『JSA』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』『イノセント・ガーデン』『お嬢さん』など、話題作を多く輩出してきたパク・チャヌク監督。2023年2月17日より公開の『別れる決心』は、前作『お嬢さん』から6年ぶりの公開となります。どの作品も灰汁の強さを感じさせますが、パク・チャヌク監督はどんなことを考えながら映画作りをされているのでしょうか。
今回は、来日リポートと合わせて、過去作を一挙にご紹介します!
『別れる決心』
2023年2月17日より全国公開
ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
監督:パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル/タン・ウェイ/イ・ジョンヒョン/コ・ギョンピョ
REVIEW
ある事件をきっかけに知り合った、刑事のヘジュン(パク・ヘイル)と、被害者の妻ソレ(タン・ウェイ)の物語。立場上、親密になってはいけないとわかっていながら惹かれ合う2人は、一定の距離を保ちながらも心は距離を縮めていきます。
近づきたくても近づけない状況のなかで、お互いを思う2人の様子がなんとも艶めかしく描かれています。同時に、人間が普段は表に出さない秘めた性が垣間見えて、観てはいけないものを観ているような不思議な感覚に陥ります。どんどん、2人にしかわからない境地へと向かっていきますが、2人にとっての究極の愛の形は驚くべきものであると同時にとても詩的。
人間の深い部分をえぐり出し、その美しさ、醜さを絶妙にブレンドし、ユーモラスに、かつロマンチックに描くパク・チャヌク節は本作でも健在です。
© 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
『別れる決心』パク・チャヌク監督来日リポート
映画『別れる決心』来日ティーチインイベント:パク・チャヌク監督
本作のPRで来日した監督が、本作を劇場公開に先駆けてご覧になったファンの方々からの質問に応じました。どの問いに対しても真面目に答えつつ、とってもユーモアたっぷりな回答で、監督の作品の魅力の所以が自然に伝わってくる質疑応答でした。
映画に使われる音楽、ストーリーの構成や小道具についてなど、パク・チャヌク監督の映画作りの姿勢がわかるお話が盛りだくさん。過去作も振り返りつつ、最新作『別れる決心』を観たくなるはずです!
パク・チャヌク監督:
私は前作の『お嬢さん』という作品を撮って以来、約6年ぶりに劇場にかける長編映画を作りました。本当に久しぶりに作った映画となります。コロナ禍においてその時期を経ながら、果たしてこの先劇場で皆さんにこの映画を観ていただける日が来るのだろうかととても心配していましたが、無事に皆さんに観ていただけることになりました。そういう意味でもまるで初めての映画を作って皆さんに観ていただくような、ワクワクウキウキした気分です。
Q:監督の作品はデビュー以来ミステリー調の一貫したスタイルに見えます。前作の『お嬢さん』と本作は全く違った設定でしたが、愛の物語をミステリーというジャンルの枠組で描くという点は共通しています。ミステリーとロマンスを融合するスタイルに映画作家として惹かれる理由は何でしょうか?
パク・チャヌク監督:
私が思うにこの2つの要素はとてもよく合う要素ではないかと思います。愛というものは本当に大きなミステリーではないかと思うからです。どうして私はあの男性、あるいはあの女性に惹かれるのだろうか。それは口では言い表せないほどの大きな謎だと思うんです。どうすればあの人の心を得られるだろうかと考える。それもまた然りです。ですから、ミステリーという形式においてそこにロマンスを融合させるということはとても理にかなったことじゃないかと思います。
Q:(刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレの)韓国語と中国語のやり取りがすごくもどかしく、セクシーでした。言葉は通じないけれど何かで通じ合うところがすごく良かったです。そういう作用はどのように考えて作られたのでしょうか?
