辰巳ヨシヒロ氏の自伝的エッセイマンガ【劇画漂流】などについて、「とにかくインスピレーションの源であり、辰巳先生はヒーローだった」というエリック・クー監督。本作は辰巳先生の功績を称えたいという思いで作成されたそうです。今回はそんなエリック・クー監督と、本作で1人6役に挑んだ別所哲也さんにインタビューさせて頂きました。
PROFILE
エリック・クー監督
1965年3月シンガポール生まれ。オーストラリアのシティアートインスティテュートで撮影を専攻、映画製作を学ぶ。兵役後、テレビCM製作の仕事をする傍ら、1990年頃から短編映画製作をスタートした。長編デビュー作となる『MEE POK MAN』(1996)はベルリンやヴェネチアなどの主要映画祭で上映され、福岡、釜山、シンガポールの映画祭では受賞、シンガポール映画への世界の関心を高めた。2作目となる『12 STOREYS』(1997)は第50回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」で上映され、シンガポール映画として初めて本映画祭に正式出品。1997年、ナショナル・アーツカウンシルによる映画部門ヤングア−ティとアワードを受賞、1999年にはシンガポール・ユース・アワードを受賞。2005年作『BE WITH ME』はシンガポール映画として初めて第58回カンヌ国際映画祭・監督週間部門でオープニング上映され、第18回東京国際映画祭ではアジア映画賞スペシャル・メンションを受賞。第78回アカデミー賞外国語映画賞のシンガポール代表にも選ばれた。4作目『MY MAGIC』(2008)はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品。2008年には大統領から文化勲章を、フランス政府から芸術文化勲章シュヴェリエを授与される。
別所哲也
慶應義塾大学法学部卒。1990年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー後、映画・TV・舞台・ラジオ等で幅広く活躍。ミュージカル「レ・ミゼラブル」をはじめ、大作・話題作の舞台に多数主演。2010年には岩谷時子賞奨励賞を受賞。近年では、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」や野村證券TVCFなどに出演。1999年より、日本発の国際短篇映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル」を主宰。これまでの取り組みから、文化庁長官表彰を受賞し、観光庁「VISIT JAPAN 大使」、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員、カタールフレンド基金親善大使、横浜市専門委員、映画倫理委員会委員に就任。
2014年11月15日より全国公開
監督:エリック・クー
原作:辰巳ヨシヒロ「劇画漂流」(青林工藝舎刊)
声の出演:別所哲也(一人六役)/辰巳ヨシヒロ
配給:スターサンズ
2011年・シンガポール 96分 日本語 原題:TATSUMI
元々は子どものためにあったマンガを大人の読み物に昇華させ、手塚治虫をも嫉妬させた“劇画”の名付け親、辰巳ヨシヒロ。アメリカ・フランスなどで高い評価を受け、マンガ界におけるカンヌ国際映画祭と言われるフランスの「2005年アングレーム国際漫画祭」で特別賞を受賞するなど、辰巳ヨシヒロの功績は世界で認められ、今日本でも再評価の機運が高まっている。本作は2009年手塚治虫文化賞大賞を受賞した辰巳ヨシヒロの自伝的エッセイマンガ「劇画漂流」を基に、彼の代表的な5つの劇画短編作品を織り交ぜて綴った“動くマンガ映画”。高度成長期の日本のありのままの姿を鋭く描写している。
公式サイト 映画批評&デート向き映画判定
©ZHAO WEI FILMS
マイソン:
辰巳先生の作品の一番の魅力はどの辺だと思いますか?
