映画のお仕事は、監督・女優以外にも数え切れないほどの種類があります。プロデューサー、照明、音響、衣装、メイク、宣伝、劇場営業…。映画を作る現場から、映画をユーザーに届けるところまで、さまざまな現場で働く女性にお会いする機会があれば、お話を聞いて、現場の状況などを掲載できればと思います。
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今回は、実在した芸術家モード・ルイスと夫エベレットの物語を映画化した、アシュリング・ウォルシュ監督にインタビューさせて頂きました。人里離れた土地でひっそりと暮らしていたモード・ルイス夫婦の物語を映画化する際、どんな苦労があったのか、合同インタビューの内容をお伝えします。
<PROFILE>
アシュリング・ウォルシュ
1958年、アイルランド・ダブリン出身。Dun Laoghaire Institute of Art, Design and Technologyでファインアートを学んだ。その後、イギリスの the National Film and Television School で映画制作を学び、卒業後はイギリスを拠点として映画やTVドラマの制作に携わった。2003年に制作した映画“Song for a Raggy Boy”は、世界の映画賞に14部門受賞、6部門ノミネートされ、高い評価を受けた。ほか監督作品は、サリー・ホーキンスも出演しているTVドラマ『荊の城』(2005)や、“An Inspector Calls”(2015)などがある。
ツイート記者A:
実在の人物のストーリーを映画化するにあたり、描かない部分と描きたい部分があったと思いますが、特に意識した点はありますか?
アシュリング・ウォルシュ監督:
すごくおもしろい部分ですよね。実在した人物の物語というのは、映画作家として興味を惹かれるし、実際に今までにも何度か手掛けた経験があります。どこを描いて、どこを描かないのかというのは等しく重要だと思います。私がこの作品に関わる10年くらい前から企画開発されていたのですが、プロデューサー達は子ども時代を描いたり、実家の親とのやり取りや、実家にいる彼女を描く構想もあったらしいです。ただ、私のなかでモード・ルイスの物語というのは、兄に勘当されて、家政婦の募集メモを自らの意志で破り取るところから始まっていると考えていて、本当の意味では、エベレットと出会ったところから、彼女の物語は始まったと思うんです。あと、彼女が絵を描くようになってから有名になるまでは、実は結構端折っています。彼ら2人の生活って誰も知らないから、本当はどうだったかという情報もありません。この部分のバランスが、今回の物語を作るなかで一番難しかったところでした。でも、私は最初からこの2人の40年に渡る夫婦生活を描きたいと思ったし、それと同時にモードがいかに何もないところから今我々の知るアーティストになるまでの道のりというものの両方を描きたい気持ちがありました。
記者B:
嘘偽りない夫婦愛にグッときました。男女間のバランスがすごく良いと思いましたが、そのバランスで気を配ったことはありますか?
アシュリング・ウォルシュ監督:
バランスを気にしたというよりはむしろ逆で、自然にそういう表現になっただけなんです。彼らがどうであったかということを自然に描いたというか。もともと2人の生活には外からの干渉がほとんどなく、2人だけで過ごす時間がすごく長かったんです。監督としておもしろかったのは、その多くが沈黙であったということ。それをどう表現するのかという点が、私にとっては挑戦でした。私をよく知る方からは、「監督と監督の旦那様との関係に似ているような気がしたわ」と言われて、やはりこういう物語を描いている時は、自分自身がどこか影響してしまうのかなと思いました。あと、イーサン・ホークとサリー・ホーキンスという2人の役者が均等な力を持っているということもあったと思います。
マイソン:
エベレットは昔の日本男児みたいな印象で、すごく堅物だけど、映画をずっと観ていると、だんだんすごく素敵に見えてきて、最後は彼を大好きになりました。2人の世間的なイメージは、この映画が作られる前と公開された後で、変化はありましたか?
アシュリング・ウォルシュ監督:
特に変わりませんでした。エベレットという男性は、複雑で気難しくて。でも、あなたがおっしゃったように最後には観客もどこか好きになってくる、愛おしくなってくるように描かなければいけませんでした。それこそモードが彼に惚れたのと同じように、観客にも少しずつ彼に惚れてもらわなければいけなかったんです。でもやはり昔の男というのは、今とは違う男性像で、それこそ私もアイルランド出身で、しかも田舎のほうに住んでいたおじいちゃんクラスの価値観ですが(笑)、それを正確に描くことが重要でした。モードに手をあげるシーンは、観客によっては暴力的過ぎると感じる方もいらっしゃいました。でも正直なところ、あの時代はああいう形でしか自己表現ができない人が結構多かったんじゃないかと思うんです。手をあげたあの瞬間からすべてが変わり、彼は少しずつ彼女のことを好きになっていくんですよね。エベレットは元々自分の身の回りのケアをしてくれる人を募集していたのに、あの瞬間から彼がモードをケアする側に変わっていくんです。それが私の描きたかった2人の物語で、関係性でもありました。
記者A:
監督は、本作の前にも芸術家を描いた作品が多かったと思いますが、アーティストのどういった部分に惹かれるのでしょうか?