パク・チャヌク監督:
まずは言葉が完全に通じない人同士の愛というもの、それはとても効果的な装置になるのではないかと思います。とても愛のあるストーリーがあり、その愛を成就するには高い壁、厚い壁、厳しい条件があればあるほど、よりドラマチックになると思いませんか。そういう意味で言葉の壁というものを私は活用しないではいられませんでした。映画を作るにあたっては、通訳を必要とする場面は皆避けようとします。というのも、どうしてもそれを描写すると時間がかかってしまうし、観客もここで一体何を言っているのか、何を言おうとしているのかわかるまでに時間がかかると非常にもどかしいと思います。ですから、できるだけそういう場面を避けるか、あるいは字幕で処理をするんです。でも私はむしろそれを効果的に使おうと考えました。
簡単にいえば、劇中の男性主人公のヘジュンと、映画を観る観客の皆さんと両方をもどかしくさせようと思ったわけです。女性主人公のソレが熱弁をしている。彼女は一体何を言っているのだろうかと、ヘジュンも皆さんもとても気になったと思います。早くその内容が知りたいときっと思ったはずです。今現在も私が韓国語で話していると、「一体監督は何を話しているんだろう?」ととても気になるし、知りたいでしょう。ですから私もできるだけ短めに話して、すぐに通訳に任せたいと思います(笑)。
Q:私は監督のファンになってもう18年くらい経つのですが、多くの作品で音楽監督をなさっているチョ・ヨンウク先生のことも大好きなので、この作品もすごく楽しみにしていました。チョ先生と音楽を作られる時には、監督のほうから具体的なオーダーを出されるのか、もしくはチョ先生にすべて一任されて音楽を作るのか、教えてください。
パク・チャヌク監督:
実は、音楽を担当してくださっているチョ・ヨンウクさんとは、彼が映画の仕事をする前から友人でした。だから映画界に入ったのは私が先で彼のほうが後でした。でも、最初に彼が携わった映画が大ヒットしたことから私との関係が逆転しました。というのも、私は『JSA』という作品に巡りあう前にも自分で作った作品がありましたが、その作品は本当に失敗作でした。しかし、チョさんが関わった映画が大ヒットしたことから、彼が映画の世界で大きな仕事をし、彼がよく知っている映画会社に私を紹介してくれて、『JSA』という作品に巡りあえたんです。
『JSA』
出演:ソン・ガンホ/イ・ビョンホン/イ・ヨンエ/キム・テウ/シン・ハギュン
チョさんは私の隣りに住んでいて、実際にお世話になっているという事情もあり、またすぐ横に住んでいるという事情もあって、もし他の音楽監督に私の作品を任せたくてもそれが叶わないという状況にあるのが、私の1つの痛みでもあります(笑)。日本にも素晴らしい音楽家の方がたくさんいるので、そういった方達にもやってもらいたいなと思いつつも、私にはそれができません。その代わり私は作品作りをする時に彼に「この曲は違う」「作り直して」「ここのこの楽器は変えて欲しい」という具体的な要求やすごく厳しい条件を出していじめています(笑)。
彼はさまざまな韓国の映画賞において、本当に残さずというほどに音楽賞をもらっています。だからすごく有頂天になっているのですが、私は彼に言いました、「いい気になるなよ」と(笑)。「この映画で使われているマーラーの交響曲第5章を君が作ったと思って勘違いして賞をくれているのだから、決していい気になるんじゃないよ」と。そしたら彼が「マーラーのことをよく知っている海外でも音楽の評価が高いのはどういうことなんだよ」と言い返してくるから、「それは海外の方はよく知らない劇中に使われている“霧”という音楽を君が作ったと思い込んでいるからだよ」と言いました(笑)。
