2017年8月26日より全国順次公開
スローラーナー、フルモテルモ
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『アレノ』『海辺の生と死』に続く越川道夫監督の長編映画第3作は、孤独な青年と少女の旅路を描くロードムービー。唯一の肉親である父親の自死により生き場所をなくしたタイチと、施設から逃げ出してきた知的障がい者の月子。月子の体に虐待の傷を見たタイチは、彼女を望み通り生家に帰してあげたいと思い、「海の音の聞こえる場所」という月子のたった一つの記憶だけを頼りに二人で旅に出ます。あまりにも理不尽で残酷な現実を生きる若い二人。その姿に胸を締め付けられながら、月子に寄り添おうとするタイチの無垢な優しさや、月子だけに聞こえる音、見える景色は、かつて自分の中にもあったもののように思え、二人をとても愛おしく感じました。寄る辺ない彼らを優しく包むような、名カメラマン山崎裕の柔らかな映像、宇波拓による音楽、森ゆにによる賛美歌「天には栄え(あめにはさかえ)」の歌声に癒されながら、次第にタイチに心を開いていく月子の繊細な描写に胸が震えます。前作『海辺の生と死』では、奄美群島の神々しい自然のなかに、はかない恋の一瞬のきらめきを描いた越川監督。同作のインタビューでは、“土地と登場人物達の親和性”の重要さについて語られていましたが、本作では奥多摩から渋谷、そして最終地点である、福島県双葉郡へとシナリオの順を追って撮影を進め、その土地ごとの風景と共に、そこで聞こえる虫の声、風の音、都会の喧噪、波の音などを映し出していきます。それらの音は、ときに二人を慰め、ときに二人の声を打ち消し、そしてときに二人とは無関係に紡がれる命の営みを感じさせ、本作の味わいを一層深いものにしています。 |
ドキドキのラブストーリーを観て刺激を受けたり、手に汗握るアクションで興奮を味わったり…デート向き映画と言っても、その切り口はさまざまですが、“容易に言葉にしえない感覚や感情を共有すること”も、愛する人と映画を観ることの一つの意義だと思います。2時間ちょっとの時間、月子とタイチの旅を見守った観客達の胸には、静かだけれど深い余韻が残っていることでしょう。この感情はどこから来るのか、何が心の琴線に触れたのか。観賞後に二人でゆっくり語り合ってみるのも、ステキな時間の過ごし方ではないでしょうか。W主演を務めた三浦透子と井之脇海のピュアな存在感も素晴らしく、いつか二人が演じる熱いラブストーリーも観てみたいと思いました。 |
ほとんどの子どもは、社会に出るまで親の庇護のもとにいて、自分の非力を顧みることすらありません。社会に出てからゆっくり大人になることを許されるのは、実はとても幸せなことだと、本作を観て自分自身を振り返りました。突然世間に放り出されてしまった月子とタイチは、社会的にはあまりにも無力で頼りない存在です。そんな彼らが少しずつ歩み寄り、“ひとりぼっち”から、“ふたりぼっち”になっていく姿は、切なくも温かく胸を打ちます。小さいお子さん向きではありませんが、中学生以上なら月子やタイチの気持ちに自分を重ねて観ることができる作品だと思います。 |
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2017.8.16 TEXT by min