幼い息子との緊迫した電話のやり取りから始まる本作は、意外な結末を迎えます。今回は、そんなこれまでの母の物語とは一線を画すストーリーを映画にした、ロドリゴ・ソロゴイェン監督にオンラインでインタビューをさせていただきました。
<PROFILE>
ロドリゴ・ソロゴイェン:監督、脚本
1981年スペイン、マドリード生まれ。マドリード映画撮影・視聴覚芸術学校(ECAM)で脚本について学び、テレビシリーズの脚本家としてキャリアをスタート。25歳の時、初の長編映画“8 citas(原題)”で共同監督を務めた。制作会社Isla de Babelで、テレビシリーズ“Impares(原題)”“La pecera de Eva(原題)”“Fragiles(原題)”などの脚本と監督を担当。2011年には、3人のパートナーとCaballo Filmsを設立した。共同監督作品“Stockholm(原題)”では、マラガ映画祭の監督賞と脚本賞、フェロス賞作品賞ほか多数受賞。長編3作目となる『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』では、サン・セバスティアン国際映画祭の脚本賞を受賞した。短編“Madre(原題)”は、トロント国際映画祭ほか主要な国際映画祭に出品され、マラガ映画祭観客賞、ホセ・マリア・フォルケ賞とゴヤ賞短編映画賞、ヴィラ・デ・ラ・オロタバ短編映画祭などスペイン内外の映画祭で50以上もの賞を獲得し、第91回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされた。長編4作目“The Realm(原題)”は、ゴヤ賞監督賞、脚本賞を獲得。短編“Madre(原題)”をベースとした長編映画『おもかげ』では、監督と脚本を務め、2019年のヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に選出され、高い評価を得た。
愛にはタグ付けがないということを伝えたかった
マイソン:
本作は、短編“Madre(原題)”をベースとした長編映画とのことですが、短編の要素を強く残したかった点と、逆に長編にしたことでイメージを覆そうとした点があれば教えてください。
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
この映画は短編の95%をそのまま使っているんです。元々前後に映画の風景が流れていたんですけど、そこだけ取ったくらいでシークエンス自体はそのまま15分間たっぷりと使っています。私は今回、前撮った材料をそのまま新しい映画に使うことで、2つの時間を2つの軸で遊ぶということを敢えてさせていただきました。
マイソン:
その15分間にすごく緊迫感があって、その後には10年間という長い月日を経た主人公が描かれていて、すごくテンションが変わっていたのですが、後半で1番重点的に伝えたかったことは何でしょうか?
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
根本的なメッセージというのはなくて、1つの物語、特に愛の物語を語りたかったんです。今までにない話がしたかったし、ブラックホールに落ちてしまいそうになっていた女性をもう一度救い出すという物語にしたかった。ただ、タグ付けがないような映画でもありますし、もし1つのメッセージを選ぶとすれば、愛の物語は人を癒やす、愛というものが最も人を癒やすものであるということです。愛にはいろいろな形があるし、愛にはタグ付けがないということを伝えたかった。例えば、あなたは異性が好きで同性愛者ではないけれど、ある時、同性の人に魅力や愛情を感じて、それは具体的な関係に発展しないかもしれない。でも、あなた自身が何か変わったり、癒やされたりするとします。それは決してタグ付けされることがない愛の物語であり、愛にこそ最も人を癒やす力があるということです。
マイソン:
エレナとジャンは親子でも恋人でもないけれど、とてもそれに近い、ギリギリの関係性がとても印象的でした。だからこそどうやってこの物語に決着が着くのか最後までわかりませんでした。監督は最初から結末を決めて作ったのか、それとも物語を作る上でだんだん見えてきたのか、どちらでしょうか?
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
映画というのは、そもそも開かれているものとして捉えられているのですが、脚本は時にガチッとしたものを描く場合もあれば、そうではない映画もあるんです。この映画には、間違いなく遊びの部分があったり、いろいろとオープンになっている部分もあって、映画自体がいろいろな可能性を秘めていたんです。私がこのような質問を受けて非常に嬉しいのが、少なくとも観客はその部分を感じ取ってくれたとわかるからなんです。この映画はそういう意味でとてもオープンな側面があって、いろいろと語りかけてくれると。私自身にもいろいろ語ってくれる映画でした。
もちろん、この映画のフィナーレはある程度は書いていたし、脚本の裏話はここではしないんですけど、ただいろいろな設定であったり、場面がどんどん変わっていったのも事実だし、このような映画に携わることでとても大きな豊かさを感じることもあります。この映画を通じて、自分自身の新たな側面を発見したり、チームのいろいろな人達の新たな側面を発見できたり、新しい発見がいっぱいありました。特にこの映画は、エモーショナルな映画であり、理性的でない部分がたくさんあるので、その部分でいろいろ語りかけてくれるものがあり、私にとって本当に豊かな体験でした。
マイソン:
ありがとうございます。マルタ・ニエト(エレナ役)とジュール・ポリエ(ジャン役)がすごく絶妙な演技をしていて、つかみどころのない関係性を演じていて見事でした。お2人にはどんな演出をされたのでしょうか?
