心理学

心理学から観る映画10-2:見えるってどういうこと?

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』アーユシュマーン・クラーナー/タブー

前回は聴覚について取り上げましたが、今回は視覚にまつわるお話です。私達の目が見える構造はとても複雑で、光感覚、色感覚、視力、見えたものが何であるかを認識する力など、いろいろな条件が揃った上で“見る”という機能が成り立っています。視覚については、いろいろな視点で研究されていますが、今回はその一部をご紹介します。

目に映るだけでは“見えていない”

ものを見る上で脳の働きが関わっているのは当然ですが、私達の身体には、「言われてみると、それってスゴい」と思う機能がたくさん備わっています。例えば、色感覚で考えると、私達は赤いりんごを見て、当たり前のように「これは赤です」と言いますが、赤は赤でもいろいろあります。それでもいろいろな“赤”を赤系統でカテゴリー化できるし、だんだん黄色が混ざってきてオレンジになると、赤ではなくオレンジだと認識できます。

また、英語の小文字のエル、数字のイチは、タテ棒1本で表せますが、それが「エル」なのか「イチ」なのか、私達は文脈で判別できます。

これら以外にも私達にはさまざまな知覚が備わっていて、さらに経験も作用して、見るということができていますが、逆に生まれてから一度も見えていない人(生まれつきもしくは赤ちゃんの頃に失明した人)が開眼手術を受けた場合、すぐに“見える”のでしょうか。

映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』アーユシュマーン・クラーナー

渡辺ほか(2009)では、「先天性の盲人は主に触覚によって事物の大きさ、形、距離などの空間的知覚を行っている。(中略)手術前には“触れる”ことによって区別できた事物も、手術後ただちに“見る”ことによっては区別できない」として、私達の見るという行動には、学習(訓練)が必要なことを示唆しています。

そして、鹿取ほか(2015)では、明暗の知覚のみある人、明暗の知覚と色覚がある人、明暗の知覚と色覚の他に形の知覚もある人が、開眼手術を行った場合の例を挙げ、手術直後の視覚体験報告を掲載しています。まず明暗だけがわかる人は、術後6日後に眼帯を取った時、明るさはわかるけど、色はわからなかったと言い、色名は1つも答えられませんでした。明暗の知覚と色覚がある人の場合は、手術直後は「キイロがとても鮮明で、印象的だった」と答え、4ヶ月後に白台紙に黒色の面図系(1辺3.6mの正方形)を1つ貼ったものを初めて見せると、「形はわからない。どこにあるのか、その位置はわかる。色はアオ…でも薄い、もやもやしている」と答えました。明暗の知覚と色覚の他に形の知覚もある人は、「手術の後、色がはっきりし、シロやキイロなら10cmぐらい離れてもわかる。(そばの机に関しては)今は眼で何かあるころはわかるが、机とまではわからない。でも手術前はあることさえも、眼ではわからなかった」と報告されています。もともとの保有視覚の違いによって、開眼手術直後にどんな状況で“見える”のかは異なるんですね。

開眼後の知覚学習の過程について、鹿取ほか(2015)は、漸進的であり、色が優位となる時期に始まり、図系の各部分に注意を向ける時期を経て、やがて一目でほぼ同時に1つの全体として形を把握できる段階に到達するとしています。

目に情報が飛び込んでくるだけでは見えておらず、それが何か認知してはじめて“見えている”と言えるわけですね。そう考えると、盲目の主人公が登場する映画も少し見方が変わってくるかも知れません。

映画『かごの中の瞳』ブレイク・ライヴリー/ジェイソン・クラーク

例えば、映画『かごの中の瞳』は子どもの頃に事故で失明した主人公が、大人になり角膜移植をして片目の視力を取り戻します。彼女の眼が“徐々に見えてくる”過程の中で、姿を“見たことがなかった”夫に対して、彼女はどう反応していくのか。相手が物体ではなく、人であるだけに、見えてしまうことが及ぼす影響の大きさを感じます。

逆に『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』の場合はどうでしょうか。本作の主人公は盲目の振りをしています。見える、見えないという中でも多くの違いがあることを考えると、見えない振りも相当難しいと言えるのではないでしょうか。

“見える”力は本当に奥が深いですが、同時に私達の目には映っているのに見えていないことがあったり、見えていないはずのものが見えることがあるのも納得がいきます。そんなことを考えながら映画を観てみると、また違ったおもしろさが見つかるかも知れません。

<参考・引用文献>
鹿取廣人・渡邊正孝・鳥居修晃ほか(2015)「心理学 第5版」東京大学出版会
渡辺浪二・角山剛・三星宗雄・小西啓史(2009)「心理学入門」おうふう

『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』
2020年5月8日ブルーレイ&DVDレンタル開始・発売

