2020年は、新型コロナウィルス感染症の影響により、世界的規模で働き方が大きく変わりました。また離職を余儀なくされる状況も出てきていて、自身の仕事について、将来について見直そうと感じている人も多いと思います。そこで今回はキャリアを見直す意味で重要な“キャリア・アンカー”を取り上げます。
キャリア・アンカーは、組織心理学者でありサイコセラピストでもあるエドガー・シャインが提唱した、分類です。渡辺(2018)では、キャリア・アンカーは「キャリア、職業における自己概念/セルフイメージ」と定義されています。また、具体的には「自分が職務遂行に当たって、〜が得意である、〜によって動機付けられる、仕事を進める上で何に価値を置いているのか、についての自分自身の認識である」とたとえられています。アンカーは碇(いかり)のことで、船の碇が船をつないで安定させるのと同じく、キャリア・アンカーはキャリアを安定させるのに役立つとされています。シャインはキャリア・アンカーとして、8つのパターンを挙げています。
<8つのキャリア・アンカー>
1:特定専門分野/機能別のコンピテンス:特定の業界、職種、分野にこだわる。
2:全般管理コンピテンス:総合的な管理職位を目指す。1とは対照的に組織全体にわたる様々な経験を求める。
3:自律/独立(自由):制限や規則に縛られず、自律的に職務が進められることを重要とする。
4:保証/安定:生活の保障、安定を第一とする。
5:起業家的創造性:新規に自らアイデアで起業・創業することを望む。
6:純粋な挑戦:チャレンジングなことに取り組むこと、挑戦し続けること自体に価値を置く。
7:奉仕/社会献身:仕事の上で人の役に立っているという感覚を大切にする。
8:生活様式:仕事生活とその他の生活との調和を保つことを重要視する。
渡辺(2018)
皆さんはどれが1番強いですか?もちろん1つだけ当てはまるというのではなく、それぞれの強弱のバランスによって、自身のキャリア・アンカーが見えてくるということです。ただ、注意したい点がいくつかあります。
渡辺(2018)は、「キャリア・アンカーを直接職業と結びつけないこと、また、キャリア・アンカーは、自己イメージのパターンであって、外部から定めることはできず、みずから語らせ、認識することが重要である」としています。そして、「いくら自分らしい、セルフイメージにあうキャリアを追究しても(キャリア・アンカー)、それが仕事として現実に実現できなれば、仕事としては成立しない」ということも述べています。
仕事にならなきゃ意味がない、そりゃそうですね(苦笑)。でも、考え方によっては、キャリア・アンカーに100%合う仕事を始めから見つけられたら、おもしろくないかもしれません。というのも、人間は変化していくし、頭で考えていることと、感情的・感覚的に満足することとは必ずしも同じではありません。キャリア・アンカーは経験や人間関係によっても変化し続けていくものであり、だんだん顕著になっていくものなので、「この時点で持っているキャリア・アンカーが完全体」というのはないと考えることができるでしょう。
なので、就職、転職の上でキャリア・アンカーは役に立ちますが、ガチガチに考えずに、探究心を持って、だんだんとそれに合うものを見つけていくのが楽しいのではないでしょうか。
では、キャリア・アンカーはどうやって確かめれば良いのでしょうか。ここにいシャインが有効だと述べた、3つの質問を紹介します。
1.才能と能力について「何が得意か」。
2.動機と欲求について「何がやりたいのか」。
3.意味と価値について「何をやっている自分が充実しているのか」。
渡辺(2018)
前述でキャリア・アンカーは外部から定めることはできないとありましたが、参考までに、キャリア・アンカーが垣間見える映画のキャラクターをご紹介します。
『罪の声』では、小栗旬が演じる新聞記者の阿久津英士が記者としての在り方、生き方で悩んできた様子も描かれています。彼が取材の際に見せる姿勢や、一緒に事件の真相を追いかける曽根俊也(星野源)との会話に、阿久津が何を大事にしたいかが見えます。
そして、『博士と狂人』でメル・ギブソンが演じるジェームズ・マレー博士の仕事ぶり、生き様にも、彼が貫き通そうとするものが映し出されています。ジェームズ・マレー博士は実在の人物で、オックスフォード大学が20年間かけて出版しようとしていた英語辞典の編纂責任者に選ばれました。でも、当初マレー博士は学位を持っていませんでした。オックスフォード大学という組織の中で、学位を持たない人物を重要なポジションに任命することは異例中の異例であり、マレー博士は実力を証明し、自分の価値を認めてもらうために並々ならぬ努力をしました。ここで彼が折れないで続けられたのは、家族や仲間の支えはもちろん、キャリア・アンカーがしっかりあったからだと見て取れます。
映画の役の話とは離れますが、メル・ギブソン自身も以前莫大な私財を投じて『パッション』という映画を作りました。そんなところにもキャリア・アンカーが垣間見えますね。
キャリア・アンカーは、働くうちに築かれていくものなので、学生や新卒者の皆さんにはまだピンとこないと思いますが、これから働いていくなかで考えてみてください。そして、だんだんと自分にあった仕事に近づいていけば良いのではと思います。既に働いている皆さんも、これを機にキャリア・アンカーを見直してみると、この変化の時代に考えて決断すべきことの答えが見えてくるかもしれません。
<参考・引用文献>
渡辺三枝子ほか(2018)「新版 キャリアの心理学[第2版]キャリア支援への発達的アプローチ」ナカニシヤ出版
オススメのお仕事映画
『博士と狂人』
2020年10月16日より全国公開
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
かなりアウェイな状況で、黙々と英語辞典完成に向けて尽力するマレー博士の仕事ぶりから、勇気と希望をもらえます。
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『罪の声』
2020年10月30日より全国公開
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
「なぜ文化部の阿久津が、昭和史最大の未解決事件の謎を追ってるの?」と思いながら観ていたら、「そういうことだったのか!」となります。
© 2020 映画「罪の声」製作委員会
TEXT by Myson(国家資格キャリアコンサルタント/認定心理士)