ミン:
主人公のラエルチを演じたラザロ・ハーモスさんについてもお聞かせください。はじめは、彼をラエルチの友人役として考えていたそうですね。
セルジオ・マシャード監督:
ラザロとは、僕の初長編フィクションである『Lower City』に出演してもらって以来、ずっと親しくしているのですが、本作の出演オファーをした際に「この先生役は絶対に自分が演じたい。だから友人役はできない!」と電話で直訴されたのです。その理由として、彼自身がファヴェーラから這い上がった経験をもつことを挙げました。しかも、彼が育ったのは本作の舞台であるエリオポリスよりも貧しい地区で、時代背景も今よりずっと厳しいものでした。しかし、ある有名なダンサーにチャンスをもらったことで、人生を切り開くことができたのです。彼は「これは僕自身の物語だから譲れない」と言いました。
ミン:
今あらためて、彼を主演にして正解だったと思われますか?
セルジオ・マシャード監督:
ほんとうに正解でした。毎日のように神に感謝を捧げています(笑)。素晴らしい演技を見せてくれたのはもちろんですが、彼が黒人であることが物語により密度を与えてくれたと思います。というのも、ラエルチが入団試験を受けるサンパウロ交響楽団はほとんどがヨーロッパから来た白人や外国人で構成されていて、僕が最初にイメージしていたラエルチも白人でした。しかし、ラザロが演じるとなると初の黒人団員というプレッシャーにもなるわけです。試験の際にラエルチがヴァイオリンを弾けなくなるのは、そういった意味も含まれているのです。
ミン:
あのシーンにはそんな背景と意味も含まれていたのですね!
セルジオ・マシャード監督:
何よりラザロがラエルチ役で良かったと思うのは、生徒役の子ども達との関係性です。ファヴェーラからブラジルを代表するスター俳優となった彼は、子ども達にとって目指すべき特別な存在です。また、ラザロにとって子ども達はかつての自分であり、彼らは互いに理解し合っていました。ほかの俳優だったら叶わなかった関係性だと思います。
ミン:
ラエルチと生徒達の間に絆が生まれていく様子がとても自然に見えたのは、そういったリアルな関係性も影響していたのですね。最後に、本作のもう1つの主役である音楽についてお聞かせください。クラシック音楽とヒップ・ホップでシーンを描き分ける2部構成が、とてもおもしろいと思いました。このアイデアはすぐに思い浮かんだのでしょうか。
セルジオ・マシャード監督:
それも、本作においてとても重要なポイントです。僕は実際にファヴェーラに行って、クラシックだけが高尚なものであるかのように扱いたくないと思いました。ファヴェーラにも独自の素晴らしい文化があります。そこで、彼らにとって一番身近な音楽であるヒップ・ホップを若者の日常を映し出すシーンに使いました。ブラジル音楽界で最高のラッパーであるハッピン・ウッヂとクリオーロに出演を依頼したのは、彼らの曲や彼ら自身が作品に登場することで、クラシックとヒップ・ホップのどちらも最高の音楽として並列に見せることができると思ったのです。本作のエンドロールに使用したのは、2003年に亡くなった伝説的なラッパー、サボタージの「Respeito e lei(リスペクトすることが掟)」という曲にエリオポリス交響楽団が新たにオーケストラアレンジを加えたものです。ヒップ・ホップと、ファヴェーラ出身の子ども達が奏でるオーケストラのサウンドが見事に融合しています。ぜひ、最後まで席を立たずに聴いてほしいですね。
ミン:
エンドロールの曲はとてもニクい演出だと思いました。マシャード監督、本日は貴重なお話をありがとうございました!
2016年7月19日取材&TEXT by min
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2016年8月13日より全国順次公開
監督・脚本:セルジオ・マシャード
出演:ラザロ・ハーモス/カイケ・ジェズース/サンドラ・コルベローニ/エウジオ・ヴィエイラ
配給:ギャガ
憧れのサンパウロ交響楽団のオーディションに落ちたヴァイオリニストのラエルチは、失意のなか生活のためにスラム街の学校で音楽教師を始めるが、5分たりとも静かにできない子ども達に愕然とする。ある時、ギャングに襲われたラエルチは、見事な演奏で逆襲する。感動したギャングが銃をおろしたと聞いた子ども達は、暴力以外に人を変える力があることを知る。やがて子ども達は音楽の与えてくれる喜びに気づき、ラエルチもまた情熱を取り戻す。そんな矢先、校長から次の演奏会で最高の演奏ができなければ、学校の存続は難しいと告げられる。だが、一世一代のステージにしようと張り切るラエルチと子ども達に、思わぬ事件が待ち受けていた。
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