映画のお仕事は、監督・女優以外にも数え切れないほどの種類があります。プロデューサー、照明、音響、衣装、メイク、宣伝、劇場営業…。映画を作る現場から、映画をユーザーに届けるところまで、さまざまな現場で働く女性にお会いする機会があれば、お話を聞いて、現場の状況などを掲載できればと思います。
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今回は、難病を煩い、闘病生活を送っている子ども達のドキュメンタリー『子どもが教えてくれたこと』のアンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督にお話を伺いました。ご自身も2人の娘さんを闘病の末に亡くされた経験をお持ちですが、とても前向きな姿勢はどこからくるのか、お話を聞いて、すごく納得しました。本当に勉強になりました!
<PROFILE>
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン
1973年、フランス、パリ生まれ。大学でジャーナリズムを学び、新聞や専門誌などに幅広く執筆。2000年に結婚し、2年後、長男ガスパールが誕生。2004年に長女タイスが誕生するが、2006年、タイスが異染性白質ジストロフィーを発病。タイスは2007年に短い生涯を終え、生まれたばかりの次女アズィリスもタイスと同じ病を患っていることを告げられる。2008年には、次男アルチュールを授かった。2011年には、タイスとの日々を綴った「濡れた砂の上の小さな足跡」(講談社刊)が発売され、新聞や雑誌を中心に大きな話題を呼び、35万部を超えるベストセラーに。2013年、家族のその後を描いた「Une journee particuliere(ある特別な1日、未邦訳)」を上梓。2017年2月に、『子どもが教えてくれたこと』がフランスで公開されると、“フランス版ロッテントマト”AlloCine“で、一般観客は5点満点中4.2、プレスは5点満点中3.8の高得点を記録。同年、次女アズィリスが短い生涯を終える。現在は苦痛緩和ケア財団の科学委員会のメンバーを務め、夫と2人の息子と共にパリで暮らしながら、フランス各地で講演活動を行っている。
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マイソン:
監督ご自身も、親子で闘病生活を送られたということですが、実際に同じような問題に向き合っている方について、周囲が誤解していると思う事、悪意はないにしてもギャップに苦しむ事などはありますか?
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
ありますよ。そういう状況は多いです。やっぱり、個人的に実体験しないとわからないですよね。でも私自身はギャップがあって当然だと思うんです。実体験していない人から見たら、病気の子どもを持った家族や、病気の子どもについて、大変なところばかりをイメージしてしまうというのはあると思うんですけど、実際に生きていると病気だけではない日常の他の瞬間っていうのはいっぱいあるわけです。だから、ギャップがあるとしても、伝える機会があれば伝えれば良いだけの話かなと思います。
マイソン:
子ども達の目線を中心に描かれていて、大人が発言する場面があまり無かったように思うのですが、その意図は何でしょうか?
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
大人には全然発言権を与えていませんでした(笑)。
マイソン:
アハハハハ(笑)。
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
お医者さんには特にね(笑)。子どもが喋るっていうのは私の意図でした。意外と大人って、子どもの話に耳を傾けるってことをしていないんですよね。子どもは本当は言いたいことがいっぱいあると思うんですけど、なかなか大人が彼らに発言する機会を与えていないと思うんです。だから、今回私は子ども達に発言する機会を与えて良かったなと思います。
マイソン:
子ども達の発言を聞いていて、「なるほど!」と思ったり、教わることがすごく多かったんですけど、監督ご自身がびっくりした発言などはありますか?
