写真左:藪野麻矢さん/右:横浜聡子監督
青森県を舞台にした『いとみち』で、4度目のタッグを組んだ横浜聡子監督と、衣装担当の藪野麻矢さんにインタビューをさせていただきました。本作では衣装も見どころの1つで衣装作りの過程や、お2人のお仕事現場で女性として働くことについてもお聞きしました。
<PROFILE>
横浜聡子(よこはま さとこ):監督
1978年、青森県青森市出身。横浜の大学を卒業後、東京で約1年OLを経験した後、2002年に映画美学校で映画制作を学び、卒業制作で作った短編映画『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』が2006年CO2オープンコンペ部門最優秀賞を受賞した。2007年には、長編1作目となる『ジャーマン+雨』がCO2シネアスト大阪市長賞を受賞し、自主制作映画には異例の全国劇場公開を果たす。松山ケンイチと麻生久美子が出演する『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009)は、オール青森ロケで撮影され、トロント国際映画祭他、多くの海外の映画祭で上映された。さらに同作では、TAMA CINEMA FORUM最優秀作品賞を受賞した。その他の監督作品には、『りんごのうかの少女』『俳優 亀岡拓次』などがある。
藪野麻矢(やぶの まや):衣装担当
映画、ドラマ、MVを中心に数々の作品の衣裳をスタイリング。ドラマはこれまでWOWOWの『ぴぷる』、テレ東 『ひとりキャンプで食って寝る』などを手掛けた。横浜監督作品は『ジャーマン+雨』『真夜中からとびうつれ』『ひとりキャンプで食って寝る』『いとみち』を担当。
映画業界にジェンダーバイアスはある?
マイソン:
まずは衣装についてお伺いしたいのですが、衣装さんは作品作りのどの段階から入られるんでしょうか?
横浜聡子監督:
今回は他のスタッフよりちょっと早めに入ってもらいました。
藪野麻矢さん:
衣装を準備する期間があるので、早めにお声をかけていただいたんだと思います。
マイソン:
メイド服って一般的にも一定のイメージがあると思いますが、そういったもともとイメージがしっかりあるものを衣装として作るのと、ゼロから衣装を作り出すのと、どんな違いがありますか?
藪野麻矢さん:
ある程度イメージがあるものに関してはその歴史をリサーチするところから取り掛かり、それを踏まえた上で何ができるのかというのを考えます。『いとみち』の衣装でいうとメイドの歴史の資料や映像作品を勉強しました。ゼロから作りだす際は、脚本や企画書を読んで想像したりしますが、どちらも大きな違いはありません。あらゆる方向からヒントを集めて積極的に脱線しながらアイデアが閃く瞬間を逃さないように組み立てていきます。
横浜聡子監督:
メイド服に関しては藪野さんは英国メイドの古典的なところからすごく調べていて、メイドってだいぶ低い身分なんですよね。
藪野麻矢さん:
そうなんです。知れば知るほど良い印象じゃなくなるというか。今はメイド・カフェもあってイメージが変わっていますが、たぶん当時の人が今のメイド・カフェを見たら、ビックリしちゃうんじゃないかなって(笑)。
横浜聡子監督:
そりゃそうですよね(笑)。
藪野麻矢さん:
今とは真逆の環境で働いてたというのを知って、でも本作はそういうことを伝えたいわけではない。ただ横浜監督のなかで、今のメイド・カフェってどんなのだろうっていう疑問があってそのモヤモヤした気持ちを近くで感じながら、デザインを模索していました。イメージしやすいメイド服を『いとみち』でそのまま登場させるのは、やっぱり横浜監督の作品としていいのだろうかという思いがあったので、監督と話し合いを重ね、私の中でイメージをどんどん膨らませて、見たことがないようなメイド服にしたいなと思って進めました。
マイソン:
衣装が物語る部分も多々あると思いますが、映画の衣装担当というところで本作に限らずこだわっていることはありますか?
