2次被害や社会的通念、周囲の人間関係などが弊害となり、被害を訴えにくい性犯罪。今回は性的暴力の被害者について考えます。
性的暴力の被害者が訴えたくても訴えられない背景とは
権力や社会的立場を悪用して、反撃しないであろう、沈黙を保つであろう弱者を相手に性的暴力を行う輩は、いつの時代も存在します。
複数の児童へ何年にも渡り性的暴力を行っていたプレナ神父の事件を映画化した『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』では、被害者達が長年苦しんだ末に、声を上げて戦う様子が描かれています。
小西・伊藤(2003)は、これまでの米国における研究、日本における強姦救援センターの調査結果などから、強姦の約4分の3は知人によるものであり、多くが室内で起き、身体的な傷を残さずに行われ、被害者は10歳未満から60歳以上にも及ぶとしています。
『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』で明かされていた児童の被害は、まさにこれに該当するもので、神父に人気のいないところに連れて行かれ、2人きりになり、身体を触られたり、神父の身体を触るように強要されたりというものでした。そして、恐怖に怯えながらも何年もそういう行為を強要されていた子ども達は、他の子ども達が自分と同じように連れて行かれるところを目にしていますが、神父に秘密にしろと言われたことを親や第三者に打ち明けることは、いろいろな意味で怖かっただろうし困難だったでしょう。なので、大きくなるまで抱えこんで精神疾患を患ったり、訴えても何もしてくれなかった親との関係が破綻したり、その心的ストレスは計り知れません。
性暴力を受けた人達がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こしやすいのは容易に想像できますが、小西・伊藤(2003)によると、「子どものときの性暴力被害については、18歳以前の強姦、性的いやがらせ体験がPTSDと関連があり、特に強姦体験をした子どもは大うつ病エピソード、広場恐怖症、強迫性障害(強迫神経症)、社会恐怖症、性的障害をきたす可能性がより高くなることが報告されている。また男性の性暴力被害も女性よりは少数ながら、いつも存在しており、男性の場合も、その心理的衝撃は大きなものであることも研究によりわかってきている」とあります。
また、性暴力被害では、事件の最中、直後に多くの被害者が離人体験、困惑状態や、錯乱、失見当識、痛覚の変化、ボディイメージの変化、トンネル視野や、直接の解離体験(トラウマ周辺期の解離)を経験するとされており、解離とは、心身が対処できないようなできごとが起こったときに、知覚、環状、記憶、自我などの一部が切り離されたような精神の働きをさしますが(小西・伊藤 2003)、被害者の精神状態はそれくらい追い詰められており、その時に逃げたい、反撃したいと思ってもできない状態なのです。そして、例えば被害者が冷静に見える場合でも、内面では解離が起こっている可能性があり、それを見て第三者は大丈夫と判断することは危険だとされています。
被害者が被害を訴えられない背景には、立ち向かう相手の大きさや社会的通念が大きく影響しているのはもちろん、2次被害に対する恐れや、被害に遭っている最中から既に精神的異常が起きていることも考えられます。だから訴えないのは諦めや赦しでは決してないというのは当然で、周囲の私達が日常でできることは、こういった現状や社会の闇から目を背けず、加害者に対して然るべき措置が下される社会になるように意識することから始めなければと痛感します。
<参考・引用文献>
小西聖子・伊藤晋二(2003)「犯罪心理学―加害者のこころ、被害者のこころ (武蔵野大学通信教育部テキストシリーズ)」(角川学芸出版)
『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
2020年7月17日より全国公開
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
何でも祈って済むと思うなよと、プレナ神父をはじめ無責任な教会関係者に言いたくなる、腹立たしい実態が描かれています。聖職者達の言葉の独特な捉え方にも注目して観て頂くと、彼らの視点や思想がかなり歪んでいることがわかります。
©2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS–France 2 CINÉMA–PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE
『スポットライト 世紀のスクープ』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
性的虐待を行っていた神父とそれを見過ごしていたカトリック教会の共犯ともいえる関係を、アメリカの新聞“ボストン・グローブ”がスクープ。複数の神父が性的虐待を行い、示談にしていた事実なども突き止めていきます。社会はどこまで汚れてしまっているのでしょうか…。
『スキャンダル』
2020年8月5日ブルーレイ&DVDレンタル開始・発売
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
部活リポート
権力と女性差別が生んだ悲劇。こちらも実話で、1人の被害者が立ち上がったことで、他の被害者も戦う決意をしました。同じ女性でも、保身のために加害者を擁護する者がいたり、一筋縄ではいかない現実を目の当たりにします。
© Lions Gate Entertainment Inc.
『告発の行方』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
DVDレンタル&発売中
主人公はバーでただ楽しんでいただけなのに、いつの間にか男性に囲まれ、公然の場で複数の男性にレイプされてしまいます。彼女は勇気を出し、レイプ犯だけでなく、周囲で犯行を観ていた群衆も訴えますが、セカンドレイプも甚だしくて、観ているだけで相当辛いです。
TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)