今回は、権力とメディアのせめぎあいを描いた『新聞記者』で監督を務めた藤井道人さんにインタビューをさせて頂きました。本作で名演技を披露しているシム・ウンギョンさん、松坂桃李さんについてや、藤井監督ご自身が映画監督になりたいと思ったきっかけなど、いろいろなお話を伺いました。
<PROFILE>
藤井道人
1986年生まれ。東京都出身。映像作家、映画監督、脚本家。日本大学芸術学部映画学科脚本コース卒業。映像作家の志真健太郎と共にBABEL LABELを設立。大学在学中より、数本の長編映画の助監督を経てフリーランスのディレクターとして活動を開始。脚本家の⻘⽊研次に師事。2014年、伊坂幸太郎原作の映画『オー!ファーザー』で監督デビューを飾る。以降、『幻肢』『7s/セブンス』などの作品を発表する一方で湊かなえ原作ドラマ『望郷』、その他にポケットモンスター、アメリカンエキスプレスなど広告作品も手掛けた。2017年Netflixオリジナル作品『野武士のグルメ』や『100万円の女たち』などを発表。映画は2018年『青の帰り道』、2019年『デイアンドナイト』『新聞記者』が公開。
映画監督になりたいと思ったきっかけは、映画史に残るあのラブストーリー
マイソン:
藤井監督が新聞を読まないと言われる世代だからこそ付け加えられる目線もあるんじゃないかということで参加を決意されたと資料に書いてあったんですが、独自に入れられた目線、ポイントを教えてください。
藤井道人監督:
一番大きく付け加えたのは官僚の葛藤の部分です。本作の原案となった(「東京新聞」記者の)望月衣塑子さんの本には、記者としての苦悩、葛藤、記者がやってはいけないことがいろいろ刻銘に描かれていました。僕が台本を頂いた時には、官僚側についてはあまり描かれていなかったんですが、(松坂桃李が演じる)官僚の杉原という役は、僕と年齢がかなり近く、家族がいてっていう、自分を投影できる隙がすごくあったんです。集団と個という話で、(シム・ウンギョンが演じる)吉岡も個というものに対して、いろいろなジャーナリズム、メディアとしての葛藤を抱えていますが、杉原はもっと大きな集団の中の個としての葛藤がすごくあるんだろうなと思って、そこは自分の目線でかなり付け加えました。
マイソン:
ウンギョンさんから出されたアイデアが活かされたところがあるとのことですが、具体的にどんなところでしょうか?
藤井道人監督:
ウンギョンさんは、クランクインの前に撮影場所のロケ地の東京新聞にも自分で行って、記者の1日を勉強してくださいました。彼女が「皆、猫背だった」って言ってて(笑)、そういう部分を取り入れました。あと、おもしろかった提案は、手を大事にしているから、文章を書く前に手にジェルを付ける仕草とか、そうやって彼女がすごくいろいろと提案してくれました。
マイソン:
なるほど〜、ウンギョンさんとお仕事をされて、何かお国柄を感じたやりとりはありましたか?
藤井道人監督:
ウンギョンさんは結構日本が好きなんですよね。だからあんまり「韓国では」ってことがなくて、逆に僕が「韓国では撮影ってどんな感じなの?」って聞いたら、韓国は日本より製作本数は少ないけど、予算は遥かに高いので、1テイク撮ったら一緒にモニターを観て、もう1回調整してっていう時間はたっぷりあるんだけど、日本は全然ないっていうのはおっしゃっていました(笑)。「申し訳ございません」って(笑)。
一同:
ハハハハ!
マイソン:
じゃあスタッフさんもキャストもすごい集中力で撮影に挑まれたんですね。
藤井道人監督:
短距離走でしたね。1〜2ヶ月かけてじっくりやるっていう作品ではなかった分、すごく緊張感のある短い期間の撮影でした。
マイソン:
で、松坂さんについては、最後の表情とか、すごくリアルで圧倒されました。
藤井道人監督:
あれはヘアメイクの橋本さんと、松坂さんの表現力がすごくコラボした瞬間だったなって思いました。テストの時からカメラを回していたんですけど、1発目の表情をそのまま使ったんじゃないかなっていうくらい素晴らしかったです。
マイソン:
監督から見て、松坂さんの役作りで印象的なことはありましたか?
藤井道人監督:
松坂さんって本当にフラットなんですよね。ずっとフランクで、休憩場所で普通に一緒に仲良く喋って、「じゃあ、やりましょうか」って芝居になると、すぐにスイッチを入れてくれるんです。年も近いので、会話だったり、いろいろなものも合うんですけど、何よりも役への向き合い方だったり、現場への気配りで、撮影初日からファンになりました。「カッコ良い!!最高だ!」って(笑)。もう大好きです。
マイソン:
そうだったんですね!切り替えも早いし、集中力もすごいみたいな。
藤井道人監督:
はい。あとは何より演技が上手い!『孤狼の血』や『娼年』でやった役と全く違うんですよね。表現とか、別人に見えるし、そのくらい僕はすごい方だなって思います。
マイソン:
役者さんから刺激を受けることって、今回だけに限らず何かありますか?
