本作は、彼氏と同じ会社に就職したのに、東京を離れ、地方に配属された主人公が、理想とのギャップに苦しみながらも、徐々に仕事の大切さややり甲斐、楽しみを見つけていく物語。まさに仕事の現場での現代の大人と若者達の関係を描いていますが、どんな思いでこの作品を作られたのか、波多野貴文監督にインタビューさせて頂きました。監督の若い頃のお話、今の現場のお話なども伺って、共感するばかりでした。
PROFILE
波多野貴文
1973年9月3日生まれ、熊本県出身。日本大学建築工学科卒業後、テレビドラマ制作の現場に演出助手として参加し、数々の作品に携わった後、2005年『逃亡者 木島丈一郎』(CX)で初めて監督を務める。2007年、深夜枠にも関わらず高視聴率を記録し話題となったテレビドラマ『SP』で高い評価を得て、2010年には『SP THE MOTION PICTURE 野望篇/革命篇』で映画監督デビューを果たす。その後もテレビドラマ『安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜』(2013)、『BORDER警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係』(2014)や『わたしに運命の恋なんてありえないって思ってた』(2016)ほか、WOWOWオリジナルドラマ『翳りゆく夏』(2015) 、『コールドケース〜真実の扉〜』(2016)など、アクション、社会派作品、ラブコメまで幅広いジャンルを手掛けている。
マイソン:
監督がこのストーリーで1番気に入っているポイントを教えてください。
波多野貴文監督:
波平の目を通しての大人が楽しんでいる感じが良くて、大人をカッコ良く描きたいと思いました。学生から見た今の大人達って、辛そうなイメージがあるんじゃないかと思うんです。でももしカッコ良く見えたら、学生も「社会人になりたい」という気持ちになるのかなって。
マイソン:
今の時代に、映画化した意図は何ですか?
波多野貴文監督:
さっきの話にも繋がるんですけど、メリハリを作れるようになるというか、自分で自分をコントロールする、自分で自分の機嫌を取れるようになると、世の中の1人として成立すると思うんです。このキャラクター達は、普段はふざけている感じでも、やるときはやるし、迷子を捜す時も楽しく捜していて、自分達でルールを作って楽しく仕事をしている感じがおもしろくて。今は、ブラック企業の問題だったり、大人達が大変そうなイメージがあるなかで、社会に出る若者ってどんな気持ちでいるのかなと思ったんです。若者達がどういう風に大人を信じていくんだろうと思った時に、原作と一番変わっているのが、悪い人が出てこないというところで、主人公が戦う相手は自分なんです。もともと僕は、環境が人を育てると思っていて、自分がその環境をどう思うかによって在り方も見え方も変わってくる。そういうところが非常に僕がもともと思っていたことに近いんです。僕も昔、助監督の一番下の頃に、スタジオで役者さんのスリッパを並べていて、「何でこんなことをしないといけないのかな?」と思っていました。スタジオのセットって、いろいろなところから出入りするので、その人が一番セットから出やすいところにスリッパを置くようにしたんです。1箇所だとたくさんあり過ぎて使いづらいので、皆が出やすいように分散して置くようにしたら、上に上がれました。その環境に対して不平不満を言うだけじゃなく、受け入れた時に自分も何か変わったのかも知れないという経験があり、見方を変えると自分も変わっていくというところに、1番おもしろさがあると思います。
マイソン:
私はこの作品を観た時に、『ベスト・キッド』を思い出しました(笑)。最初は何も説明しないで「これやっとけ」って言われてやる雑用とかが、実は実践のための訓練だったり、大切なことを学ばせるためだったりっていうのが共通しているなと。
波多野貴文監督:
なるほど〜。僕も大好きです!
マイソン:
大人からしたら説明を聞かずに素直にやれって最初は思うけど、説明しないとやっぱり通じていなくて、波平の場合は頭が良いからズルしたりしますよね。どこまで言葉で説明すべきで、どこまで黙って見守るべきか、そのさじ加減は、私が後輩に教える時にもいつもすごく難しいなって思うんです。最初から全部説明したほうが良いのか、体で覚えろみたいにやるのか、時代の変化もありますが、今映画制作の現場ではどうでしょうか?
波多野貴文監督:
そうですね、その辺は山本五十六が残した言葉にある「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」のままだなって。だからとりあえずやってみせて、させてみますが、それをどこまで待てるかは時間との勝負です。最近は作り物は演出部に任せていて、自分ではやらなくなりましたが、演出部にいた時は、自分でやったほうが早いんだけどなと思いながら、後輩がやることをどれだけ待てるかっていう状況がありました。
マイソン:
その辺は、やっぱり自分でやってみて、いろんなことに気付いたほうが良いからですよね?
