ミン:
プロの役者ではない人々に演技をしてもらう点で、苦労されたことはありますか。
長谷井宏紀監督:
それは特にないですね。演技って、普段から誰もが多少はしているんじゃないかな。父親役とか母親役とか、自分の立ち位置を理解しながらそれぞれの役割を演じているところがあると思う。お巡りさんみたいに制服を着る職業の人なら、制服に着替えた瞬間からお巡りさんという人物にスイッチを切り替えるみたいな…。
ミン:
ぞれぞれの役割をきちんと与えることで、自然と役に成りきってくれたということですね。完成した映画をご覧になって、キャストの皆さんはどんな反応を示されましたか。
長谷井宏紀監督:
それはもう、盛り上がりましたよ!セバスチャン役のジョマルの住んでいる所で、僕のノートパソコンで上映会をしたんだけど、近所の人も集まってきて、皆、すごく楽しそうに映画を観てくれました。それから…とても悲しく残念なことに、ヴェネツィア映画祭後にピーターが病気で突然亡くなってしまったんだけど、彼のお葬式でも上映をして、村中の人が集まってこの作品を観てくれた。その後、フィリピンの映画祭にも招待されたんだけど、バンを1台借りて、キャストとクルー、その家族や近所に住む子ども達まで車に乗れるだけ乗せて、皆で参加しました。
ミン:
ピーターさんのことは本当に残念ですが、この映画に参加されたことは、皆さんにとって、きっと特別な素晴らしい経験だったでしょうね。お話を伺っていると、この映画は、いくつもの国境をまたぎ、多くの人々の情熱によって生み出されたものであると同時に、不思議な縁みたいなものに導かれて、撮るべくして撮られた作品のようにも思うのです。監督ご自身はどう感じていますか。
長谷井宏紀監督:
確かに不思議なこともいっぱい起きたけど、そういう“きらめき”みたいなものは、実は日常にも溢れているんじゃないかな。要は心の扉が開いているかどうか。僕だけじゃなくて、この映画に関わったすべての人達が、映画を作るという目的に向かってその扉をオープンにしていたから、そこに縁みたいなものがどんどん流れ込んできたんだと思うし、そこでいろいろな物事が繋がっていったのは、むしろ自然なことのように思うんです。
ミン:
なるほど。目的意識をもって心の扉を開くこと、私も大切にしたいと思います。
ミン:
“何でも買える世の中で母親を買うことは可能なのか”ということが本作のストーリーの起点だったそうですが、「お母さんをお金で買おう」というブランカの無邪気な発想は、“愛”がどんなものかを知らないからこそ生まれたものですよね。そんなブランカがピーターとの関係に、理屈を越えた温かい感情を見出していく。言葉でどんなに説明するよりも、愛というものの本質がスッと胸に響いてきて、とても感動しました。脚本を書き始めたときから、この着地点は想定されていたんですか。
長谷井宏紀監督:
だいたいの着地点は決めてから脚本を書きましたけど、撮影しながら変えていく部分も多かったです。例えば、撮影が進むなかでセバスチャンの存在感がどんどん光ってきて、ほかのクルーからも「ここは、セバスチャンを入れたほうがいいね」っていう意見が出て変更した部分もあるし、クランクアップの瞬間をジョマルと一緒に祝いたいよね、ってことで最後の撮影シーンに急遽セバスチャンを登場させることになって。結果、ストーリー的にもより温かいものになったと思います。
ミン:
ジョマルくんも、皆さんから愛されて嬉しかったでしょうね。主人公の名前でもあり、原題(BLANKA)にもなっている“ブランカ”は“白紙”という意味だそうですが、私が“白紙”という言葉からイメージしたのは、“光”のような明るさと、フィリピンのカラフルな街の風景との鮮やかなコントラストでした。とてもステキなタイトルだと思ったのですが、どういった思いが込められているのでしょうか。
長谷井宏紀監督:
ブランカのような子どもの視点から見て、お母さんでさえお金で買えると思ってしまう社会は、複雑な色が混ざった灰色の世界だと思うんです。そんな世界に生きるブランカが、ピーターと出会い、歌うことを知り、自分の力で生きる自信を得たときに、彼女の内面で何かが変わりはじめる。そして、ピーターの優しさと思いやりに触れ、愛されることを知り、他者への思いやりが芽生えたとき、ブランカを取り巻く灰色の世界は、どんどん白い世界へと変わっていく。そんなイメージをタイトルに込めました。正直、“光”というイメージまでは考えていなかったけど、今、この話の流れで思ったことは、白が強くなると、やはり“光”に近づいていくわけで。盲目のピーターの世界に、ブランカという“光”が灯ったことにもなるのかなって。そして、きっとその“光”は、僕達の世界を照らすものでもあるんじゃないかな。
ミン:
暗い場所に光が灯るような感覚を、私自身はこの映画から受け取りました。そして、本作を観た多くの人が同様の感動を受け取るんじゃないでしょうか。この映画を観たあと、私には世界が前より少しだけ光に満ちた優しい場所に思えたんです。
長谷井宏紀監督:
ありがとうございます。Twitterで「映画館から出たあと、どんよりした曇り空が少し明るく見えた」と感想をくださった方もいたし、スイスの映画祭では70代の女性に、「あなたの映画を観て1日が楽しくなった、良い1日をありがとう」と言ってもらえて、とても嬉しかったんです。
ミン:
ほかに、各国の映画祭や上映での観客の反応はどういったものでしたか。
長谷井宏紀監督:
どこの国でも反応がすごく似ていました。純粋なだけでは生きられない世界かも知れませんが、国や人種に関係なく、誰もが自分の中に真っ白な部分を持っていて、それはすごく大切なものなのだと改めて思いました。この作品を観た人が、その感覚をほかの誰かに伝えてくれたら嬉しいし、いつもより優しい気持ちで人に接してくれて、その優しさがまた違う誰かを幸せにしたら、すごく良いと思うんです。
ミン:
とてもステキな連鎖ですね。映画を撮り続けるためには、商業的な成功も視野に入れなくてはいけないと思いますが、商業的な目線と作家性のバランスで悩まれたりすることはありますか?また、今後、いわゆる商業作品として原作ものなどのお話がきたら引き受けたいと思いますか。
長谷井宏紀監督:
正直、商業性と作家性のバランスとか、あまり突き詰めて考えたことはないけど。何より大事なのは、良い脚本を書くことだと思う。アイデアとコンセプトがしっかりしていて、良い脚本さえあれば、商業的な売り方だって、インディペンデントなアプローチだってできると思うんです。一つだけ、今はっきり言えるのは、映画を撮り続けていけるなら、僕はそうしたい。だから、商業映画が多くの人に作品を観てもらうチャンスになるならば、そのフィールドで思いっきり遊んでみたいとも思います。原作ものも、挑戦してみたいですよ。何から何まで脚本どおりに…と言われたら考えるけど、自分なりのアイデアでどんどん変えていけるなら引き受けたい。日本を舞台にした作品も構想しているし、まだまだ映画を撮りたいから、やっぱり今は「何でもやります!」って言っておこうかな(笑)。ただし、観た人が優しく幸せな気持ちになる作品という部分だけは譲れないですね。
2017年7月6日取材&TEXT by min
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2017年7月29日より全国順次公開
監督・脚本:長谷井宏紀
出演:サイデル・ガブテロ/ピーター・ミラリ/ジョマル・ビスヨ/レイモンド・カマチョ
配給:トランスフォーマー
ストリートで暮らす孤児の少女ブランカは、有名女優が自分と同じ境遇の子どもを養子にしたというニュースをテレビで観て“お母さんをお金で買う”ことを思い付く。その頃、住む場所を追われたブランカは、盲目の路上ギター弾きピーターと出会う。一緒に旅に出て辿り着いた街で、「3万ペソで母親を買います」と書かれたビラを張り、その資金のために盗みを働くブランカに、ピーターは歌でお金を稼ぐ方法を教える。ピーターが弾くギターに合わせて歌い出したブランカの歌声は人々を惹きつけ、ライブ・レストランのオーナーからステージで演奏する仕事を頼まれる。屋根のついた部屋と仕事を得たブランカは喜ぶが、一方で思いもよらぬ危険が迫っていた…。
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