『お嬢さん』
R-18+
出演:キム・テリ/キム・ミニ/ハ・ジョンウ/チョ・ジヌン
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
Q:『お嬢さん』を本当に何度も観て、今日という日をとても楽しみにしていました。音楽の話が続いて申し訳ないのですが、マーラーの曲は私の中で『ベニスに死す』が頭の中によぎりました。『お嬢さん』もそうですが、監督の作品はすごく予感を感じさせる部分が多くて、もしかしてそういう意味もあるのかなと考えました。マーラーの曲を使われた理由と狙われた効果があれば教えてください。
パク・チャヌク監督:
まず私はマーラーの交響曲を使うことを本当に最後の最後まで迷いましたし、避けようとしました。ですからさまざまな他の曲も探して聞いてみましたし、実際に合わせて試しました。でも、この映画にぴったり合う曲を他に見つけることはできませんでした。どうして避けようとしたかというと、おっしゃっていただいたように『ベニスに死す』という作品で使われていて、それがあまりにも有名なので、もしかして真似たのではないかと思われると考えたからです。
始めは仕方なくマーラーの交響曲を使ったのですが、「これしか合わないのだからこれで良いだろう」と考え方を変えました。ルキノ・ヴィスコンティ監督がこのマーラーの交響曲の独占使用権を持っているわけではないですし、私が使っていけないわけではないと。それに、このヴィスコンティ監督が作った映画があまりにも昔のものだから、きっと今の若者は誰も知らないだろうと思って使いました。でも、いざこの映画が完成して皆が観たところ、思いのほかすごくたくさんの方がヴィスコンティ監督の作品に使われたということを知っていて、若い方達までもこんなに知っているとは思いもよりませんでした。ですから、ちょっと後悔したりもしましたが、でも仕方がなかったというのが本音です。
死を予告するような感じをお受けになったということもありましたが、もちろんヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』という作品の影響もあるかもしれません。でも、そもそもこのマーラーの曲が作られた経緯は死と関係があるという事情があるので、ヴィスコンティ監督の映画がなくてもそういう風に感じ取られたかもしれません。
Q:今回は監督のこれまでの作品よりもラブストーリーという色が強く出ているように感じました。本作でロマンチックなラブストーリーを描きたいと思われた理由などを聞かせてください。
パク・チャヌク監督:
私が今まで作ってきた作品達もよくよく観ればロマン主義的なラブストーリーだといえます。ただ、今まで作ってきた作品は、例えば暴力的なシーンやエロティシズムを感じるようなシーンが全面に打ち出されて見えるので、深いところで描かれている愛の話が見えてこなかったのかもしれません。やはりどうしても暴力的なところや露出の多いところは強い印象が残るものです。ですからこの映画を作った時に私が「今回もまた愛の物語で戻ってきました」とご挨拶したら、皆が笑うんです。ですから自分の中ではより直接的に外から観ても愛のストーリーだと見せたくて、この映画を作るに至りました。今回私は改めて愛のストーリーを映画にしたわけではなく、今まで入れてきた他の要素を入れなかったというだけです。
Q:物語のプロットについてお伺いしたいのですが、今回の作品でスマートフォンであったり、スマートウォッチであったり、ハイテクなデバイスが効果的に使われていました。これを物語に盛り込むということは最初に思い付かれたか、この物語を組み立てていくなかで盛り込まれていったのか、いかがでしょうか?
