第二次世界大戦末期の奄美群島、加計呂麻(かけろま)島をモデルにしたカゲロウ島を舞台に、島に駐屯してきた海軍特攻艇隊長の朔(さく)と国民学校の教師である大平トエの鮮烈な出会いを描いた本作の越川道夫監督にインタビューしました。原作となったのは、作家の島尾敏雄が自身の戦争体験をもとに執筆した小説「島の果て」と、その妻、島尾ミホが幼少期の思い出や敏雄との出会いなどを綴った短編集「海辺の生と死」。神々しくも猛々しい自然のなか、運命的に出会った男女のはかない恋のきらめきをスクリーンに映し出す本作で、越川監督が作品に込めた思いや、撮影風景などを伺いました。
PROFILE
1965年、静岡県生まれ。助監督や演劇活動を経て、映画配給会社シネマ・キャッツでヨーロッパ映画の宣伝配給に従事。1997年に映画製作、配給会社スローラーナーを設立。篠原哲雄監督『洗濯機は俺にまかせろ』、ラース・フォン・トリアー監督『イディオッツ』、廣木隆一監督『不貞の季節』『理髪店主の悲しみ』、行定勲監督『贅沢な骨』、瀬々敬久監督『RUSH!』『SFホイップクリーム』、フィリップ・ガレル監督『孤高』、アレクサンドル・ソクーロフ監督 『太陽』などの配給および宣伝に携わる。主なプロデュース作品に、青山真治監督『路地へ 中上健次の残したフィルム』、奥原浩志監督『青い車』、市川準監督『トニー滝谷』(アソシエイト・プロデューサー)、熊切和嘉監督『海炭市叙景』『夏の終り』、ヤン・ヨンヒ監督『かぞくのくに』、タナダユキ監督『赤い文化住宅の初子』『俺たちに明日はないッス』、足立正生監督『幽閉者 テロリスト』、甲斐田祐輔監督『砂の影』、鈴木卓爾監督『私は猫ストーカー』『ゲゲゲの女房』、日向朝子監督『森崎書店の日々』『フォーゴットン・ドリームス』、加藤章一監督『吉祥寺の朝日奈くん』、吉田良子監督『惑星のかけら』、池田千尋監督『夕闇ダリア』、たむらまさき監督作『ドライブイン蒲生』、若木信吾監督『白河夜船』、豊島圭介監督『海のふた』などがある。2016 年 には『アレノ』で初監督と脚本を務め、第30回高崎映画祭で最優秀主演女優賞(山田真歩)とホリゾント賞(監督)を受賞。2017年8月26(土)より新作『月子』も公開される。
ミン:
ロケ地となった奄美群島の自然や、そこに生きる人々の姿に、動植物が本来もつ圧倒的な生命力や神秘性を感じました。島で撮影をするにあたり、この土地を深く理解し、島の文化や人々に受け入れられることが必要だったと思うのですが、撮影時に留意したことや行ったことがあればお聞かせください。
越川道夫監督:
一番大切にしていたのは“島と対話をする”ということです。「島と話をしないと、何も映らないぞ」って言われている気がしたんです。撮影前にはスタッフがいろいろと準備をするんですが、そうやって人が慌ただしく動いたあとっていうのは、本来の島の空気ではなくなるわけです。単純なことを言えば、人が慌ただしく動いたことで飛んでいた鳥やトンボがいなくなってしまう。だから撮影準備が整っても、島の空気が通常に戻るまで少し待つようにしていました。
ミン:
待っている間、監督はどんな状態でいるのですか。
越川道夫監督:
その間、僕が何をするかというと、その島の場所に「もういい?」って聞いているんです。で、「いや、まだだな」と言われれば待つし、「もういいんじゃない」って言われたら「じゃあカメラを回してください」って本番になる。それをほぼ全カットでやっていました。
ミン:
“島と対話をする”という感覚は、ほかのスタッフや役者さん達も共有されていたのでしょうか。
越川道夫監督:
特に説明もしなかったけれど、撮影はほぼその流れでやっていたし、特に役者達はその感覚をすぐに理解してくれたと思います。この土地で映画を撮るにあたって、それは重要なことだったし、ましてやトエって女性は、その島で生まれ育った人だから。土地との親和性が作れないとトエとして成立しないと思ったんです。
ミン:
島とトエの関係性は、この物語の核となる部分ですよね。
越川道夫監督:
そうです。トエは島そのものだから。島の子ども達、トエ、映画の中には出てこないトエのお母さんがひと続きで、彼女達を描くことが、島そのものを描くことになると思ったし、奄美という土地で、奄美にルーツをもつ満島ひかりという俳優と仕事をすることで、人と土地の親和性がいかに大事かというのを、すごく意識するようになりました。その土地でしか描けないものや空気っていうのが、確実に存在するんです。
ミン:
島尾ミホさんの同名短編集では、幼いミホから見た島の人々や自然の風景といったものがみずみずしく描かれています。本作では、そういった視点を織り込みつつも、敏雄とミホの恋愛を描いた一編「その夜」に焦点を当てて描いていますが、その理由をお聞かせいただけますか。
越川道夫監督:
若い頃から島尾敏雄さんや島尾ミホさんの小説を読んでいて、いつかは映画化したいと妄想していましたが、正直に言うと、かつては、この小説をもとにすれば戦争を背景にしたロマンティックな恋愛映画が撮れると思っていたのかも知れないです。でも、もう僕も50歳を過ぎていて、今この小説を映画化するにあたって、うかうか戦争に裏打ちされたロマンティシズムを肯定するわけにはいかない。だって、そこに愛着をもつってことは、「やっぱり戦争好きなんじゃないの?」ってことにもなり得るわけで。