藪野麻矢さん:
一度登場人物になってみるんです。そして登場人物のバックグラウンドを想像します。どんな生活をしていて、どんなところでお買いものをして、どんな生い立ちを経て今この時にこの服を選んだのか、映画で見えている部分以外の時間を想像します。以前友人に言われてハッとしたことがあるんです。「あの主人公、お金がない生活をしているようなのにすごく良いブランドの服を着てる。服にすごいお金をかけてて、しらけちゃう」というのを聞いた時に、なるほどなと。確かに服自体は可愛いし役者さんに似合っているんですけど、そこに違和感を感じた瞬間におもしろかった映画がちょっと台無しになっちゃう気がして、それは悩ましいなと思います。
でもその反面、映画でしか体験できないファンタジーの力も信じているので、もしかすると高価なブランドの衣装を身に纏った主人公に憧れを抱いてみるのも幸せな時間だと思う。想像できる可能性をあちらこちらに広げて脱線しまくって落ち着くところへ戻るっていう作業に時間をかけるようにしています。やっぱり、「こういう人、いるいる!」だけだとつまらなくて、あとは服のほうからインスピレーションを受け取ることもあるので、ひたすら足で服を探しまくるようにしています。
マイソン:
例えばちぐはぐな服装をしていたり、わざと似合っていない服を着せたりっていうこともあるってことですよね?
藪野麻矢さん:
そういうこともあります。あまりにも似合っていないっていうのはないですけど、敢えて違和感を出したりはします。
マイソン:
今回資料に寄ると、お2人でメイド・カフェに行かれたんですよね?
横浜聡子監督:
2店舗ほどタイプの違うメイド・カフェに行ったんですけど、“萌え萌えキュン”ってやってくれるところと、衣装も落ち着いていて一般的な喫茶店とほぼ同じ接客をしてくださるお店に行きました。
藪野麻矢さん:
私は初めて行ったんですけど、思っていたよりも“萌え萌えキュン”って接客してくださるのが嬉しくて。
マイソン:
ハハハハ!
藪野麻矢さん:
来た人を幸せにできるところなんだなっていうのをすごく感じました。メイドの歴史を読んだ上で行ったので、最初は少し抵抗があったんですけど、すごく楽しかった。働いている方々も活き活きしていた印象だったので、ポジティブに捉えられたかなと思います。
マイソン:
脚本は一旦できていて、メイド・カフェに行ってからまた脚本を書き直したという感じでしょうか?
横浜聡子監督:
そうです。メイドさんと“萌え萌えキュン”って一緒にやったり、自分にあだ名を付けたり、生まれて初めての体験をしました。
藪野麻矢さん:
そうなんですよ。メイド・カフェに入ったら私達はお嬢様なんです。お嬢様としてのお名前を付けましょうって。ちなみにあだ名は横浜監督が「ネズミお嬢様」私が「メダカお嬢様」です。
横浜聡子監督:
最初シナリオに書いていたメイド・カフェって本当に落ち着いている接客でキャピキャピした要素がほぼなかった店だったんです。でも、実際に自分達が経験してみて、非日常的な体験をさせてくれる場所って案外おもしろいのかもと思って、この作品のメイド・カフェにも取り入れました。
マイソン:
私もおもしろそうとは思いつつ、まだ行ったことがないので、いつか行ってみたいです(笑)。で、本作のあるシーンで、主人公は普通にアルバイトをしているだけのつもりなのに、一部の方にとっては水商売のように見られてしまうのかと気付かされました。そのシーンを観て、テーマとしてジェンダーバイアスも含まれているのかなと思ったのですが、監督は本作を撮る上で、イメージが一人歩きしていることなど問題提起をしようという思いはありましたか?
横浜聡子監督:
原作にも男性客が水商売サービスを提供する場所だと勘違いしている描写があって、今この映画を作る上でその要素を踏襲したいとも思いました。ただ、“対・男性”というところまで意識してしまうと説教臭くなってしまいます。なので、自分達が性別を超えてそこに存在しようとしている、生きようとしている人間であるということをあまり声高に言わずに、女性としてというよりも人間として認めて欲しいと、きっと彼女達は思っているだろうと、私からのエールとして取り入れました。
マイソン:
お2人はそれぞれ映画業界、ファッション業界でお仕事されていて、ジェンダーギャップやジェンダーバイアスを感じることはありますか?