藤井道人監督:
ありますね。演出で僕が動きを付ける時もありますけど、例えば、自分というものを確認するように顔を触って欲しいと言った時に、松坂さんは片手で顔を触って、もう片方の手は立っていられないから壁に付けて身体を支えてっていう風に、僕のイメージとは違う動きを見せてくれて。やっぱり役者さんが感情で動いてくれたものがすごく良い時があるので、活かしたいなって。
マイソン:
だからすごくリアルなんですね。では次の質問で、このネット社会になぜ“新聞”を扱った映画を作ったんだろうって純粋に思ったんですが、監督から見たこの映画の意味とか意義はどういうところにあるでしょうか?
藤井道人監督:
集団と個っていうテーマに最終的には落ち着くんですけど、新聞が作られる過程に僕はすごく感動したんですね。記者がずっと調べてきたことが何回ものやり取りで精度が上がって、新聞になって、印刷機にかけられて、その言葉が一人ひとりの生活に届くっていう、その営みにすごく感動しちゃって。言葉を1個1個紡いで伝えるために、これだけ多くの労力があって、もちろん便利な世の中になっていくけど、何でもかんでも他人事にしないで、自分の言葉を取り戻すというか、そういう意味がこの映画の中に込められたら良いなと思っています。誰かに流されて「私もそれで」とか、ここは面倒くさいから私は僕はいいやとか、そういう“事なかれ”が一番平和っていうのもわかるんですけど、本質的なところでいうと、子ども達の未来とかを考えた時に、他人事で本当に良いのだろうかっていうことを、僕自身がこの『新聞記者』という映画を通して感じたんですよ。なので、そういうことが説教がましくなく、観客の生活に反射されるような映画になってくれてれば良いなと思います。
マイソン:
あと具体的なニュースを彷彿とさせるエピソードがいくつか出てきて、見方によっては日本の政界に対する挑戦的なメッセージにも思えました。描くにあたって気を付けたところとか、こだわった点はありますか?
藤井道人監督:
描く上ですごく気を遣ってしまったら、じゃあ全然違う話で良いじゃんってなるので、そこに対しての気遣いは特にしていないです。ただ、新聞記者側からの世界だけではなくて、なるべく両軸から事件を照らすべきだなと思っていました。その事件を描くことによって、センセーショナルさを出したいという気持ちは一切なくて、今起きていることだよって見せることで、「このニュース知っているかも」とガッと急に体が前に来る。それで「自分が今生きている世界の話をしているんだ。彼らは一生懸命その語りを始めようとしているんだ」という気持ちになってくれる人が1人でも多くいれば嬉しいです。その中で家族の話、メディアの話が他人事のまま、この映画が終わってしまうと意味がないって思っちゃいますね。そこにも、できれば自分の生活にリフレクション、反射してくれる映画になってくれれば良いなという思いがあります。
マイソン:
なるほど〜。では本作から少しお話が逸れますが、監督になろうと思ったきっかけとなった映画とか人物ってありますか?
藤井道人監督:
ミシェル・ゴンドリー監督の『エターナル・サンシャイン』。
マイソン:
おお!
藤井道人監督:
高校3年生の時に別れた彼女と観に行って「これだ!」ってなって、映画を作りたいと思いました。それで映画学科を受けることにしたんですが、『エターナル・サンシャイン』の脚本がすごく好きだったので、脚本コースがあるらしいということで、日本大学に入って脚本を専攻しました。昔から洋画が好きで、今も洋画しかほぼ観ないんですけど、ミシェル・ゴンドリー、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥや、ウォン・カーウァイ、ホウ・シャオシェンとかアジアの作家は基本的に好きです。
マイソン:
『エターナル・サンシャイン』はどこに一番ビビッときましたか?
藤井道人監督:
何ですかね?でも全部好きだったんですよね。別れた彼女と観たっていうその関係も良いと思うんですけど、映画って観る時期、環境、湿度、劇場の温度によっても、その映画の感想って変わると思うんですよ。
マイソン:
わかります!
藤井道人監督:
だからそれがたまたま天文学的にピタッときたんだと思います。
マイソン:
内容はわかった上で、別れた彼女さんと一緒にご覧になったんですか?
藤井道人監督:
高校3年生の付き合った、別れたなんて、そんなに大したことではないので、たぶん別れてから「一緒に映画を観に行こっか」くらいの流れだったと思います。あのオシャレなジャケットに惹かれて観に行ったんです。「俺、映画監督になる!」みたいな、18歳くらいのそんな時期でしたね。
マイソン:
実際に今映画監督になってるのがすごいです!
藤井道人監督:
いやいや、まだまだです。
マイソン:
では今後はぜひラブストーリーも。
藤井道人監督:
ラブストーリーもやりますし、次はファンタジーをやります。
マイソン:
楽しみにしています!本日はありがとうございました!
2019年6月4日取材 PHOTO & TEXT by Myson
『新聞記者』
2019年6月28日より全国公開
監督:藤井道人
出演:シム・ウンギョン/松坂桃李/本田翼/岡山天音/西田尚美/高橋和也/北村有起哉/田中哲司
配給:スターサンズ、イオンエンターテイメント
匿名で届いた大学新設計画に関する極秘情報をもとに、新聞記者の吉岡は真相を究明すべく調査を始める。一方、内閣情報調査室の官僚、杉原は現政権に不都合なニュースをコントロールするという仕事に疑問を感じていたが、家族のことなども考え、上司の指示に従っていた。そんなある日、杉原はずっと慕ってきた昔の上司、神崎と久々に再会するが、その数日後に神崎は飛び降り自殺をしてしまう。
© 2019『新聞記者』フィルムパートナーズ