9歳で失明し、18歳で聴力を失いながらも世界で初めて盲ろう者の大学教授となった福島智の生い立ちを描いた映画『桜色の風が咲く』。今回は、本作で智役を演じた田中偉登さんにお話を伺いました。実在の人物を演じるプレッシャーや、本作を経て障がいを持つ方達に対する見方で変わった点について聞いてみました。
<PROFILE>
田中偉登(たなか たけと):福島智(青年期)役
2000年1月24日生まれ。大阪府出身。幼少期からモデルとして活動後、2012年『13歳のハローワーク』でドラマデビューし、同年『宇宙兄弟』で映画デビューを飾る。その後も映画『るろうに剣心』『劇場版 仮面ライダー鎧武』『アイスと雨音』『孤狼の血』『朝が来る』、ドラマ『相棒seaso15』『セトウツミ』『無用庵隠居修行』シリーズ、連続テレビ小説『エール』、ドラマ『イチケイのカラス』『もしも、イケメンだけの高校があったら』、連続テレビ小説『ちむどんどん』など、さまざまな作品に出演し、存在感を発揮している。
人として成長できたので、本当にこの役と出会えて良かったです
シャミ:
智役はオーディションで決まったそうですが、オーディションに臨むにあたり事前に準備されたことはありますか?
田中偉登さん:
実在する人物ということで少し調べました。あとは、目が見えない、耳も聴こえないということで、どんな生活を送っているのかというところをオーディションでもリアルに表現したいと思いました。審査の課題の1つとして「盲人の日常生活を演じてください」とあり、何をしたら良いのか考えながら生活をしていた時に、お風呂場はどうかと思いつきました。それで、「今日からオーディションの日まで、目を閉じて耳栓をしてお風呂に入ろう」と決めました。いつもなら15分か20分くらいで終わるのに、シャンプーの位置もわからず、すごく時間がかかりました。でも、やっていくうちにシャンプーの容器にギザギザが付いていることがわかったり、そういう細かなところをオーディションでもリアルに演じられたら良いなと思いました。なので、台本を読み込むよりもできる範囲でいろいろなことを体験してみるという準備をしました。
シャミ:
いざ役が決まり、福島智さんという実在する人物を演じる上でのプレッシャーはありましたか?
田中偉登さん:
そうですね。原作ものやオリジナル脚本の作品の場合、自分のオリジナリティを組み込める部分があるのですが、福島さんの人生を役として生きるとなると、下手に自分のオリジナリティを入れて違う感じになってしまってもご本人に失礼だし、福島さんの人生を背負っている感じがして、他の作品とは違うプレッシャーを感じました。それは今でも感じていて、たぶん映画が公開しても「これで大丈夫だったかな?」と思う気がします。映画は2時間にまとまっていますが、福島さんには2時間でまとまりきらないほどのいろいろな経験があるので、それを僕が智として上手く表現できているのかというプレッシャーがあります。
シャミ:
他の役を演じるのと今回の智役とでは向き合い方も違いましたか?
田中偉登さん:
そうですね。耳が聴こえないというのは見た目でわかりませんが、盲人に見えるかどうかはかなり意識しました。点字をマスターするのはもちろん、特に目の演技はすごく重要なものだと思っていました。福島さんの場合は義眼で目がずっと下を向いて動かないので、僕も目が反応しないようにしましたが、生理反応として目が動いてしまうので、監督や小雪さんと相談しました。
シャミ:
目が見える人が目を反応しないようにするのは、とても大変そうですね。
田中偉登さん:
本当に難しかったです。最初は目を完全に閉じていたのですが、映像だとまぶたの上から眼球が動いているのがわかってしまって、かといって目を開いても反応してしまうので、監督ともすごく話し合いました。最終的には、福島さんの目を観察させていただいた時に、目を真ん中に寄せてまぶたを半分閉じた状態にしていて、それが1番良いのではないかとなりました。
シャミ:
本当に見事に体現されていて素晴らしかったです。智を演じる上で他に何か意識されたことや気を付けた点はありますか?
