2歳で突然言葉を話さなくなり、自閉症と診断された少年オーウェン。そんな彼が大好きなディズニー・アニメーションの世界を通じて徐々に言葉を取り戻し、障がいを抱えながらも前向きに社会と関わり、やがて自立するまでに成長していく姿を描く『ぼくと魔法の言葉たち』。2016年のサンダンス映画祭で喝采を受け、第89回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞にもノミネートされた本作のロジャー・ロス・ウィリアムズ監督にインタビューしました。ディズニー社のスタッフも感動し、異例の映像使用許諾が出されたという本作の魅力や、興味深い撮影の裏側にも迫りました。
PROFILE
ロジャー・ロス・ウィリアムズは1973年生まれ。大学卒業後はTVプロデューサーや演出家として15年以上にわたりキャリアを積み、マイケル・ムーアがホストの人気TVシリーズ“TV nation”のプロデューサーなども務める。映画初監督作品の“Music by Prudence(原題)”(2010)では、障がいを持つシンガー、プルーデンスが貧困や人種差別に立ち向かいながら真摯に音楽に取り組む姿を描き、アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞。アフリカ系アメリカ人監督初のアカデミー賞受賞者となった。2013年にはアメリカのキリスト教福音派の伝道師達がウガンダで行う布教活動の内実に迫った長編ドキュメンタリー映画“GOD LOVES UGANDA(原題)”を監督し、60以上の各国映画祭に招かれる。続いて、ブラック・ピートと呼ばれるオランダの伝統を追った“Blackface(原題)”(2015)がプレミア上映されると大きな波紋を呼び、人種差別と奴隷制度についての国民的議論に拍車をかけた。現在は、インタラクティブ・メディア・プロジェクトの“Traveling While Black”や、米国で大きな社会問題となっている獄産複合体(プリズン・インダストリアル・コンプレックス)についての長編ドキュメンタリーなど、いくつかのプロジェクトを進行しながら、サンダンス・インスティテュートのアラムナイ顧問委員として、発展途上国やマイノリティの映画監督達に、困難をアートに変えていく手法を指導している。
ミン:
オーウェン自身は本作をご覧になりましたか?
ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督:
はい、何度も!映画祭などに一緒に登壇することも多いのですが、その度にオーウェンは上映を観てくれます。初めて彼が作品を観たときはまだ仮編集の段階でしたが、観終わった瞬間に駆け寄ってきて、「これ、本当に大好き!」と言って僕に抱きついたんです。彼の家族であるサスカインド家の皆さんも、本作を観てとても感動してくれました。
ミン:
そうなんですね!オーウェンは本作のどんなシーンを特に気に入っていましたか?
ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督:
やはりアニメーションの部分をすごく気に入ってくれました。彼自身が創り上げた世界がスクリーンの中で動いていることを、とても喜んでいましたね。でも、失恋したシーンや自分が不幸になるシーンは目を覆ったりもしていました。今ではそのシーンになるとさっと席を外して、場面が変わる頃に戻ってきます(笑)。彼は自分の気持ちや感じていることを素直に口にするのですが、舞台挨拶では「彼女募集中です。ボストン近郊に住んでいるディズニー好きの女性を知っていたら、僕に教えてください!」と言ったりもするんですよ(笑)。
ミン:
撮影中、オーウェンとのコミュニケーションのなかで、特に気を付けたことはありますか?
ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督:
彼は全く嘘がつけませんし、嘘というコンセプト自体を理解していません。例えば、扉を開けて彼が入ってくるというカットを撮り損なったとき「もう一回お願いします」と言っても、彼は「なぜ、もう一回撮るの?」と聞いてきます。撮り直しなどをしないように、何事も初めからきちんと撮影するということは大切にしていましたね。
ミン:
製作の初期段階でディズニー社に映像使用の許諾を取られたそうですね。とてもスムーズに交渉が進んだと伺いましたが、どのようにアプローチをしたのでしょうか?
ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督:
まずは実写部門のトップの方にお願いをして、アニメーション部門や法務、マーケティングといった各部門のトップを集めていただき、プレゼンする機会を作って貰いました。そこで、オーウェンが大学で主催する“ディズニー・クラブ”のシーンや、家族が撮ったホームビデオの映像、オーウェンとエミリーの恋愛模様といった、それまでに撮っていた映像を観て貰いました。その上で、この映画をどういった作品にしていくか、視覚的にその過程を体験できるようなプレゼンをしました。
ミン:
プレゼンの場でのディズニー社の方々の反応は、どういったものでしたか?
ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督:
ひと通りの説明を終えて部屋の照明を明るくすると、ほぼ全員が目に涙を浮かべていました。ディズニー作品が文化的に大きな役割を果たしていることは普段から感じていたと思いますが、人の人生をこんなにも変えることができるのだと実感されて、「好きにやっていいよ」と太鼓判を押してくださいました。僕にとっても、彼らにとっても、本作がインディペンデント映画であることが重要でしたので、ラフカットを一度確認しただけで、編集に関しては一切口を挟むこともなく、通常のライセンス料を支払うことのみで映像を使用させてもらいました。そのような対応をしてくれたのは、自分達の仕事に大きな誇りを感じてくれたからだと思います。
ミン:
聞いているだけで、鳥肌が立つような感動的なお話です。
ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督:
さらに感動的なのは、オーウェンが今ではディズニーの名だたるクリエイター達と、とても仲が良いことです。オーウェンは彼らの作品のスーパーファンとして深い洞察をもっているので、クリエイター達も彼の話を聞いて「なるほど!そういう風に読み解けるのか!」と、とても刺激を受けているようです。
ミン:
今回の来日で、ウィリアムズ監督は東京未来大学が運営する発達障がい児の学習支援塾、“こどもみらい園”を訪問されて子ども達と交流したほか、教員や保護者の方々と自閉症を含む発達障がい児の教育や就労について日米の立場から話し合われたそうですね。そこで感じた日米の教育の違いや、お互いに取り入れたほうが良いと思ったところなどがあればお聞かせください。
ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督:
1つの教育機関にしか行っていないので、日本全体の障がい児教育を語ることはできないけれど、“こどもみらい園”の施設や取り組みには感心させられました。なかでも、子どもが情熱を感じることを見付け、背中を押してあげるという方針は素晴らしかったです。さらに、保護者の方が本気で子どもと向き合っている姿には、サスカインド家と同じ献身的な愛情を感じました。僕は、本作を“子育てのマスタークラス”と呼んでいるんです。両親が深い愛をもって息子と繋がり、何ものにも止められない絆を発揮している姿を描いた映画だと思っています。それと同じ種類の愛情を“こどもみらい園”に関わる人々にも感じました。ただ、唯一思ったのは、もしかすると、日本では障がい児についてのサポートやサービスはまだまだこれからなのかも知れないなということです。例えば、アメリカには“オーティズム・スピークス*”などの支援団体がありますが、日本ではご家族やコミュニティーがディスカッションできるような場や、ネットワークがまだ少ないのではないでしょうか。とはいえ、アメリカもトランプ政権に代わって“オバマケア”がなくなり、特に、自閉症の子どもを抱えた貧困家庭にとっては、どんどん生活事情は悪くなっていくでしょう。こうした政権下で、今後は日本の障がい児ケアが進むにつれて、アメリカをリードするようになっていくのではないでしょうか。
*オーティズム・スピークス=アメリカ最大の自閉症当事者団体
2017年2月23日取材&TEXT by min
2017年4月8日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督:ロジャー・ロス・ウィリアムズ
出演:オーウェン・サスカインド/ロン・サスカインド/コーネリア・サスカインド/ウォルト・サスカインド
配給:トランスフォーマー
サスカインド家の次男オーウェンは2歳で言葉を話さなくなり自閉症と診断される。一度は絶望する家族だったが、ある日、父親のロンはオーウェンが口にするモゴモゴとした言葉がディズニー・アニメ−ション『リトル・マーメイド』に登場するセリフだと気付き、自分もディズニー・キャラクターになりきって話しかけると、オーウェンは魔法のように言葉を返した…!
自閉症により孤独の世界に閉じ込められた少年が、大好きなディズニー・アニメーションを通じて外の世界とのコミュニケーションを取り戻し、独り立ちするまでに成長していく姿を、明るくユーモアたっぷりに描いた感動のドキュメンタリー。
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