横浜聡子監督:
衣装さんて、女性が多いですもんね。
藪野麻矢さん:
男性もいらっしゃいますけど、私自身ジェンダーギャップやジェンダーバイアスを感じることはあまりないですね。敢えて言うなら、私は小さい子どもが2人いるんですけど、子どもがいながらこの仕事をするという点での大変さや喜びについて考えることのほうが多いです。親になったことで業界を退かれるスタッフもいらっしゃいますし、子育てしながら現場で働いている方もいる。この選択は人それぞれだと思いますが、共感できることがたくさんあるので励まされます。
横浜聡子監督:
なんで現場に託児所がないんだろうとかね。他の企業に比べたら、映画制作業界ってだいぶ時代遅れな仕事場ってことですよね。個人の付き合いで見てもらえることはあるんでしょうけど。
藪野麻矢さん:
性別というよりは、私としてはそこですかね。監督はどうですか?
横浜聡子監督:
監督自体女性が圧倒的に少ないし、技術部に女性も増えてきていますけど、男性に囲まれることのほうが多くて、体力がついていかないというのと、いろいろ相談しづらいことも多いです。でも、人に恵まれてきたのもあって、差別を受けていると感じることはあまりないですね。
藪野麻矢さん:
確かに、男性スタッフには体調の面で相談しづらいというところはありますね。「それを僕に言われても…」って思うのかなって考えて言えないことはあります。
マイソン:
人間関係よりは環境的に不便というところなんですね。では最後に皆さんにお聞きしているのですが、これまでにいち観客として大きな影響を受けた映画、もしくは俳優、監督がいらっしゃったら教えてください。今回だったら、衣装とかでも良いんですが。
横浜聡子監督:
今回でいうと、主人公のいとが普段着の時に帽子を被るっていうのが藪野さんのアイデアなんですけど、すごく似合っているんです。『天空の城ラピュタ』のパズーが被っているような帽子を用意してくれて、衣装合わせの時に、いと役の駒井蓮さんがそれを被った瞬間に「いとってこういう人間だ」ってその場にいた皆が納得したんです。帽子を被った瞬間、物語が動き出すとか、衣装が映画の物語、演出にリンクしてくる作品って良いなと思います。パッと思いつくのだと、トム・クルーズとキャメロン・ディアスが出ている『ナイト&デイ』ですね。キャメロン・ディアスが黄色い衣装にブーツを履いていて、その都度その都度衣装が変わっていくんですけど、ちゃんと演出とシーンが絡んでいて、なぜ彼女の衣装はこういう風に変わっていくのか、映画の構造にリンクしてくる衣装の使い方を私もやってみたいなと思った映画です。
マイソン:
なるほど〜。衣装に注目してもう一度観てみたいと思います。藪野さんはどうですか?
藪野麻矢さん:
影響を受けた映画を選ぶって難しいのですが、いつも挙げているのは『サッド ヴァケイション』です。衣装に関していうと、登場人物それぞれ癖が強いキャラクターですが、とても品があって色気があります。衣装が物語に根付いていながら、いそうでいない人間になっている。初めて観た時に感じたドキドキした気持ちと静謐なファンタジー作品を観ているような体験が衝撃で今も心に残っています。あとは、『シェイプ・オブ・ウォーター』も世界観と心情を表す色使いが素晴らしくて。
横浜聡子監督:
あれはグリーンを基調にしてましたよね。
藪野麻矢さん:
そうですね。衣装もグリーンが基調ですが、ピンポイントで、主人公が恋をした時に赤を使ってたりするんです。その変化した姿が美しくてはっとさせられるんです。気持ちの変化、演出に沿って、敢えてこの色を持ってくる、全体を通して徹底したこだわりがある。派手な演出でなくてもいいんです。キラッとした魔法がある作品がすごく好きです。ジブリの色彩設計をされていた保田通世さんを尊敬しているのですが、保田さんが手掛けたジブリ作品も色の魔法が存分に味わえる作品で大好きです。
マイソン:
本日はありがとうございました!
2021年6月8日取材 PHOTO&TEXT by Myson
『いとみち』
2021年6月18日より青森先行上映、6月25日より全国公開
監督:横浜聡子
出演:駒井蓮/黒川芽以 横田真悠 中島歩 古坂大魔王 ジョナゴールド(りんご娘) 宇野祥平 西川洋子/豊川悦司
配給:アークエンタテインメント
訛りが強く人見知りが激しいいとは学校に友人がおらず、得意だった津軽三味線も気乗りせずにずっと弾かないままでいた。そんないとはある日アルバイトをしようと決意するが、見つけた仕事はメイド・カフェの店員。メイド服は似合うが決め台詞が言えないでいたいとだったが、店長や同僚に支えられ、徐々に変わっていく…。
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