田中偉登さん:
福島さんとお話をした時に本当に明るい方だという印象がありました。障がい者の方と接するとなるとどうしても身構えてしまったのですが、福島さんと会ってみたら、いつも「ビールを飲み過ぎたからこんなお腹になったんだ(笑)」とかジョークを言って温かい空間を作ってくださって、周りにいる人も笑顔になれるんです。それが福島さんの特徴であり個性でもあるので、僕が智を体現する上でもすごく大事にしたいと感じました。物語的にはどうしても暗い部分もあるのですが、悲しいという感情だけで演じるのではなく、そこに福島さんらしさを入れるために、笑顔をプラスすることを意識しました。そうすることで悲しい場面はより悲しく見えますし、福島さんの優しさ、強さ、明るさも出せると思ったので徹底しました。
シャミ:
なるほど〜。智の明るさは観ている側としてもとても勇気づけられました。
田中偉登さん:
こういう明るさのある人は本当に強いんだなと身をもって感じました。智役は挑戦でもありましたが、福島さんから学ぶことがたくさんあり、役者としてというより人として成長できたので、本当にこの役と出会えて良かったです。
シャミ:
実際に福島さんのもとに行って点字などを勉強されたそうですが、やってみていかがでしたか?
田中偉登さん:
点字や点字用のタイプライターを1から覚えるところからやって、本当に授業のようでした(笑)。朝の9時くらいから大学に登校して、同級生役の子達と皆で勉強して覚えて、タイプライターで自分の名前を打って福島さんに確認していただくということをずっとやっていました。あとは、盲ろう者や盲人の方がたくさんいる大学だったので、皆さんと一緒にご飯を食べたり散歩をしたりしました。役作りのためではありましたが、本当に生徒として学校に通っている感じでした。
シャミ:
そうやって体験することによって自然と身に付くことも多そうですね。
田中偉登さん:
そうですね。やはり資料を読んだり、ネットを見ているだけではわからないことがたくさんあるので、実際に経験をしている方から教わるのは、本当にためになることがたくさんあると思いました。階段も数段飛ばしでどんどん上っていきますし、ご飯も器用に食べていて、目が見えないことを忘れてしまうくらいでした。
シャミ:
本作に出演する前と後とで、障がいを持つ方達に対する見方や考え方も変わりましたか?
田中偉登さん:
元々そんなに意識していたわけではありませんが、今までは街で障がいを持つ方を見かけた時にどう声をかけて良いんだろうと思っていました。でも、この映画を通して障がいを持つ方をより身近に感じることで、「困っているように見えるけど意外と平気だな」とか、「今は本当に困っているな」とか、そういうことがわかるようになりました。どうしてもハンデを背負っていると見てしまいがちですが、目が見えて耳が聴こえる僕達も人にはたくさん助けてもらっているし、そういう意味では僕達と全然変わらないんだと思いました。
シャミ:
ありがとうございます。智と母親(小雪)との関係もすごく素敵で、観ていてとても家族愛を感じられました。小雪さんと共演してみていかがでしたか?
田中偉登さん:
昔からテレビで観ていた方だったので、最初はすごく緊張したのですが、実際に会ってお母ちゃんと智になると、本当の親子のような関係が築けました。撮影が終わって僕がメイクを雑に落としていたら、隣りで見ていた小雪さんが「そんなんじゃ肌が荒れちゃうでしょ」と言って、化粧水を出して塗ってくれました(笑)。あと、夏場の暑い撮影の日に、「これ熱中症に良いから」と特製のジュースをくれたこともありました。僕の中では俳優の小雪さんというよりも、今でもお母ちゃんと呼べるくらいの方で、僕もすごく心を許していて安心して接することができます。
あとは、智として見えないように聴こえないようにと意識して演じていたので、すごく孤独な時間が多かったんです。でも、小雪さんと一緒のシーンでは小雪さんの腕をとって介助してもらう形で、その腕があるのとないのとでは全然違いました。圧倒的に腕をとっている時のほうが安心できて、本当に孤独から唯一解放される瞬間でした。
シャミ:
本当の親子のようですね!智は持ち前の明るさや家族の支えがあり、困難な状況を乗り越えているように見えました。もし田中さんが何か困難な壁にぶつかってしまった時にはどう向き合うと思いますか?