ミン:
たしかに、戦争というシチュエーションを背景に描く人間関係が、それだけでドラマティックに見えてしまうことも、戦争映画が多く作られる理由の一つだと思います。でも、この作品は恋愛に焦点を当てながらも、いわゆるメロドラマ的な印象はないですよね。
越川道夫監督:
僕と満島さんが現場で確認し合っていたのは、そこなんです。戦争メロドラマにもっていかないってことは、満島さん自身も意識していたし、実際に口にも出していた。そうでなきゃダメだと思った。僕自身が監督として初めて戦争というものを描くにあたって、どう描くのかというのは今回すごく大きなテーマでした。
ミン:
戦場の風景そのものではなく“愛”や“自然”を描くことで、対比として“争うことの愚かさ”を浮かび上がらせた作品だと思いながら拝見していました。
越川道夫監督:
そうですね。この作品で、僕らが戦争に対峙させるべきものは何かって考えたときに、島の人達が紡いできた生活や、彼らと生活を共にしている動植物との関係性だと思ったんです。沖縄戦が始まったことを津嘉山正種さん演じるトエの父親が新聞で知るシーンでは、庭向きに座った彼の後ろ姿をカメラで捉えたのですが、僕は戦争というのは“この庭が焼けること”だと思いました。実際に戦争でトエの実家の庭は焼けていないけど、戦争って生き物や歴史が積み重ねてきた物事を全部灰にしてしまうから…。そういう戦争にロマンティシズムを見出す映画は撮りたくないわけです。
ミン:
なるほど。対峙といえば、朔中尉が川瀬陽太さん演じる隼人少尉にトエとの関係をなじられて、キレまくるシーンが印象的でした。朔は特攻隊長という立場でありながら、芸術家気質でどこか戦争や軍人というイメージから遠い存在に思えますし、隼人は軍歌を高らかに歌うような“ザ・軍人”的なイメージで、この二人の関係性もまた“愛”と“戦争”という対照的な構図に見えたのですが、隼人という存在に監督が込めた思いをお聞かせいただけますか。
越川道夫監督:
うーん、なるほど。僕としては“トエ”と“朔”と“戦争”の三角関係の映画というつもりで撮ったところがあります。というのも、朔はなんだかんだ言って、常に戦争のほうに戻って行ってしまう…。トエの恋愛はこの劇中では成就していなくて、常に失恋している状態なんだと思います。
ミン:
たしかに、トエのほうが朔に必死にしがみついている感じでしたね。
越川道夫監督:
そうそう。朔はトエの側に行こうとしながらも、必ず戦争のほうに帰ってしまう。だから、恋愛映画じゃなくて、これは失恋映画なんです。満島さんも朔とのシーンのカットがかかる度に「また、失恋しちゃったぁ!」って言っていました(笑)。
ミン:
では、この劇中では朔はどちらかというと“愛”よりも“戦争寄り”の人間として描かれていたのですね。
越川道夫監督:
いや、でも、先ほどおっしゃられたことは間違いじゃないんです。朔自身も戦争と自分自身の間ですごく揺れている。彼はナイーブな人間で、どうしてこうなっているのかを自分でうまく把握できていないところがある。だから彼は島を愛し、現状に違和感はあるんだけど、時代とか立場的にもそこから抜けられずにいるんです。
ミン:
朔は「何かが醜くてやりきれない」と独りごちながらも、隊員達の前では「出廷命令が出たら、自分が一番に突っ込みます!」なんて言っていましたね。どちらも本意なのでしょうけど。
越川道夫監督:
それで、隼人少尉の存在が何だったかという質問に戻ると、内地からきた戦争そのものなのかも知れないし、出撃命令がなかなか出ない宙づりの状態にいて、隼人自体も何を待っているのかをわからなくなって混乱しているんだと思います。そういう状態を僕は(「ゴドーを待ちながら」*の作者であるサミュエル・ベケットになぞらえて)“ベケット的状況”と呼んでいるのですが。確かに戦争中ではあるのだけれど、自分がもはや何を待っているのかわらなくなっている状態を、隼人として川瀬陽太さんに演じてもらったという感じです。
*「ゴドーを待ちながら」…ゴドーという人物を、ひたすら待ち続ける二人組のホームレスを描いた、劇作家サミュエル・ベケットによる不条理演劇の代名詞ともいえる傑作戯曲。
続きを読む>>>>> 1 2:閃光のなかで、トエは笑うのだとしか思えなかった
2017年7月29日より全国順次公開
監督・脚本:越川道夫
出演:満島ひかり/永山絢斗/井之脇海/川瀬陽太/津嘉山正種
配給:フルモテルモ、スターサンズ
昭和19年12月、奄美群島のカゲロウ島(加計呂麻島がモデル)に海軍の特攻艇隊長である朔中尉が駐屯してくる。国民学校教員として働く大平トエは、兵隊の教育用に本を借りにきた朔と知り合い、互いに好意を抱き合う。島の子ども達に慕われ、軍歌よりも島唄を歌いたがる軍人らしくない朔とトエは逢瀬を重ねるようになるが、日を追うごとに敵襲は激しさを増し、ついに沖縄は陥落。広島にも新型爆弾が落とされる。そして、覚悟していた朔の出撃する日がやってくる。母の遺品の喪服に身を包み、短刀を胸に抱いたトエは、朔の元へと無我夢中で駆けていくのだが…。
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