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
例えば、イマドが腎臓移植について話す時に、「あなたには腎臓移植って大変だと思うけど、僕には大変じゃないんだよ」って。それを聞いた時、「え!?」と思いました(笑)。フランス語には、“君”っていうのと“あなた”っていう、礼儀の距離感によって、2つのレベルがあるんです。イマドは私には家族に話すような親しい感じで言っていたのを、「あなたには大変だ」って表現したんです。これは観客に向けて「あなた方大人には大変だろうけど、僕には大変じゃないんだよ」って、私に言っているのではなくて、この映画を観ている大人を想定して言っているんです。これはすごいと思いました。
マイソン:
素晴らしいですね(笑)。
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
あと、カミーユの「僕が死んだら、僕は病気じゃないんだ」という言葉にすごく衝撃を受けました。私はそんなこと大人として言えません。彼は小さいのにそれを言えるんですよ。別に私達を驚かそうとして言っているのではなくて、本を読みながらポッと言って、また読書に戻るっていう自然な感じでね。本当に、100%の真理なんですよ。テュデュアルが「幸せになるのを遮るものなんて何にも無いんだ」と言っていた時も、一生忘れないフレーズだなって思いました。
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
人間は大人になってからとか、子どものうちに悟りの境地に達するのではなく、私達は悟りと共に生まれてくるんですよ。病気になったから悟りに達するんじゃないんです。「悟りって、何なんだ?」って考えると、人生というものを隠しごと無しに真実そのものとして受け止めることが悟りなんです。小さい時はまだ成熟はしていないけども、もちろん子どもも、本能的に人生とは何かっていうことをわかっているんです。ただ、段々と大人になるうちに忘れていくんですよね。でも、その子どもの頃に思っていたことって、自分の中に残っているはずなんですよ。その悟りはどこかに書いてあるわけではなくて、自分の中にあって、ある瞬間もう一度再発見する大人もいるし、そうでない人もいるということだと思います。
マイソン:
深い…(笑)。あと、元気に走り回っているシーンが何度もありましたが、監督が撮影中に見ていて、ドキドキして思わず口を出してしまうことはなかったですか(笑)?
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
アンブルが電動のトルチネットに乗って、シューッと走っていた時は、お母さんも怖いし、私も「うわー」と思って、ドキドキしていましたよ(笑)。シャルルだって、廊下を走っていましたけど、もし転んだら、すごく弱い皮膚なので大丈夫かなと思っちゃいますよね。シャルルのお母さんだって、彼が走っているのをよく思っていないんです(笑)。私は監督としても「大丈夫かな。お母さん、あんまり良く思っていないよね」とわかっていて、「大丈夫?転んだら大変だよ」って言ってたんですが、彼は「最悪、痛いかな」って(笑)。
〜難病や障がいを抱えているお子さんがいるお母様方など、自分だけで悩んだり抱え込んだりしている方達へのメッセージ〜
アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督:
孤独を堪え忍ぶ時が最悪の試練になってしまうんですよ。確かに自分で思っている以上に自分が実際は強いということが往々にしてあるんですよね。でも、他の人の手助けってやっぱり必要なんです。世界のどこでも同じだと思うんですけど、連帯感というのはすごく大事だなと思います。それが今、社会的に欠けていると思います。一人ひとりがもう少し助けを求めてもらおう、助け合おうとしていけば、社会全体まで普及していくと思うんです。
人の支援を受け入れるってすごく大変なので、自分で責任を背負い込んでしまうんです。それは私が感じたことなんですけど、他人に助けを求めるってことは、自分の弱さ、自分はできないんだっていうことを認めることになるじゃないですか。だから、自分に対しても寛容にならないといけない。自分にあまり厳し過ぎちゃいけないんじゃないかなと。私はある日、「もっと自分が強くなろうと思ったら、自分の弱さを受け入れないといけない」って、気が付いたんです。
2018年6月20日取材&TEXT by Myson
2018年7月14日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督・脚本:アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン
出演:アンブル/カミーユ/イマド/シャルル/テュデュアル
配給:ドマ
病気と闘っている、アンブル、カミーユ、イマド、シャルル、テュデュアルの5人の子ども達の日常を追ったドキュメンタリー。治療を続けながらも毎日を精一杯に生きている彼らと家族とのかけがえのない時間、学校でのひと時など、無邪気な姿が収められている一方で、子ども達の大人びた、深い言葉にも驚かされる。伝統ある世界最大規模の子ども映画祭“ジッフォーニ映画祭”GEx部門で作品賞を受賞し、フランスでは23万人を動員する大ヒットを記録した作品。