パク・チャヌク監督:
まず脚本を書いている途中、第一稿ができた時に自分で読み返してこれは大変なことになったと思いました。というのも、スマートフォンでメッセージを送るシーンがすごく多かったからです。あまりにも多すぎたので、どうしたらこれを避けられるだろうかと考えましたが、途中ですぐに諦めました。それは実際に現代でそれも都市部で生きている人達の生活を見てみると、こういったことは避けては通れないと思ったからです。実際に皆はスマホで頻繁にメッセージを送っているし、写真を撮るにもスマホを使っています。私としては可能であればフィルムカメラを使いたいと思いますし、何か録音をする時でも旧式のテープがぐるぐる回るようなものを使いたいと思います。例えば刑事が事件のファイルを見る時も紙に写真が貼ってあって、その書類を見るみたいなほうを使いたいと思います。ただ、そういう映画を作ったとしたら、観るや否や観客の皆さんは変だなと思うはずです。実際には皆当然のようにたくさんのメッセージをスマホで送るし、何か観るのにどうしてiPadを使わないんだと、むしろ不自然さを感じると思いました。私はこの映画を作るにあたって、決して古いタイプの旧式の映画にしたくありませんでした。現代の観客の皆さんが観るのですから、皆さんが共感できるような映画を作りたいと思いました。ですから現実の生活の中でこれらのデバイスを使っているのは事実なので、それをそのまま使おうと考えました。
そういうデジタル機器をシーンに使うと冷たいと感じるかもしれませんが、必ずしもそんなことはありません。現代を生きる現代人にとって、スマホは今や体の一部になっている、延長線上にあるといっても過言ではないと思います。本当にあたかも手の一部であるかのようにいつも握って何かをしている。そして、自分のスマホでメッセージを送ったら、相手も今それを読んでいる途中だとわかります。ですから機械的な冷たさというものではなく相手もきっと手の一部になっているような感覚で、頻繁にスマホを手にしてそれを利用しているので、あたかも相手の手を握っているような感覚にもなり得ると思いました。彼女も自分と同じようにこれを手に持ってこれを読んでいる。このメッセージは彼女のもとにすぐに届くということがわかる。そして、そのメッセージを読む彼女がいる。それが感じられるので決して冷たくないと考えました。物理的に2人は離れていてもメッセージという形で本当にあたかもすぐ側にいるかのように、まるで相手と向き合っているような感覚が得られると思いました。
一度こういうデバイスを使うことは避けられないと自分で認めた瞬間、どうせ使うならたくさん使おう、積極的により上手く効果的に使おうと考えました。その先にさらに通訳アプリを使うという部分が出てきて、これは脚本の最後の段階で入れ込みました。
最後に一言
パク・チャヌク監督:
この映画をすでに観たたくさんの観客の皆さんが「この映画は2回以上観ると余計におもしろいよ」とおっしゃってくださっています。それは例えば1回目はヘジュンの観点からこの映画を観てみる。そして2回目は、ソレの観点から観直してみるとまた別の楽しみ方がわかるといってくれています。私には本当に皆さんにそう感じていただけるかはわかりませんが、そういうクチコミが広がっているということを皆さんにお伝えしてご挨拶に代えさせていただきたいと思います。
映画『別れる決心』来日ティーチインイベント:
2022年12月27日取材 PHOTO&TEXT by Myson
他にも観ておきたいパク・チャヌク監督作
ジャケット写真やタイトルの文字リンクをクリックすると、Amazonのデジタル配信もしくはパッケージ販売に飛びますので、ぜひご覧ください。
『イノセント・ガーデン』
PG-12
出演:ミア・ワシコウスカ/ニコール・キッドマン/マシュー・グード
パク・チャヌク監督が初めて手掛けた英語による作品。製作には、リドリー・スコット、トニー・スコットが名を連ね、『プリズン・ブレイク』の主演でお馴染みウェントワース・ミラーが脚本を担当していることでも話題になりました。
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
『渇き』
R-15+
出演:ソン・ガンホ/キム・オクビン
バンパイアになってしまった神父のラブストーリー。セクシーなソン・ガンホも新鮮。
『サイボーグでも大丈夫』
出演:チョン・ジフン<Rain(ピ)>/イム・スジョン
ラブストーリーに一癖ある設定を持ってくるのがパク・チャヌク監督の味ですね。
『親切なクムジャさん』
R-15+
出演:イ・ヨンエ/チェ・ミンシク/キム・シフ/キム・ビョンオク
美しいのにどこか毒々しいキービジュアルも印象に残る作品。観る前に復讐劇とわかっていると“親切”って言葉が一層怖く感じます。
『オールド・ボーイ』
R-18+
出演:ユ・ジテ/チェ・ミンシク/カン・ヘジョン
素敵なラブストーリーに見せかけて〜の、復讐の方法がエグい(笑)!
『復讐者に憐れみを』
出演:ソン・ガンホ/シン・ハギュン/ペ・ドゥナ
本作の後に続く『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』で復讐3部作と呼ばれています。
TEXT by Myson