分離壁に囲まれたパレスチナの今を描いた『オマールの壁』の主演アダム・バクリさんにインタビューさせて頂きました。パレスチナ問題という社会的なテーマを扱う一方で、主人公オマールと周囲の人達の心の葛藤には共感できるところも多かった本作。今回アダムさんには、信頼関係の築き方や、役づくりについて聞いてみました!
PROFILE
1988年イスラエル、ヤッファ生まれのパレスチナ人。父親は俳優で映画監督のモハマッド・バクリで、2人の兄も俳優だったため、自然と俳優の道を志すようになる。テルアヴィヴ大学に入学し、英語と演劇を専攻し、ニューヨークのリー・ストラスバーグ劇場研究所で演技のメソッドを学ぶ。その後、本作のキャスティング・ディレクターにオーディション・テープを送り、イスラエルで演技テストを何度もした後に本作の主演に抜擢され、長編映画デビューを果たす。現在はニューヨークを拠点に活動中で、第一次世界大戦のアゼルバイジャンを舞台にしたアジフ・カパディア監督の新作“Ali and Nino”で、主演を飾る。
シャミ:
本作ではオマールが壁を越えるシーンが何度もあり、パレスチナには実際に分離壁があるということですが、アダムさんご自身はあの壁をどう捉えていましたか?
アダム・バクリさん:
あの壁は、パレスチナの葛藤の歴史を日常的に思い出させる象徴だと思うんです。僕は今回の撮影で初めて分離壁の側に行ったのですが、見上げると太陽が隠れてしまいそうなくらい大きく、壁がパレスチナの歴史を語っているように思えて、ものすごく感情が動かされました。だからこの映画でも同じように壁が、パレスチナの歴史を象徴して存在していると感じていました。
シャミ:
オマールは秘密警察に脅されたり、誰を信じて良いのかわからなくなり、かなり心に葛藤があるキャラクターでしたが、演じていて一番難しかったところはどんなところですか?
アダム・バクリさん:
肉体的に大変だったのは後半の壁から落ちるシーンで、僕にとってはかなりの挑戦でした。感情の部分では、とにかく脚本をしっかり読み込んで、なぜオマールがそういうことをするのか?と、一つ一つ行動の動機を理解しようと思いました。そして自分のなかに、徹底して彼の動機を落とし込んでいきました。
シャミ:
オマールは秘密警察に捕まったことから、信頼していた恋人や友人まで疑わなくてはいけない状況になってしまいました。アダムさんご自身は誰かと信頼関係を築くときに大切にしていることは何かありますか?
アダム・バクリさん:
普通、信頼関係というのは、誰かと出会っていきなりできるものではなく、ある程度継続的に付き合っていくなかで信頼関係が築かれていくものだと思います。だけど僕の場合、実はわりとすぐに信じてしまうほうなんです(笑)。周りから「お前は、何でそんなにすぐ信じるんだよ」とよく言われることがありますが、なぜ信じてはいけないのでしょうか?人に対して疑いを持っていると、いつも心配しなければならないので、だったら人を信頼して幸せになれば良いんです。僕は人間のなかにある善の部分をすごく信じているのですが、それはオマールと共通する部分だと思います。彼はすごく正直で、相手のなかに誠実さを見る人で、だからこそ余計に悩んで苦しかったんだと思います。
シャミ:
オマールの誠実さがあるからこそ周囲の人の腹黒さが際立って見えて、ムカつくなと思いました(笑)。
アダム・バクリさん:
そうですよね(笑)!オマールは大人ですが、すごく無垢なところがあるので、客観的に観ていると「どうして彼にそんなことするの?」って思うシーンが結構ありますよね。
シャミ:
本当にそうでした(笑)。ところで、オマールはナディアとよく手紙のやり取りをしていましたが、アダムさんご自身は普段女性に手紙を書くことはありますか?もし手紙以外で、女性にアプローチするときに効果的だと思う方法があれば教えてください。
アダム・バクリさん:
アハハハハ!おもしろい質問ですね。実は高校のときに初めて付き合った彼女と手紙のやり取りをしたことがあります。その話を友達にするとよく「古くさくない?」って言われるのですが(笑)、僕は手紙のやり取りってすごく美しいと思うんですよ。でも手紙を渡したのはその当時の彼女だけで、大抵はまず花をあげるところから始めます。これも古いやり方だと思いますよね(笑)?
シャミ:
そんなことないですよ!女子としては、手紙も花ももらえたらすごく嬉しいと思います。例えば、同じ言葉でも携帯のメールなのか、直筆の手紙なのかで全く受け取り方が変わりますし、手紙は手元に残るものという点も良いですよね。
アダム・バクリさん:
僕も手紙ってすごく特別なものがあると思うんですよ。本だって、プリントされたものとタブレットで読むのとは大きく違いますからね。匂いとか触った感じとか何か特別なものがあると思います。
シャミ:
映画のなかでは、手紙のやり取りをしている様子は映っていましたが、書いてある内容までは映っていませんでしたよね。それがまた2人だけの秘密のように見えてロマンチックだなと思いました。
アダム・バクリさん:
すごく賢い撮り方でしたよね。監督から聞いた話なのですが、ある女優さんがこの作品を自分の子どもと観てくださって、そしたら子どもが「お母さん、僕もガールフレンドに手紙を書いたら良いかな?」って聞いて、お母さんは「良いんじゃない。どんどん書きなさい!」って言ったそうなんです。そんな小さな子まで手紙のやり取りに触発されてしまったのでビックリしました(笑)。
シャミ:
デジタル社会の現代っ子が、アナログに触発されるってなんだか嬉しいですね!
…と盛り上がっていたら、インタビューを終えた後になんとアダムさんがその場にあった花を一輪くださるというサービスが!!これにはすっかり心奪われてしまいました(笑)。現在アダムさんは、ニューヨークを拠点に活動されているそうですが、今後もさらなる活躍に期待大です。まずはぜひ本作をご覧ください。
2016年4月15日取材&TEXT by Shamy
2016年4月16日より全国順次公開中
監督・脚本・製作:ハニ・アブ・アサド
出演:アダム・バクリ/ワリード・ズエイター/リーム・リューバニ
配給:アップリンク
長く占領状態が続き人権も自由もないパレスチナで暮らすオマールは、イスラエル兵からの銃弾を避けながら分離壁をよじ登り、壁の向こう側に住む恋人ナディアと幼馴染みのもとに通っていた。そんなある日、オマールはイスラエル兵から不当な扱いをされ、仲間と共にイスラエル軍への襲撃を実行する。その数日後、オマールは秘密警察に捕えられてしまい、一生囚われの身になるか仲間を裏切ってスパイになるかの選択を迫られる。