今回は『独裁者と小さな孫』の監督で、過去にイランからの亡命経験を持つモフセン・マフマルバフさんにインタビューさせて頂きました。本作は、ある独裁政権の国でクーデターが起こり、独裁者である大統領とその孫の逃亡の様子が描かれたロードムービーなのですが、観ていると誰が本当の悪なのかわからなくなる非常に考えさせられる作品です。今回は、監督がキャラクターを描写する上で意図したことや、自身の経験が映画のどんなところに活かされているのか聞いてみました。
PROFILE
1957年、イランのテヘラン生まれ。映画監督、小説家、脚本家、編集者、プロデューサー、人権活動家。1983年に映画監督としてデビューし、イラン、アフガニスタン、パキスタン、イスラエル、トルコなど、さまざまな国で製作し、国際映画祭で50以上もの賞を獲得している。代表作には、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭審査員特別賞、国際批評家連盟賞受賞した『ワンス・アポン・ア・タイム、シネマ』、ロカルノ国際映画祭審査員特別賞を受賞した『パンと植木鉢』、ヴェネツィア国際映画祭上院議員長金メダル賞受賞の『サイレンス』、カンヌ国際映画祭エキュメニック賞を受賞した『カンダハール』などがある。 映画製作に加え、アフガニスタンでの学校建設や、タリバン政権時に打ち壊されたアフガニスタン映画業界の復興に努めるなど、多くの人権プロジェクトに尽力している。また、イラン政府より作品の上映を禁じられ、長年にわたり身の安全を脅かされながらも、2005年に検閲の圧力に抗議しイランを離れ、現在はロンドンとパリを拠点に活動している。
シャミ:
主人公が独裁者である大統領とその孫でしたが、観ているとだんだんと普通のおじいちゃんと孫のように見えて愛着が湧き、応援したい気持ちになりました。“独裁者=悪人”というイメージがあるため、主人公達を応援して良いのか複雑な気持ちだったのですが、監督が本作のキャラクターに意図したことはどんなことですか?
モフセン・マフマルバフ監督:
この作品のなかで、花嫁がレイプされるシーンがありますが、観客はその花嫁や、それを無関心に見つめる人達には感情移入をしませんよね。この映画を観ていると、特別意識しなくても独裁者に感情移入をして、最後には「彼を殺さないで」と思うようになるんです。それはわざとそうしていて、皆さんに独裁者の気持ちになって考えて欲しいと思いました。皆さんは、独裁者に対して良いイメージがないので、独裁者に感情移入すると「自分がどうかしているのかな?」って思うんです。でもそれは正解なんです。独裁者であっても人間は人間で、独裁者の視点から考えることで、皆さんがこれから誰かに対して復讐しようと思わなくなると思いました。相手が誰であれ、憎しみは憎しみを生むだけなんです。私達がもしこういう映画を昔から観て考えていたら、暴力を止めることができ、革命や反乱が起きずに済んだかも知れません。
シャミ:
なるほど〜。じゃあ私が独裁者に対して持った感情は、監督の意図した通りだったということなんですね。
モフセン・マフマルバフ監督:
この映画は非暴力の映画なので、映画館から出たときに、「独裁者を殺せば良かったのに」と思ったら良い方向には進みません。「暴力をしないで」「人を殺さないで」と思ってもらうことこそがこの映画のメッセージなんです。だからあなたのようにこの映画を観て「独裁者を殺さないで」という気持ちに皆がなれば、この映画は成功したと言えます。
シャミ:
登場人物の台詞にも「負の連鎖は続く。独裁者を殺しても今度は国民同士で殺すことになる」というのがありましたが、それも監督のストレートなメッセージということですか?
モフセン・マフマルバフ監督:
そうですね。でもその台詞を聞く前に、観る側の感情もそこまで作られていないと、その台詞が心のなかに入ってこないんです。感情と台詞がバラバラだと、いくら良い台詞でも、心のなかに入らないんですよ。映画は頭と心が同時に動かないとダメなんです。
シャミ:
監督自身の過去に亡命の経験がありますが、そういったご自身の経験で本作に活かされている部分はありますか?
モフセン・マフマルバフ監督:
この作品に関しては、私が過去に亡命したことはあまり関係ないかも知れません。でも、私達の人生のなかにはいろいろなことが起き、どこかで記憶されているので、この作品にも無意識に私の亡命の経験が活かされていることもあり得ます。私は若いときにイラン革命を経験しているのですが、今回はその経験の方がこの映画に出ているかも知れません。
シャミ:
監督のお話を聞いていると、すごく広い視野を持っているように感じるのですが、やはりそれはご自身の経験を通して得た考えなのでしょうか?
モフセン・マフマルバフ監督:
それもありますが、やはり日本人、イラン人とか、男か女かという前に、私達は皆同じ人間で、同じ感情を持っている生き物なんです。私がイランにいたときは、イラン人しか見ていなかったので、そこの人々については考えられましたが、いろいろな国で映画を作ったり、旅をしてみると、人間をもっと普遍的に見られるようになりました。そういった部分に関しては、やはり自分の経験で考えが変わったところだと思います。私達人間は、生まれてきたときは同じように自由なんです。だけど、家庭や学校でいろいろなものを見たり読んだりし、知識や知恵を得る一方で「あなたはこういう人なんです」「こういう考えを持っているんです」と、どんどん自由を失い閉じ込められてしまう部分もあるんです。だから私達は大人になってから、自由を教えてくれるものを選んで見たり、読んだりすることが必要で、閉じ込められたところから自由を求めていくことが大切なんです。
2015年10月21日取材&TEXT by Shamy
2015年12月12日より全国順次公開
監督:モフセン・マフマルバフ
出演:ミシャ・ゴミアシュウィリ/ダチ・オルウェラシュウィリ
配給:シンカ
ある独裁政権が支配する国。大統領は、国民から搾取した税金で贅沢な暮らしをし、多くの罪なき国民を政権維持のために処刑してきた。ある晩、民衆によるクーデターが勃発し、大統領の家族はいち早く国外へ避難する。しかし、大統領と幼い孫だけは国に残ることになった。独裁政権が完全に崩壊した国では、民衆が暴徒化し、大統領への報復を呼び掛けていて、大統領達はあっという間に全国民から追われる身となる。そんな大統領と孫は、身を潜めながらなんとか国外へ逃亡しようとするが…。