“アルゼンチン・タンゴ”に革命を起こした伝説のタンゴダンサー、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペス。2人のタンゴへの情熱、そして知られざる愛憎劇を映し出したドキュメンタリー映画『ラスト・タンゴ』。今回は、そのヘルマン・クラル監督にお話を伺いました。ご自身もタンゴ好きという監督に、未だ冷戦状態が続くマリアとフアンにどう出演オファーをしたのか、2人に共感した点についてなど聞いてみました!
PROFILE
1968年、ブエノスアイレス生まれ。1991年にドイツに渡り、ミュンヘンテレビ映画大学で映画を専攻。1993〜96年にヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリンのリュミエール』に参加。卒業制作の『不在の心象』はアドルフ・グリンメ賞にノミネートされ、日本の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞したほか、バイエルン映画祭にて若手ドキュメンタリー賞を受賞した。2004年『ミュージック・クバーナ』は、ベネチア国際映画祭でワールドプレミア上映され、さらに世界中で公開。2009年、ドイツ、アルゼンチン、日本共同製作となった『EL ÚLTIMO APLAUSO』は、ミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭でバイエルン州映画映像基金のドキュメンタリータレント賞、およびミュンヘン市の新人映画賞を受賞した。
シャミ:
本作は、マリアさんとフアンさんのタンゴ人生が語られると共に、2人の愛や葛藤が描かれていましたが、2人が愛し合っているときも憎しみ合っているときもペアとして踊っていたということは、アルゼンチンでは有名なことなのでしょうか?
ヘルマン・クラル監督:
アルゼンチン・タンゴの世界では、2人とも本当に語られる存在なので、映画を撮る前から知っていました。彼らが恋愛関係にあって仲違いをしていたとき、一緒にダンスをしなくなったという事実は皆さん知っていたようです。でも、それ以降20年会っていなかったということも含めて、どういうきっかけでそうなったのかは知らなかったと思います。
シャミ:
監督がこの2人のドキュメンタリーを撮ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
ヘルマン・クラル監督:
『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を観たのがきっかけです。『Pina/ピナ〜』を観た後に、ブエノスアイレス中のタンゴダンサーを集めた映画を作ったらどうだろうというアイデアが浮かびました。マリアとフアンに関しては、あまりにも有名だったので、そのときは映画の出演なんて不可能に近いと思っていて考えてもいませんでした。それからしばらくして、マリアに会うことができたんです。彼女の話を30秒聞いて、すぐにこれは映画になると思いました。彼女は本当に知的で感受性が豊かで、すごく魅力が溢れている人なんです。だからすぐに引き込まれてしまいました。
シャミ:
女子としては、やはり2人のラブストーリーの部分が気になりました。冒頭と最後のシーンで2人が向き合ってポーズをとるシーンがありましたが、あのシーンは本作のために撮ったものですか?
ヘルマン・クラル監督:
そうです、この映画のために撮りました。あのシーンは、この映画で一番大変なシーンだったと思います。2人は1997年にコンビを解消し、それ以降本当に特別なタイミングを除いて、一緒に踊ることはほとんどありませんでした。だから今回まさかフアンとマリアが共演するとは誰も想像していませんでした。
シャミ:
あのシーンを観ていて、現在のお二人の関係も気になったのですが、お二人とも抵抗なく承諾されたんですか?
