ブラジル、サンパウロ最大のファヴェーラ(スラム街)に暮らす子ども達で結成された“エリオポリス交響楽団”。その誕生を実話に基づいて描いた『ストリート・オーケストラ』のセルジオ・マシャード監督を取材しました!今日を生き延びるだけで精一杯の子ども達が、一人の教師との出会いで運命を変え、やがてはブラジル社会を動かすまでに成長していく奇跡の物語。そのキャスティングにまつわる秘話や作品に込めた熱い思いを聞くことができました。
PROFILE
1968年、ブラジル、バイーア州生まれ。ブラジルを代表する名作『セントラル・ステーション』(1998)と『ビハインド・ザ・サン』(2002)で、助監督を務める。その後、『Onde a Terra Acaba』(2002)で監督を務め、リオ、ハバナと、ビアリッツ映画祭で最優秀ドキュメンタリーに選ばれる。初の長編フィクション、『Lower City』(2005)では、カンヌ国際映画祭の「Award of the Youth」を含め18もの賞を受賞するなど世界でその実力が認められている。2008年にはHBOのシリーズ物語「Alice」の監督を務めるなど映画のみならず、テレビ界でもその名を知られている。2015年には本作だけでなく、ドキュメンタリー『Aqui Deste Lugar』を完成させるなど、今後が期待される監督である。
ミン:
マシャード監督、はじめまして!“トーキョー女子映画部”と申します。私たちは映画を観る楽しさを通して、日本中の女性を元気にしたいと思っているウェブサイトです。
セルジオ・マシャード監督:
それは、素晴らしいですね!これまでの僕の作品は男性の視点から描いたものばかりでしたが、これからは女性が主人公の物語も作りたいと思っていて、ちょうど脚本に取り掛かったところなのです。このインタビューがますます楽しみになりました!
ミン:
ありがとうございます!『ストリート・オーケストラ』、とても感動的な映画でした。本作を観て私が強く感じたのは、物質的なものだけではなく、精神的な豊かさを得ることが、貧困が生む悪の連鎖を立ち切る大きな手段になるということです。
セルジオ・マシャード監督:
どうやら、僕の作品を完璧に理解してくれたようですね(笑)。それこそが、この作品で一番伝えたいことです。本作に限らず、僕が映画で描きたいのは、たとえどんなに困難な環境にあっても、愛、友情、そして芸術の力によって、人は生き方を変えられるということです。
ミン:
素晴らしいメッセージです!生徒役のキャストは700人以上の中からオーディションで選んだそうですが、どういった観点で選ばれたのですか?演技経験や、楽器演奏のスキルなどは重要視されましたか?
セルジオ・マシャード監督:
サムエル役のカイケ・ジェズースだけは演技経験者ですが、彼も含めて生徒を演じたのは全員ファヴェーラ出身の子ども達です。演技や楽器の経験にかかわらず、個性や才能をもっている子を集めたいと思いました。しかし、この映画がどういった意味をもつのか、僕自身がその真意に気づいたのはキャスティングが終わった後でした。
ミン:
どういったことに気づかれたのでしょうか?
セルジオ・マシャード監督:
キャスティングを手伝ってくれた女性スタッフがいたのですが、彼女はまず出演が決まった子ども達を1つの部屋に集めて、自分の人生を話すようにお願いをしました。僕はその内容を聞いて大変ショックを受けました。彼らの口からは、大人でさえ経験したことがないような困難や苦難が語られたのです。僕は泣きながら家に帰り、プロデューサーに電話をして「こんな過酷な現実を生きている子ども達の映画を作ることは、僕にはできません」と話しました。しかし翌日、同じ女性スタッフが、今度は子ども達に自分の得意なことを話すようにお願いをしました。すると、彼らは一人ひとり、素晴らしい才能を見せたのです。歌がうまい子、踊りが得意な子、人を笑わせる才能がある子もいました。ブラジルの問題について語られるとき、ファヴェーラの住人や、子ども達の存在自体を悪く言う人もいますが、それは違います。たった1つのチャンスさえあれば、彼らはそれを突破口にしてすべてを変える力を持っているのです。それは、ブラジルの問題ではなくむしろ解決策であると気がついたのです。
ミン:
映画の冒頭に女生徒同士が殴り合いをするシーンがありますが、あのシーンで彼女達が語る出自も実際のエピソードだそうですね。とてもリアルなけんかで少し驚いたのですが(笑)。
セルジオ・マシャード監督:
作品にリアリティを出すために、あえて事実を取り入れたシーンもいくつかあります。歌やダンスといった子ども達の特技を生かすシーンもそうですし、けんかした2人の女生徒はリハーサルの際に、お互いのことをあまり好きじゃないなと感じたので抜てきしたのですが、予想以上に白熱したシーンになっていましたね(笑)。
ミン:
彼らと実際に仕事をする過程で、難しいと感じたところはありますか?
セルジオ・マシャード監督:
いいえ。撮影中、彼らは文句も一切言わなかったですし、とても集中してくれました。彼らには「人生で1回かもしれないこのチャンスを生かすんだ!」という強い思いがあったようで、楽器の練習も一生懸命にがんばってくれました。この映画を監督して一番すてきなことは、彼らと家族のようになれたことです。撮影後に出産した子もいるのですが、彼女たちの子どもは僕の2歳になる娘のお下がりを着てくれたりもしています。彼らとは今でも頻繁に会っていますが、会う度にこの作品が彼らに大きな影響を与えたことを感じます。小さな希望を得ることで、彼らが変わっていく姿を目の当たりにしているのです。
続きを読む>>>>> 1 2:ラザロは子ども達にとって目指すべき特別な存在
2016年8月13日より全国順次公開
監督・脚本:セルジオ・マシャード
出演:ラザロ・ハーモス/カイケ・ジェズース/サンドラ・コルベローニ/エウジオ・ヴィエイラ
配給:ギャガ
憧れのサンパウロ交響楽団のオーディションに落ちたヴァイオリニストのラエルチは、失意のなか生活のためにスラム街の学校で音楽教師を始めるが、5分たりとも静かにできない子ども達に愕然とする。ある時、ギャングに襲われたラエルチは、見事な演奏で逆襲する。感動したギャングが銃をおろしたと聞いた子ども達は、暴力以外に人を変える力があることを知る。やがて子ども達は音楽の与えてくれる喜びに気づき、ラエルチもまた情熱を取り戻す。そんな矢先、校長から次の演奏会で最高の演奏ができなければ、学校の存続は難しいと告げられる。だが、一世一代のステージにしようと張り切るラエルチと子ども達に、思わぬ事件が待ち受けていた。
©gullane