田中偉登さん:
僕は実は打たれ弱くて、困難なことがあると、「もうダメかもしれない」となりがちなんです。コロナが流行ったことで自分と向き合う時間が増えて、「自分とは?」というネガティブな感情になって落ち込んでしまった時期もありました。その時に自分自身とどう向き合っていたのかわかりませんが、とにかく人を頼るようにしていました。1人では立ち向かえないと思ったら人に助けを求めて、そうすると優しく手を差し伸べてくれる方がたくさんいるんです。自分1人で向き合うより誰かに一緒に向き合ってもらって、逆にその人に何かあったら自分が一緒に向き合ってあげるようにしています。あとは、智にも似ているかもしれませんが、とりあえず元気に振る舞います。どんなに気持ちが落ち込んでいても元気に振る舞っていると自然と気持ちも上を向くので、そうやって向き合っています。
シャミ:
ありがとうございます。あと、田中さんご自身のことも伺いたいのですが、最初に俳優のお仕事に興味を持ったのはいつ頃だったのでしょうか?
田中偉登さん:
この業界に入ったきっかけはスカウトでした。7歳くらいだったので、親のいう通り流されるようにやっていました。でも、『るろうに剣心』という作品で弥彦役をやらせていただいて、その時に初めて本格的な映画の現場に携り、映画はこういう風にできているんだというのを肌で感じてから、「映画ってすごい!芝居をやりたい!」と思いました。
シャミ:
実際にその後も俳優を続けていて、やり甲斐を感じるのはどんな時でしょうか?
田中偉登さん:
皆さんから反響があった時に俳優をやっていて良かったなと思います。演じている時や、完成した作品を観てもこれで良かったのかなという想いがあったり、考え込んでしまうタイプなので、公開されて「あれ良かったよ」とか「あの映画がきっかけでこういう道に進みました」という声を聞くと、ちゃんと人のために気持ちを伝えることができたんだ、役者としてちゃんと成せているなと実感します。
シャミ:
では最後の質問で、これまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。
田中偉登さん:
先ほど話した『るろうに剣心』がきっかけではありましたが、役者として自分の立ち位置をここだと決めたというか、こういう役者になりたいと思った作品は河瀨直美監督の『朝が来る』です。主人公を妊娠させてしまう男性の役だったのですが、河瀨監督から「あなたは数分しか映らないけど、あなたが演じることで今後相手の方の芝居が変わってくるから、あなたは重要なの」と言われたんです。以前は前に出ようとか主演をやろうと思う気持ちが強かったのですが、その言葉を聞いて、映画のために何かできていたら僕は役者として十分だと思えるようになりました。それからは映画がより良くなるためにどうするべきかという考え方に変わりました。その言葉は僕が役者を続けていく上でとても大事にしていることで、これからも大事にしていきたいと思っています。
シャミ:
本日はありがとうございました!
2022年9月28日取材 PHOTO&TEXT by Shamy
『桜色の風が咲く』
2022年11月4日より全国公開
監督:松本准平
製作総指揮:結城崇史
出演:小雪/田中偉登/吉沢悠/朝倉あき/リリー・フランキー
配給:ギャガ
教師の夫と3人の息子と関西の町で暮らす令子。末っ子の智は幼少時に視力を失いながらも、家族の愛情を受け天真爛漫に育った。しかし、智は18歳の時に聴力も失ってしまう。暗闇と無音の宇宙空間に放り出されたような孤独にある息子に立ち上がるきっかけを与えたのは、令子が彼との日常から見出したあるコミュニケーションだった…。
公式サイト
文部科学省選定(青年・成人向き)(令和4年10月19日選定)
©THRONE / KARAVAN Pictures
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