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

盲目のピアニストのふりをしている主人公。見えていたら思わず反応してしまうであろう場面でも、見えない演技の徹底ぶりがスゴいです。

盲目のメロディ ~インド式殺人狂騒曲~ [Blu-ray]

©Viacom 18 Motion Pictures ©Eros international all rights reserved

『かごの中の瞳』
R-15+
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル&発売中

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

妻の目が見えるようになることで、夫婦関係がどんどん危うい展開に…。妻の回復具合がどこまでリアルなのかにも注目して観てください。

かごの中の瞳(字幕版)

© 2016 SC INTERNATIONAL PICTURES. LTD

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

関連記事
  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『アビゲイル』アリーシャ・ウィアー アビゲイル【レビュー】

始めにステージ上で黙々とバレエを踊るアビゲイル(アリーシャ・ウィアー)の姿を観て、「本当にこの子が?」と思うほど、後々の変貌が…

映画『花嫁はどこへ?』ニターンシー・ゴーエル 『花嫁はどこへ?』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『花嫁はどこへ?』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『憐れみの3章』エマ・ストーン 映画好きが推すイイ俳優ランキング【海外30代編】総合

今回は、海外30代(1985年から1994生まれ)のイイ俳優の中から、昨今活躍が目覚ましい方を編集…

映画『憑依』カン・ドンウォン 憑依【レビュー】

『憑依』というタイトルから受ける印象とは異なり…

映画『熱烈』ワン・イーボー 熱烈【レビュー】

『熱烈』というタイトルがついているので、熱いストーリーだと予測はするものの、ブレイキンをテーマにしているということで「イエイ、イエイ、ヨーヨーヨー」的な…

映画『ブルーピリオド』板垣李光人 板垣李光人【ギャラリー/出演作一覧】

2002年1月28日生まれ。山梨県出身。

映画『ナミビアの砂漠』河合優実 ナミビアの砂漠【レビュー】

若き才能とエネルギーがほとばしる1作です。山中瑶子監督は、19歳の時に…

映画『熱烈』Tシャツ 『熱烈』Tシャツ(Lサイズ) 1名様プレゼント

映画『熱烈』Tシャツ(Lサイズ) 1名様プレゼント

ドラマ『完璧ワイフによる完璧な復讐計画』中村ゆりかさんインタビュー 『完璧ワイフによる完璧な復讐計画』中村ゆりかさんインタビュー

雪村こはるの人気小説&コミックを原作としてドラマ化した『完璧ワイフによる完璧な復讐計画』で、不倫をした夫への復讐に燃える完璧な妻を演じた中村ゆりかさんにインタビューをさせていただきました。2024年に独立しフリーランスとして活動を開始した中村ゆりかさんに今の心境も聞いてみました。

映画『ラストマイル』満島ひかり/岡田将生 映画レビュー&ドラマレビュー総合アクセスランキング【2024年8月】

映画レビュー&ドラマレビュー【2024年8月】のアクセスランキングを発表!

部活・イベント

  1. 【ARUARU海ドラDiner】サムライデザート(カップデザート)
  2. 【ARUARU海ドラDiner】トーキョー女子映画部 × Mixalive TOKYO × SHIDAX
  3. 【ARUARU海ドラDiner】サポーター集会:パンチボール(パーティサイズ)
  4. 【ARUARU海ドラDiner】プレオープン
  5. 「ARUARU海ドラDiner」202303トークゲスト集合

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『憐れみの3章』エマ・ストーン 映画好きが推すイイ俳優ランキング【海外30代編】総合

今回は、海外30代(1985年から1994生まれ)のイイ俳優の中から、昨今活躍が目覚ましい方を編集…

映画『先生、 私の隣に座っていただけませんか?』柄本佑 映画好きが推すイイ俳優ランキング【国内30代編】個性部門

イイ俳優ランキング【国内30代編】番外編として、今回は<個性部門>のランキングを発表します。国内30代俳優の中には個性の光る俳優が多くおり、今回も接戦となっています。誰が上位に入ったのでしょうか?

映画『ホリック xxxHOLiC』神木隆之介 映画好きが推すイイ俳優ランキング【国内30代編】演技力部門

イイ俳優ランキング【国内30代編】番外編として、今回は<演技力部門>のランキングを発表!人気俳優の中でも演技力にフォーカスすると、誰が上位にくるのでしょうか?

REVIEW

  1. 映画『アビゲイル』アリーシャ・ウィアー
  2. 映画『憑依』カン・ドンウォン
  3. 映画『熱烈』ワン・イーボー
  4. 映画『ナミビアの砂漠』河合優実
  5. 映画『ラストマイル』満島ひかり/岡田将生

PRESENT

  1. 映画『花嫁はどこへ?』ニターンシー・ゴーエル
  2. 映画『熱烈』Tシャツ
  3. 映画『パリのちいさなオーケストラ』ウーヤラ・アマムラ
PAGE TOP