アシュリング・ウォルシュ監督:
アーティストが自分のクリエイティビティに執着して、世界とまた違う見方を持っている、そういう部分に本当に惹かれます。私はフリーダ・カーロが大好きなんですが、男女問わずアーティストというのは、自分自身と葛藤している方が多いんです。それは自分の身体的なハンディキャップである場合もあれば、単純に女性だからということもあるのか、生活のなかでものを作る時間があまりないとか、そうやって葛藤しているのですが、作品はものすごく素晴らしいものだったりするんです。そういうところがすごくおもしろいと思うし、映画作りにも似ていると思います。我々には映画を作り続けなければいけないような脅迫観念がありますし、小説家でも同じですよね。書き続けなければいけないとか、何かやっぱり生まれつき「やらなければ!」という気持ちを持っている人が、アーティストなんじゃないかと思います。モードのことを考えると、毎日絵を描いていて幸せだったのかは、もちろん誰にもわからないですよね。恐らく向上したいという気持ちはアーティストとしてあったと思います。でも、売らなければとか、売りたいみたいな気持ちは、きっと彼女にはなくて、稼いだお金は薪や生活で最低限必要なものを揃えるために使っていただけで、それくらい遠隔地に彼らは住んでいたんです。モードってすごくおもしろいなと思うのが、30マイル(48q)圏内でしか生活をしていなくて、その外には足を踏み出したことがないんです。ほかのアーティストの作品は、新聞の記事で見る以外は目にしたことがないし、当然展覧会などにも行ったことがないんです。そんななかであんな作品を作っていたと思うと、すごいと思いませんか?しかも今東京で皆さんと彼女の話をしているなんて、本当にすごいことだと思うし、小さな家からここまで広がっているなんてと思います。多くのアーティストの場合は、自分自身の葛藤を経験すると思うのですが、モードの場合はあの小さな家で絵を描くということに、平穏を見つけることができたんだと思います。置かれている環境を受け入れて、華氏マイナス25度(=摂氏マイナス約3.9度)とかなり厳しい冬に、火もないなかでこれだけのものを作っていたのがすごいと思います。
マイソン:
イーサン・ホークとサリー・ホーキンスの演技が素晴らしかったのですが、監督にとって良い俳優や、素晴らしい俳優の共通点はどういった点でしょうか?
アシュリング・ウォルシュ監督:
その瞬間を生きてくれることです。すごく誠実な演技をしているというのではなく、本当にそのキャラクターを生きてくれる。あるいはキャラクターとして存在してくれる。私もある程度経験があるので、こういう役者さんとは一緒に仕事をするのが好きだなとわかってきているのですが、イーサンやサリーのようなあれだけレベルの高い役者さんになるのはすごく大変なことですよね。自分が誰であるのか忘れてキャラクターになりきることができる。または、そのキャラクターであることを受け入れることができるっていうのが。サリーはモードそのものという感じで、今回は絵を描くレッスンも受けてくれました。また、最初に衣装のなかで見つけたのが靴だったんですが、その靴でまずモードの歩き方を見出して、とても物静かなキャラクターを作り上げていきました。イーサンは、もっと自己表現力があって、2人は役者としてとても似ているところもあるけど、全然違う点もありました。イーサンは子役出身というのもあると思いますが、誰と一緒に演技をしているかということを勉強していると思いました。彼らの場合は、2人で演技をすることでよりレベルアップするような役者さんです。
2018年1月25日取材&TEXT by Myson
2018年3月3日より全国公開
監督:アシュリング・ウォルシュ
出演:サリー・ホーキンス/イーサン・ホーク/カリ・マチェット/ガブリエル・ローズ
配給:松竹
持病を抱えていたモードは兄に見捨てられ、小さな町、カナダ東部のノバスコシア州で束縛の厳しい叔母と暮らしていた。そんなある日、買い物中に家政婦募集の広告を見つけたモードは、その貼り紙をした、町はずれに暮らすエベレットのもとを訪れ、住み込みで雇うように交渉。ぶっきらぼうなエベレットは、最初モードに冷たく接していたが、やがて2人の間に絆が生まれていく。
© 2016 Small Shack Productions Inc. / Painted House Films Inc. / Parallel Films (Maudie) Ltd.