騒ぎ』

『胸騒ぎ』
2024年5月10日より全国公開
PG-12
シンカ
公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

ムビチケ購入はこちら

© 2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

本ページには一部アフィリエイト広告のリンクが含まれます。
情報は2024年5月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『デューン 砂の惑星PART2』ゼンデイヤ ゼンデイヤ【ギャラリー/出演作一覧】

1996年9月1日生まれ。アメリカ出身。

映画『チネチッタで会いましょう』ナンニ・モレッティ/マチュー・アマルリック チネチッタで会いましょう【レビュー】

タイトルに入っている“チネチッタ”とは…

Netflixドラマ『さよならのつづき』有村架純/坂口健太郎 ポッドキャスト【だからワタシ達は映画が好き22】2024年11月後半「気になる映画とオススメ映画」

今回は、2024年11月後半に劇場公開される邦画、洋画、Netflixの最新ドラマについてしゃべっています。

映画『Back to Black エイミーのすべて』マリサ・アベラ Back to Black エイミーのすべて【レビュー】

類稀な才能を持つ歌姫エイミー・ワインハウスは、2011年7月、27歳の若さで逝去…

映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』川栄李奈さんインタビュー 『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』川栄李奈さんインタビュー

真面目な公務員と天才詐欺師チームが脱税王との一大バトルを繰り広げるクライムエンタテインメント『アン…

映画『ドリーム・シナリオ』ニコラス・ケイジ ドリーム・シナリオ【レビュー】

ニコラス・ケイジ主演、『ミッドサマー』のアリ・アスターとA24が製作、さらに監督と脚本は『シック・オブ・マイセルフ』のクリストファー・ボルグリと聞けば、観ないわけには…

映画『海の沈黙』菅野恵さんインタビュー 『海の沈黙』菅野恵さんインタビュー

今回は『海の沈黙』であざみ役を演じ、これまでも倉本聰作品に出演してきた菅野恵さんにお話を伺いました。本作で映画初出演を飾った感想や倉本聰作品の魅力について直撃!

映画『六人の嘘つきな大学生』浜辺美波/赤楚衛二/佐野勇斗/山下美月/倉悠貴/西垣匠 六人の嘘つきな大学生【レビュー】

大人になると、新卒の就活なんて、通過点に過ぎないし…

映画『トラップ』ジョシュ・ハートネット ジョシュ・ハートネット【ギャラリー/出演作一覧】

1978年7月21日生まれ。アメリカ、ミネソタ州出身。

映画『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』ブレイク・ライブリー ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US【レビュー】

「ふたりで終わらせる」というタイトルがすごく…

部活・イベント

  1. 【ARUARU海ドラDiner】サムライデザート(カップデザート)
  2. 【ARUARU海ドラDiner】トーキョー女子映画部 × Mixalive TOKYO × SHIDAX
  3. 【ARUARU海ドラDiner】サポーター集会:パンチボール(パーティサイズ)
  4. 【ARUARU海ドラDiner】プレオープン
  5. 「ARUARU海ドラDiner」202303トークゲスト集合

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『淪落の人』アンソニー・ウォン/クリセル・コンサンジ 映画好きが推すとっておきの映画を紹介【名作掘り起こし隊】Vol.2

このコーナーでは、映画業界を応援する活動として、埋もれた名作に再び光を当てるべく、正式部員の皆さんから寄せられた名作をご紹介していきます。

映画『聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメンVS悪魔軍団~』ムロツヨシ 映画好きが推すイイ俳優ランキング【国内40代編】個性部門

個性豊かな俳優が揃うなか、今回はどの俳優が上位にランクインしたのでしょうか?

映画『あまろっく』江口のりこ 映画好きが推すイイ俳優ランキング【国内40代編】演技力部門

40代はベテラン揃いなので甲乙つけがたいなか、どんな結果になったのでしょうか。すでに発表済みの総合や雰囲気部門のランキングとぜひ比較しながらご覧ください。

REVIEW

  1. 映画『チネチッタで会いましょう』ナンニ・モレッティ/マチュー・アマルリック
  2. 映画『Back to Black エイミーのすべて』マリサ・アベラ
  3. 映画『ドリーム・シナリオ』ニコラス・ケイジ
  4. 映画『六人の嘘つきな大学生』浜辺美波/赤楚衛二/佐野勇斗/山下美月/倉悠貴/西垣匠
  5. 映画『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』ブレイク・ライブリー

PRESENT

  1. 映画『バグダッド・カフェ 4Kレストア』マリアンネ・ゼーゲブレヒト/CCH・パウンダー
  2. 映画『型破りな教室』エウヘニオ・デルベス
  3. トーキョー女子映画部ロゴ
    プレゼント

PAGE TOP