愛する人を亡くした喪失感と心の再生を描く台湾映画、『百日告別』。深い悲しみや行き場のない感情を美しく繊細な映像と音楽で抱擁し、観る者に癒しと希望を与えてくれる本作のトム・リン監督にインタビューをしました。リン監督の実体験をベースに描いたという本作への思いや、映画製作についてのこだわりなどを伺いました。
PROFILE
1976年台湾生まれ。世新大学で映画を学んだ後にカリフォルニア芸術大学院に留学。その後はチェン・ウェンタンやツァイ・ミンリャンの助監督を務めながら短編映画を製作し、2005年の短編作品『海岸巡視兵』が国内の映画賞を多数受賞。長編監督デビュー作の『九月に降る風』(2008)が第21回東京国際映画祭で上映されて話題を呼び、日本で劇場公開となる。2012年には『星空』が第9回大阪アジアン映画祭の特別招待作品部門にて上映される。本作は第28回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で上映されて反響を呼び、この度、日本で劇場公開を迎える。
ミン:
シンミンとユーウェイの深い喪失感が、彼らの周囲の人々との些細な会話や、かすかな出来事への反応から痛いほどに伝わってきました。言葉では説明できない感情や感覚を観客と共有するために、リン監督が気を配ったこととは何でしょうか。
トム・リン監督:
人はやり場のない感情に出会ったときに「この感情は誰にも理解できない」という言葉を使いますよね。本作では、そんな“感覚的な思い”にフォーカスして、同じ経験をもつ人にはもちろん、それ以外の人にもシンミンとユーウェイの気持ちが伝わるようにしたいと思いました。僕の経験では、最愛の人を失ったときは内面がとてもデリケートになり、些細な出来事にも必死で意味を見出そうとします。喪失感を表現する際に、僕はそこを切り口にしてシンミンとユーウェイの感情のディテールを描いていこうと思いました。もう一つは、映画を撮る手法として、できるだけ映像を通して語りかけるようにしています。すべてをセリフで説明するというやり方が好きではないし、観客というのは受け身で映画を観ると、実は内容をよく覚えていないことが多いんです。観客自身が考える余白を残すことで、主観的に映画を観ることができ、印象に残る映画になるのではないかと思います。
ミン:
おっしゃるように、セリフにない部分も含め、ほんとうに繊細な脚本です。喪失感を抱えた主人公達と周りの人々の温度差や、彼らが日常生活を送りながらも、どこか非日常を生きているような感覚でいることが、彼らが交わす会話や行動の節々から伝わってきました。
トム・リン監督:
ありがとうございます。でもディテールに気を配るというのは、実は特別なことでも難しいことでもないと思うのです。例えば、新しく好きな人ができた時のことを思い浮かべてください。相手のちょっとした動きや仕草にも敏感になりますよね。今、自分の方をチラッと見たとか、自分の横を通り過ぎるときのスピードが速かったとか、遅かったとか。こういう感情はきっと誰にでもあって、誰もが繊細な気持ちや行動に気を配れると思うのです。ドラマティックな要素というのは、日常生活のディテールに潜んでいるのだと思います。
ミン:
日本でも近年の地震や災害で多くの人が突然亡くなり、愛する人を失った人のなかには、まだ精神的に“百日”から抜け出せていない人もいると思います。本作は、そうした人々があらためて悲しみに向き合い、幸せだった日々をしっかりと心に刻み、新たな一歩を踏み出すきっかけをくれる作品だと思うのです。リン監督自身も、本作を製作する過程で同じように心を整理されたのではないでしょうか。
トム・リン監督:
そうですね。本作の重要なモチーフとして描いたのが “百日告別”ですが、これは愛する人の死を、自分の心に迎え入れるためのセレモニーですよね。僕自身は、人生の節目にセレモニーを行うことはすごく重要だと思っています。それは、自分の人生において「この日は大事な日ですよ」「これは大事なことですよ」とリマインドする行為だと思うんですよね。例えば、本作ではシンミンがハネムーンに一人で旅立ち、一方、ユーウェイは妻のピアノ教室の生徒に月謝を返しに行きます。こうした行動も、彼らにとっては告別のセレモニーなのだと思うんです。僕の妻は映画人で、僕が映画を撮り続けることを望んでいましたから、この作品を完成させることは、僕にとって妻の死を受け入れるための一つのセレモニーだったと言えます。