ヘルマン・クラル監督:
そこにもおもしろい話があるんですよ。まず僕はマリアに会いに行き、共演について話しました。彼女は「良いですよ、やりましょう」と承諾してくれ、「もしお望みであればフアンと踊っても良いわよ」と言ってくれました。その後に、フアンに会いに行きました。そしたら彼は、「映画には参加しましょう。でもマリアと同じセットには立ちたくない」と返され、さらに「別々に撮ったものを後で編集して一緒にできますよね?」と言われ、仕方なく僕は「それでも良いです」と話しました。そうして映画の準備を進めていったわけですが、途中でフアンが、「僕は、この映画に参加しない」と言い始め、フアンだけかマリアだけの映画にして欲しいと言われました。でもその時点で、映画の製作は既に止められない状態だったんです。だから、フアンが参加しないという前提で進めていきました。でも数ヶ月後、ありがたいことにフアンの気が変わり「参加する」と決めてくれたんです。
シャミ:
2人の共演シーンに限らず、映画自体に参加するのかしないのかというところから大変だったんですね。
ヘルマン・クラル監督:
2人の関係は、愛も憎しみもたくさんあり過ぎて、本当に複雑なんです。僕はずっと時限爆弾の上に座らされているような感覚でした(笑)。
シャミ:
かなり怖い状態ですね(苦笑)。
ヘルマン・クラル監督:
本当ですよ(笑)!でも2人についての映画を撮ることが困難であればあるほど、おもしろい映画になるという確信がありました。もしこの2人がずっと仲が良くて、一緒にコーヒーを飲み合う関係だったとすれば、映画を観る興味が失われてしまう可能性もあったと思います。むしろ危険を伴わずにおもしろい映画を撮ることの方が難しいんです。
シャミ:
同じ女性としてはやはりマリアさん視点で観る部分が多く、マリアさんは、タンゴの世界で成功したものの女性としての人生は思うようにいかなかった印象でした。監督はマリアさんに実際お会いしてみてどんな印象でしたか?
ヘルマン・クラル監督:
彼女は子どもの頃からとても厳しい人生を送っていたようです。非常に貧しい家庭で育ち、父は母に暴力をふるうこともありました。それが彼女の最初の人生です。11歳になると掃除の仕事を始め、お金を得るために戦い、その後14歳でフアンと出会いますが、ファンにはいつもたくさん女性がいて大変な思いをしました。恋愛関係において彼女はたくさん苦しんだと思います。でも犠牲者ではないんです。彼女はいつも強いし、彼女自身すごく困難な人間だったと言えます。フアンとの人生が難しくなってしまったのには、マリアの厳しさにも原因があると思います。でもそうやって苦しみながらも、彼女はその経験をアーティストとしての糧にすることができたんです。彼女自身、「厳しい人生だったけど、私にとっては良かったし、とても幸せでした」と話していました。
シャミ:
マリアさんはすごくパワフルで、これぞアーティストという感じがしました。監督は、マリアさんやファンさんに共感できる部分はありますか?
ヘルマン・クラル監督:
ファンと別れたことによって、マリアがアーティストとして新しく生まれ変わったという感覚はすごくわかります。人生とはそういうものです。我々の人生には、深い穴に落ち、落ち込んだり悲しみに暮れるときが誰でもあると思うんです。そうした人生の厳しい瞬間を経験しながらも、ちゃんとそこから這い上がることができると、全く新しいビジョンが目の前に広がるんです。またマリア自身に、そういう生まれ変わる瞬間があったからこそ、こうして彼女の人生を語られるに値するものになったと思います。
2015年10月16日取材&TEXT by Shamy
2016年7月9日より全国公開
監督:ヘルマン・クラル
出演:マリア・ニエベス/フアン・カルロス・コペス/パブロ・べロン/アレハンドラ・グティ/フアン・マリシア/アジェレン・アルバレス・ミニョ
配給:アルバトロス・フィルム
アルゼンチン・タンゴに革命を起こした伝説のタンゴダンサー、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペスは、14歳と17歳で出会い、50年近く踊り続け、世界に名声を轟かせた名コンビ。しかし、名声の裏では幾度となく愛、裏切り、和解が繰り広げられていた。1997年にコンビが解消されて以来、対面すら避けていた2人だったが、後継者となる若きタンゴダンサーに波乱万丈の人生とタンゴへの愛を語り始めた。
© WDR / Lailaps Pictures / Schubert International Film / German Kral Filmproduktion