“90歳からの詩人”柴田トヨのベストセラー詩集を映画化した『くじけないで』。今回は、深川栄洋監督にお話を聞きました。トヨの子ども時代から90代までという長い年月を描いた本作では、幼少期を芦田愛菜、30代〜40代を檀れい、主演の八千草薫は50代後半から100歳近くまでを演じています。本作を含め、女性を主人公にした映画を多数手掛けてきた深川監督は女性という生き物をどう見ているのでしょうか?
1976年生まれ、千葉県出身。在学中から自主映画を撮り始め、1997年に16ミリ短篇『全力ボンバイエ』が第2回水戸短編映像祭水戸市長賞などを受賞。その後、1999年『ジャイアントナキムシ』、2000年に『自転車とハイヒール』が2年連続でPFFアワードに入選し、2004年にオムニバス映画『自転少年』で商業監督デビューを果たす。2009年に手掛けた初のメジャー作品『60歳のラブレター』が大ヒットし、その後も話題作を次々と世に送り出している。これまでの監督作は『狼少女』『真木栗ノ穴』『半分の月がのぼる空』『白夜行』『洋菓子店コアンドル』『神様のカルテ』『ガール』『神様のカルテ2』など。
2014年5月2日DVDリリース
監督・脚本:深川栄洋
出演:八千草薫/武田鉄矢/伊藤蘭/檀れい/芦田愛菜/上地雄輔/ピエール瀧/鈴木瑞穂/尾上寛之/黒木華/橋本じゅん
発売・販売:松竹
夫に先立たれ、一人暮らしをしているトヨは、白内障の手術を受けてから気持ちが弱ってしまった様子。そんな母を心配し、一人息子の健一は詩を書くことを勧め、トヨは幼い頃に奉公に出たこと、その後も続いたいろいろな苦労、夫の貞吉と築いた家庭の幸せなどを振り返りつつ、今の日常のできごとなども詩に書いていくのだった。
公式サイト 映画批評&デート向き映画判定
©2013「くじけないで」製作委員会
マイソン:
監督のこれまでの作品も女性が主人公の作品が多いですが、女性を描く際に普段から人間ウォッチングをしたりしているんですか?
深川監督:
僕は今までの人生のなかで女性から教わることがとても多かったと思います。母親から人に対する向き合い方とかそういうものを教わり、仕事以外のことはお付き合いさせて頂いた方などから多くを教わりました。映画と触れ合ったのも高校三年生のときに付き合っていた女の子がきっかけです。彼女が単館映画を好きで、それまで映画を観なかった僕はその子に好きになってもらいたくて、先周りして映画を観るようになって。なので、身近な人の言葉とか、あのときこう言われてドキッとしたなということを映画のモチーフにすることが多いし、この映画にも多く投影しています。女性に気づかされたことをおもしろ可笑しく映画にしてっていう感覚はずっとあります。
マイソン:
女性と男性を描くときに大きく違う点はありますか?
深川監督:
例えば男性を描くときは、女の人と目が合った瞬間に理由を付けなくても恋愛のシチュエーションが作れると思います。逆に女性を描くときは、何がきっかけでこの男性を好きになったのかを順序立てて、男性よりも説明しないと女性が恋愛映画として納得するところまで落としていけないと思います。女性が男性のことを好きだという状態を見せていくには、いろいろな説明が必要です。男性が女性を好きっていうのは一瞬で作れるんですけどね。
マイソン:
それは本能の違いなんですかね?
深川監督:
ん〜、そうですね。それか僕がまだ女性に対して臆病で神経質に考えすぎて作っているのかも知れませんけどね。
マイソン:
今のお話を聞いてすごく納得というか、女性はトーキョー女子映画部の座談会とかでも、映画のなかで恋愛の展開がすごく早いと「あんなにすぐ好きになれるなんて思えない」という意見も出るので、まさにそうだなって思いました(笑)。
深川監督:映画をよく観てくださるのは女性の方が多いと思うんですけど、女性のなかのあるターゲットを掴みにいくと、逆に逃がしてしまうターゲットも多くて、とても難しいんですよね。男性はあるところを掴めばだいたいカバーできるんですけど、女性に関してはまだまだあと30年くらい映画を作っていても悩んでいるんだろうなって思います。
マイソン:それだけ女性はおもしろいってことですか?誘導尋問みたいですいません(笑)。
深川監督:とてもおもしろいと思います(笑)。
深川監督:
特にここ10〜20年の女性の社会進出を考えると、これからの数十年でもっと変わるだろうし、女性はとてもおもしろい観察対象でもありますね。フランスやイタリアの女性は「40歳を越えてからが女だ」っていう感じがあり、とても美しいなと思って憧れるんですが、日本では男性が好む女性像の年齢が低いので、そのギャップがどんどん広がっていくような気がします。そこに結婚ができない男女のひずみがあるんじゃないかなって思っていて、それを映画にしてみたいなって思いました。
マイソン:
なるほど〜。なんか熟女ブームとか言われていますけど本当かなって思っちゃいますね(笑)。
深川監督:
テレビとかがおもしろおかしく作ってブームに思えるのかも知れませんが、アジアの多くの男性は幼い女性に興味がいくし、一方で女性はファッションのモードからいくとヨーロッパの方に価値観が流れていっているし、その乖離が激しくなっていくのを一度映画にしてみたいなとずっと思っています。
マイソン:
ぜひ作って頂きたいです!