監督:
非常に説得力があるというか、訴えかけてくるものがあります。あそこまで想像力があって、触発されるものを描ける方はなかなかいないと思います。先生は名もなき人々の日々の営みや悲劇を描いています。そして辰巳先生自身ヨーロッパ映画など、とにかく映画好きでいろいろと観ていらっしゃるので、先生のマンガを読むととても映画的なセンスを感じます。
別所哲也さん:
辰巳先生の作品の魅力は、世の中の9割以上の人が光輝いている方を映し出すとしたら、そのたった1%のダークサイドというか、そこにある物語を優しく愛情を持って作っているというところですかね。僕が好きな言葉で「すごくたくさん光を浴びると、すごく真っ黒な影を背負うんだよ」っていうのがありますが、人間には光と影の両方が必ずあって、その真っ黒な影の部分を僕たちはいつも忘れたり見ないようにしている。でも、この作品を観るとそれを否定するんじゃなくて、それも含めて人間っていう、どうしようもないことも仕方ないこともあるけど、それをちゃんと受け止めようよという感じが辰巳ワールドだと思います。エリックワールドとも言えますけどね。
日本国内よりも海外の注目、評価がより高い辰巳ヨシヒロ氏について、本作の海外での評価についても語ってくださいました。
監督:
人間が生きる状況の描かれ方というのはすごく普遍性があると思うんです。本作は実際にヨーロッパ、アメリカ、アジアで配給が決まっていますが、そのなかでまた先生の作品を見直そうとか、新たに紹介するという動きが出ています。ノルウェーではこれがきっかけで新しくコミックが出たということもありました。カンヌでこの映画をお披露目したとき、ワールドプレミアに先生がいらして、観終わったあとに先生のことを抱きしめに行く方や、泣いている方もいらっしゃったんです。先生の生き様を感じて、物語の普遍的な部分、劇画ってものを理解してくれたのだと思います。やっぱり先生はより敬意を払われるべきだと思います。私はこういった天才的な才能を持つ人がいるということを伝えたいですね。
マイソン:
先生の作品と先生自体が脚光を浴びるまでに時間がかかったのは、なぜだと思いますか?
別所哲也さん:
辰巳先生が描く世界は、大人が劇画とかマンガでできる可能性、ストーリテリングであったり、社会的なメッセージであったり、そういうところに挑んだんだと思うんですよね。広く家族で楽しむというよりは、ちょっと胸が痛かったり、目を覆いたくなるような、グサッといくそのパワーというか、そんな辰巳先生の世界観を世界中が受け入れている。けれど、日本だとそれをはばかるというか…。
マイソン:
リアル過ぎるというか、日本人だからこそ生々しく感じてエンターテイメントとしてだけ観られないとか、昭和の高度成長期のなかで暗い面を観たくないとか、そういう傾向もあったのでしょうか?
別所哲也さん:
やっぱり日本の昭和の時代の良いところ、ほんわかしたところはいっぱい見たいけど、そこで置き去りにされた弱者はいろいろ悩んでいたっていうのは、僕らの両親や、祖父の世代には皆あって、でも僕らはそれを受け継がないまま、彼らがそっと隠し持っていたというか、そういうところがあるんじゃないでしょうか。辰巳先生もそういう奥ゆかしい人だから、表現しながらあまりそれを声高に言うんじゃないっていう。でもそこにはしっかりと作品があるわけで、世界中の人がリアルな本当の日本の昭和というか、日本の近現代として見ているんじゃないでしょうか。あとは、とにかくエンターテインメントとしておもしろいんですよ。フィルムのワールドとは違うかも知れないけど、劇画なのに映画が持ってなきゃいけないシネマチックなすごいパワーを持っているんです。
マイソン:
そうなると、この作品は今の日本の若い人にはどういう風に観てもらいたいと思いますか?
別所哲也さん:
『アナと雪の女王』も良いけど、本物の大人になりたいなら『TATSUMI〜』を観ろと(笑)。これが人間なんだってね。自分の影を見ないような人間は、光を浴びる資格はないと。どうでしょう(笑)?
マイソン:
素晴らしいですね!監督はいかがですか?
監督:
本当に正直さというか、直視するのが辛いとか、読んでいて辛いっていう部分があると思うんですが、そこに美しさも同居しているわけです。その深みが非常にアートであり、それが伝わる部分だと思います。例えば映画に関しても、『市民ケーン』が出た当時は「何だ!この映画は」と思われていたかも知れませんが、今では本当に才能溢れる素晴らしい作品としてちゃんと評価されていますよね。だからそういったものはいつか評価されるときが来るんだと思います。辰巳先生ご自身は、映画監督になりたいっていう夢もあったんです。ただやっぱり映画を作るって人の数も必要ですし大変なことで、自分で描くんだったら一人でいくらでもストーリーを構築できますよね。カンヌで実際に先生と一緒にレッドカーペットを歩いているときに、ある意味こういう形で先生の夢が実現したんだなって思いました。というのも、これは私の監督作品ですが、先生のビジョンが映画になっているわけですから。
本作に折り込まれた短編のなかで一番好きなエピソードについて、どれも思い入れがありながらも、監督も別所さんも『いとしのモンキー』とおっしゃっていました。辰巳ヨシヒロ氏自身の人生にもドラマがあり、短編もどれも印象的でパンチがありますので、観る方によって好きなストーリーが見つかると思います。アニメとはまた違う新しいスタイルの作品。映画好き女子にオススメの一本です。
2014.9.4 取材&TEXT by Myson