ミン:
辛いご経験でもあったと思いますが、率直にお話ししていただいたことに感謝します。そうしたセレモニーを通して、リン監督自身はどういった心の変化を遂げられたのでしょうか。
トム・リン監督:
自分にとっての相手や物事の重要性をはっきりと認識し、何のためにそのセレモニーを行っているのかを自分自身がきちんと理解して、その感情を敬虔に受け入れることができたときに、次への一歩を力強く踏み出すことができるのだと思います。僕自身はそんな心の葛藤や変化を本作の製作過程で経験しました。
ミン:
本作の映像や音楽の美しさは、深い悲しみを包み込むような優しさと、死と対峙したときに浮かび上がる生の輝きを感じさせます。本作では衣装やインテリアに“白”を多用しているのが印象的で、“白”という色からは光、純粋さ、優しさというようなイメージを受けたのですが、監督は意図的にこの色にこだわられたのですか?
トム・リン監督:
いえ、こだわりというよりも、直感というか僕の美学的な部分で描きました。愛する人との思い出のシーンを再現するときに、暖かく純潔で、美しい情景が浮かんできて、そのイメージを作り上げた結果、映像的に白が強調されたという感じでしょうか。
ミン:
そうだったのですね。では、監督ご自身が特に印象に残っているシーンはありますか?
トム・リン監督:
すべてのシーンに思い入れがありますが、一つ挙げるならば、シンミンが自殺を図ろうとしたシーンですね。結局は未遂に終わりますが、そんな深刻な心境でいるシンミンの部屋に不動産屋が客を連れて内見にきて、淡々と部屋の中を案内していきます。残酷なシーンでもありますが、とてもリアルな場面でもあります。いくら悲しくても、世の中は自分の悲しみとは関係なく動いていくんです。辛辣ですが、このシーンはとても気に入っています。
ミン:
カリーナ・ラムさんとシー・チンハンさんの演技がとても素晴らしかったですが、キャスティングはどのように決められたのですか?
トム・リン監督:
脚本を書いている最中は役者のことは考えないのですが、書き終わると「あ、この役はこの人だな!」と直感的に思うんです。2人に関しては、今回もまさに直感で選びました。
ミン:
そうなんですね!最後の質問ですが、リン監督はこの映画の先には、シンミンとユーウェイの人生が大きく触れ合っていく未来もあると思いますか?
トム・リン監督:
良い質問です。もし、将来この2人が近づいていくとなれば、それは続編でのことになります。実は、カリーナとストーン(シー・チンハン)と3人で集まると、いつも冗談交じりに話しているんです。ユーウェイは旅行代理店に勤めているから、数年後に2人が海外で再会したりしてね…とか。そういうことも有りうるかもねって(笑)。
ミン:
うわぁ!実現したら最高です。期待して待っていますので、ぜひ前向きにご検討ください(笑)!
2017年1月16日取材&TEXT by min
2017年2月25日より全国順次公開
監督・脚本:トム・リン
出演:カリーナ・ラム/シー・チンハン/チャン・シューハオ/アリス・クー/マー・ジーシアン
配給:パンドラ
交通事故により、妻と間もなく生まれるはずだった子どもを失ったユーウェイ。そして、結婚間近の婚約者を亡くしたシンミン。合同葬儀の場で初めて互いの存在を知った二人は、共に出口のない悲しみから抜け出せずにいた。大きな喪失感と深い悲しみのなか、ユーウェイはピアノ教師だった妻の生徒の家を尋ね歩き、シンミンは新婚旅行に行くはずだった沖縄へと旅立つが…。
©2015 Atom Cinema Taipei Postproduction Corp. B'in Music International Ltd. All Rights Reserved