深川監督:
そうですね。そのときに誰が観に行くのかって感じなんですけど(笑)。
マイソン:
でもその解釈がちょっと少子化問題に繋がったりとかもしそうですよね。結婚する価値観が男女でズレているっていう話ですもんね。
深川監督:
僕らの周りで働く女性に話を聞くと、映画に関係している女性ってわりと安定的な方が多いので、日本国内の男性よりも韓国とか台湾とかそういう男性の方が合うんじゃないかって言うんですね。海外に出てらっしゃる女性陣は、日本の男子はやっぱり草食系が多くておもしろくないって言っていました。
マイソン:
日本の男子たちの危機ですね(笑)!
マイソン:
「90歳から見た風景を描く」と決めて本作を撮られたそうですが、一番難しかったシーンはどこでしょうか?
深川監督:
僕は家に祖母もいて7人家族だったので、老いていく祖母の動きを子どもの頃から見ていましたが、八千草さんは80代でも山歩きをよくされていて、女優さんだし凛とされているんですね。そんな八千草さんからして、始めは93歳から96歳を演じていくということが体感としてわからないとおっしゃっていました。若い人を演じることはよくあると思うのでその感覚はすごく早いんですが、「私は93歳にどうやってなったら良いのか?」ということに一番時間がかかりました。そのシーンは夜寝ていると風の音がして「健一が来たのかな」と思って玄関に行こうとするけれどすぐに立てなくて手で物をつたって歩いていくところです。あの1カットに一番時間がかかりましたが、ここを撮った次の日に八千草さんが「わかった気がする」とおっしゃいました。八千草さんが演じるシーンは“何も起こらない日常”なので、「私はただ歩いたり、悩んでいたりとかってことしかないので、何を撮ってらっしゃるのかがわからくて」とおっしゃっていましたが、僕は「それで良いんです。みんないろいろと苦しむのがわかる人たちがいますから、ただぼんやり生きていきましょう」って言うと、「わかりました」と。そのやり取りはとてもおもしろかったし、八千草さんとのお仕事はとても楽しかったです。
マイソン:
あのシーンを観て、高齢になるとあんなに大変なのかとすごく感じましたね。
深川監督:
そうですよね。それが私の祖母の姿だったので、また家族をだしに芝居を作ったなって思いましたけどね(笑)。
マイソン:
詩集のなかから映画で使う詩はどうやって選ばれたのでしょうか?
深川監督:
僕も詩を読むのが好きなのでどれもおもしろかったんですが、健一さんがリサーチして作ったトヨさんの年表のようなものを頂いて、人生記にしてみたいなと思っていたので、トヨさんの人生の物語の断片とリンクしそうな詩を使わせて頂きました。なので、ちょっともったいないなと思いながらも、僕が本当に好きな詩を使えていないシーンもあります。
マイソン:
一番好きな詩は使われていますか?
深川監督:
一番好きな詩は使っています。“こおろぎ”という詩なんですが、「夜、詩を書いていたら涙が出た」っていうところから始まるユーモラスな詩なんです。僕も夜に脚本を書いているときに何でもないシーンなのに涙が出て止まらないときがあります。だから「同じだ!」って思って、きっとトヨさんが作家になった瞬間なのかなと思いました。98歳で詩を出された方でも、30歳半ばの人間でも、物を作っているときって同じなんだなってとても興味深かったんです。なので、その詩を一番大事な詩と捉えて、物語のクライマックスの結びに使わせて頂きました。悲しみだけじゃなくて、喜びとかいろいろな感情がない交ぜになって感情が溢れてきてしまうときに、やっぱり自分のなかから生まれた感情なので自分の言葉で閉じていくしかありません。僕は映画を作ることでわき上がった感情をおさめていきますが、トヨさんの場合は作家として詩を書き続けることで溢れてきてしまったもの集結させていたのではないかと思います。
マイソン:
では、最後に映画好きの女性に向けて見どころを一言お願いします。
深川監督:
僕は映画に人生を救われた経験がいっぱいあります。悩んだり苦しんだりしているときに映画館に行くと、いろいろな気づきや感動で心を満たしてくれるのが映画です。この映画のなかにもその力があると思います。トヨさんの人生に教えられること、柴田トヨを演じる八千草薫に教えられることがとても多くて、何かイライラしたり、気持ちがザワザワしたときにこの映画を観ると、その気持ちがなだらかになるような薬みたいな力がこの映画にもあります。なので、ぜひイライラ、クサクサ、ドキドキしたときには、この映画を観て頂ければ治ると思います。
2014.3.14 取材&TEXT by Myson