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
まずエレナは感じる存在として設定したんです。最初に10年間の空白があるので、実際にその10年間に何があったのか、どういうことを感じて今に至るのかということを一緒に考えて、マルタ自身も深く探求していきました。この物語では、命について、また1つの光への旅のような形で私達は描きたかったのですが、この10年間は間違いなくエレナにとって死んでいたような10年間だったと捉えています。ずっと海岸を歩いている最初の長いワンカットがありますよね。あのシーンにはそんな意味合いがあるんです。この10年間、彼女はまるで死人のように全く表情もなく、楽しみもなく、それにものすごく痩せていますよね。マルタはこの映画のためにすごく痩せたのですが、それを象徴しているんです。そして、映画が進むに連れて、少しずつ目に光が戻り、彼女の表情が戻り、声も戻っていくんです。元々は声もほとんど出ない人物が、途中で青年達と車に乗っている時に叫び出すんです。そんな変化がどんどん見えてくるよう設定しました。ジャンの場合は、とにかく好奇心旺盛で、とにかく動き回る、止まらない存在として捉えました。実際にジュールには私からの指示の1つとして、「とにかく止まらないで、常に動いて」と伝えていました。例えば2人が立って話しているだけのシーンだったとしても、何かしら動きがあるようにと。だから、ジャンは生きている者として、エレナは死んでいる者として、ジャンの生き生きとした血がエレナに流れ込むといったイメージでした。
マイソン:
なるほど〜。では母性を描く上で難しいと思ったポイントはありましたか?
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
母性を扱う上で最も難しかったというよりも複雑だったポイントがありました。自分の直感を信じながらやっていた部分もあるのですが、前もって自分が難しいだろうと思っていたのは、やはりエレナのジャンに対する感情です。どのような愛情がそこに芽生えているのか。彼女は目の前にいる青年を見て自分の息子を思い出す。かといって自分の息子ではないということも知っている。決して好きな言葉ではないのですが、一種の狂気がそこにあるんです。そんないろいろなものが入り混じっている感情、16歳の青年を守りたい、彼と一緒にいたいという感情で、ただ具体的にどういう関係なのか、彼女自身もそれに答えないし、答えたくもない。ただ彼女は彼の人生が上手くいくように見守ってあげたいんです。これを何か箱詰めして決めつけるようなことはできなくて、それを形作っていくのが最も難しく、そこにたどり着くまでが結構複雑でした。
マイソン:
最後の質問で、監督がこれまでで1番影響を受けた作品、もしくは人物がいらしたら教えてください。
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
今質問を聞いてパッと頭に浮かんだのは、ポール・トーマス・アンダーソンというアメリカの監督です。でも実際に考え出したら100万年あっても答えられない難しい質問です(笑)。やっぱり最もインパクトを受けた人って、決められないんです。彼の『マグノリア』とか『ザ・マスター』とか全部、どの映画をとっても素晴らしすぎる傑作としか言えなくて、そういった方ですよね。
マイソン:
そうですよね。あと1つだけ!今世界中がコロナで映画館に行きづらい状況ですが、逆に希望を感じている部分とか、前向きに思える部分はありますか?
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
前向きなメッセージかわかりませんが、映画は絶対に死なないということが言えると思います。なぜなら映画業界でも文化の業界でも、このために働いて、頑張っている人達が多くいます。そして何といっても映画館に入った時の経験というのは何にも代え難く、この世に1つしかない体験なので、私は何があってもこれはなくなってはならないと思うし、全身全霊でなくならないように望んでいます。同じような気持ちでこの時期を乗り越えようとする人も多いのではないかと思います。
マイソン:
ありがとうございました!
ロドリゴ・ソロゴイェン監督:
アリガトウ!
2020年9月14日取材 TEXT by Myson
<お知らせ>
本作のプロローグにあたる、エレナと必死で助けを求める息子との会話の様子をワンシーンワンカットで捉えた、緊迫感溢れる約18分の短編映画「Madre」(第91回アカデミー賞®短編実写映画賞ノミネート)が、『おもかげ』公式サイトにて10月22日(木)23:59までの期間限定で無料公開中!
『おもかげ』
2020年10月23日より全国公開
PG-12
監督・脚本:ロドリゴ・ソロゴイェン
出演:マルタ・ニエト/ジュール・ポリエ/アレックス・ブレンデミュール/アンヌ・コンシニ/フレデリック・ピエロ
配給:ハピネット
離婚した夫と旅行に出かけた6歳の息子から、「パパが戻ってこない」と電話を受けたエレナは、必死で息子を安全な場所に誘導しようとするも叶わず、息子は行方不明になってしまう。それから10年後、海辺のレストランで働くエレナは、息子の面影を宿した少年を目にして…。
© Manolo Pavón