波多野貴文監督:
英単語の意味とかも聞くだけだと忘れるけど、自分で辞書を引くと覚えるというような、僕は昔からそういうタイプなんです。簡単に手に入るものって大切にできないというか、記憶も大切にできないし、やっぱり届かないものをやって取ったほうが大切にするような気がします。だから簡単に気付けないことを、1から10まで学ぶほうが良いし、言葉だけだとたぶんそのことがわからないんじゃないかなって思います。でもそれに耐えられなかったらしょうがないですよね(笑)。想像ですけど、今の方ってこれになりたいって思ってくる人よりも、生活の手段としてそこを選んでくる人が多いような気がします。だから何か違うなと思ったら辞めちゃう。僕は映画監督になりたいと思って入ったから辞めないだけですが、若い子達は根性がないのではなく、生きるための選択肢のうちの1つという考えなら変えても良いなと思うんです。その辺に感覚の違いがある気がします。
マイソン:
確かにそうですよね。やりたいことだと思って入ったけど、やってみたらそんなに好きじゃなかったとかも絶対にありますよね。
波多野貴文監督:
そうなんですよね。事前にリサーチしてそのギャップをどれだけ埋められるか、それでもギャップはあって、それを越えられるか越えられないかっていうことなんですよね。波平みたいにすぐ「辞めたい」とか言ったとしても、根性がないわけじゃないんです。自分がちゃんと見えれば突き進めんだと思うんです。今作のストーリーは、今の現状にすごく近いと思います。だから仕事は辛いことも苦しいこともあるけれど、それだけじゃないんだよって、もっと楽しいこともあるんだよって、大人が楽しく仕事をしている様が見えると良いなと思いました。なぜ辛そうな部分だけが目に付いちゃうのかは不思議ですけど。
マイソン:
ブラック企業の話とか、最近はスポーツ界のパワハラとか、そういうニュースが多いからなんでしょうかね。
波多野貴文監督:
ニュースではそういうところだけピックアップされるけど、きっと達成感がある時の成功例って、もっとあるじゃないですか。ちょっとした些細なことでも良いんですけど、そういうことってニュースにはならないから、苦しいことばかりが伝わって、楽しいことがなかなか伝わりづらいんですよね。グリーンランド(映画の舞台となっている実在の遊園地)に取材に行った時にも、グリーンランドのスタッフの方って、本当にオズランドの感じなんですよ。本当に楽しそうだったんです。
マイソン:
働いている方自身が楽しんでいるってすごく素敵だし、エンタメの世界なら特に大事にして欲しい部分ですよね。一方でエンタメの世界なので楽しそうに見えるけど、結構地味で大変な仕事もあったりすると思うんですけど、監督はご自身で入りたくてこの業界にいらして、想像と違うと感じたことはありますか?
波多野貴文監督:
さっき話した、スリッパを並べたことですかね(笑)。
マイソン:
ハハハハハ!
波多野貴文監督:
サラリーマンの方とか、国境なき医師団とか、すごくストレスのあるなか仕事をされている時に、息抜きできるものを提供できると良いなと思って、乗り切れた感じです。僕が悩んでいたことは、なんか論点が違ったんだなみたいな。
マイソン:
ご自身がこだわる部分と割り切る部分とが別なところにあったということでしょうか?
波多野貴文監督:
そうなんですよ。自分がこうしているっていうよりは、お客さんがどういう時にこれを観て欲しいかとか、観てもらったらどう思ってくれるかとか、感動してくれたら嬉しいけど感動して欲しいとかではなく、その作品を観ることで一瞬私生活から離れられて、リフレッシュしてもらえたら良いなという、最近はそういう感覚です。
マイソン:
確かに、今作を大人目線で観て、「あなたの気持ちをわかっている人もちゃんといますよ」というようなメッセージを感じて、ホッとできました。で、中村倫也さんが演じる主人公の彼氏が水をバッシャーンって浴びせられるシーンがありましたが、あれも世の中の人の意見を代弁していたところはありますか(笑)?
波多野貴文監督:
どうでしょうか(笑)。彼の理論もありますよね。波平を幸せにしたいっていう気持ちもあったと思うし、でも一回頭を冷やそうみたいなね(笑)。
マイソン:
最初はこの彼氏すごく偉いなと思っていたんですけど、途中で「あれ?」って。あれは女子目線だと、自分の彼女が人として成長するのを素直に受け入れられない男の残念な一面を表しているなと思いました(笑)。
波多野貴文監督:
そうなんですよ。結局学生で付き合っている時は良いけど、社会人になって自分の知らない環境に彼女がいて、それで成長しちゃうというか、違う彼女になり始める時に寂しさを感じて、男ってあんな感じなんですよ、たぶん(笑)。そこで2人の間に距離ができてくるんですよね。まさにおっしゃる通りで、狙い通りです(笑)。
マイソン:
狙い通りに読み取れて嬉しいです(笑)。では最後に、波平のような若い女性にどんなところを一番観て欲しいか、感じ取って欲しいかというところを教えてください。
波多野貴文監督:
大人って楽しいよっていうところを一番観て欲しいです。自分に与えられた環境で、何か自分の楽しみを見つけられたらきっと楽になるし、大人になるとすべてを自分で選べる楽しさがあるっていうところでしょうか。
マイソン:
そうですね。今日はありがとうございました!
2018年8月23日取材&TEXT by Myson
2018年10月26日より全国公開
監督:波多野貴文
出演:波瑠/西島秀俊/岡山天音/深水元基/戸田昌宏/朝倉えりか/久保酎吉/コング桑田/中村倫也/濱田マリ/橋本愛/柄本明
配給:HIGH BROW CINEMA、ファントム・フィルム
22歳の波平久瑠美は、彼氏と同じ超一流ホテルチェーンに就職したものの、系列会社が経営する地方の遊園地グリーンランドに配属されてしまう。最初は渋々働いていた波平だったが、そこで“魔法使い”と呼ばれる風変わりなカリスマ上司の小塚慶彦と個性的な従業員達と出会い、共に苦難を経験しながら日々を過ごすなかで、仕事のやり甲斐を見つけていく。
公式サイト 映画批評&デート向き映画判定
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