ミン:
朔の出艇を知ったトエが体を清めるシーンでは、閃光と轟音のなかでトエがやけに清々しい笑顔を見せます。愛に身を捧げることを決め、死を前にした覚悟の笑顔に見えたのですが、監督の意図をお聞かせいただけますか。
越川道夫監督:
なんでしょうね(笑)。原作に出てくるんです。ミホさんが体を清めていたら、閃光を見たという描写が。僕としては観客の皆さんがどう解釈したかを聞いてみたいな。
ミン:
確かに、小説に出てきますね。監督ご自身も、その真意は図りかねると。
越川道夫監督:
あの光の正体が何であったかというのは、ミホさん自身も書いていないし、実際のところはよくわからない。こういうときに人はどうするのか、僕はその場に行って、そこに立たないと何にも思い付かない人間なんです。だから、トエと同じ場所に立って、光がきて、人はどうするんだろう?って現場で考えたら、彼女は笑うのだとしか思えなかった。満島さんに「一番良い顔で笑ってくれる?」って言ったら、それに対して満島さんも「なんで?」とは一切聞きませんでした。
ミン:
それがあの笑顔だったのですね。トエの内側に秘めた野生や強さみたいなものを満島さんが体現されていて胸を打たれましたし、どこか飄々とした永山さんの佇まいも役にぴったりでした。主要キャスト5人以外はすべて島の方ということですが、その存在感もこの作品に欠くことはできないものだったと思います。キャスティングについて、今思うことをお聞かせください。
越川道夫監督:
いやもう、このチームでしかあり得ないと思います。当初から、トエを演じられるのは満島さんしかいないと思っていたし、主要キャストも奄美キャストも、この人達しかあり得なかった。僕が選んでいったというよりも、作品のピントが自然と彼らに合ったんだと思う。いつも思うことだけど、映画って、僕が撮りたいと思うだけで撮れるものではないんです。さまざまなピントがいろいろなところで合ったときに出来上がるものだと思うんです。
ミン:
越川監督は、若い頃から島尾敏雄さん、島尾ミホさんの小説を愛読されてきたそうですが、どういったところに強い魅力を感じていたのですか。
越川道夫監督:
敏雄さんの小説に関して言うと、戦争みたいな大きい経験をしたあとに、人が何を考えてどう生きるのかということに興味を持っていたし、ミホさんに関して言えば、別の場所やシステムに行けば、別の考え方をもっている人達がいるということに興味を持っていたんだと思います。
ミン:
別のシステムというのは、島と内地の文化や思想の違いみたいなものでしょうか。
越川道夫監督:
そうですね。自分が当たり前だと思っている価値観が、ある人達にとっての絶対ではないということ。僕が大学生時代に、ガルシア・マルケスやバルガス・リョサなんかのラテンアメリカ文学がブームになりましたが、彼らの文学は、僕らが影響を受けているヨーロッパ経由の近代的な考え方や、ヨーロッパの小説がもっているシステムとは違う。“クレオール”という言葉がありますが、植民地で支配する側の文化と支配される側の文化が混合した土地で、独特の文化が生まれました。僕はどこかミホさんの小説やエッセイをそのようなものとして読んでいたのかも知れません。
ミン:
奄美群島も植民地的な支配を受けた歴史のなかで、独特の文化を育んできた土地ですね。
越川道夫監督:
そうですね。ミホさんは島に生まれ育っていながら、いわゆる日本の学校教育を受けているという点でクレオール的でもあると思います。この映画にもそういった表現があるし、ミホさんの小説にも出てくる。そういった文化や文学に興味をもつなかで、僕は島尾ミホという人の小説をことさら大事に読んできたんだと思います。
ミン:
島尾夫妻というと、夫の浮気によって常軌を逸していく妻との極限状態での絆を描く敏雄さんの私小説「死の棘」の印象が鮮烈です。…と言いつつ、すみません。私は映画化作品しか観ていないのですが、トエと朔の物語を描きながら、やはり「死の棘」のことは意識されましたか?
越川道夫監督:
小説の「死の棘」に繋がっていくことは意識しました。
ミン:
映画が公開された当時は、私自身が幼く未熟だったのもあって、ひたすらエキセントリックな男女関係を描いた作品という印象しかないんですよね。『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』(1986)なんかと同じ並びで観ていたと思います。
越川道夫監督:
んー、なるほど。
ミン:
本作でミホと島との関係を知って、個人的には、ミホさんは島を出なかったほうが幸せだったんじゃないかと思ってしまって…。ちなみにですが、越川監督は男性として、トエまたはミホさんのような激しい女性をどう思われますか?
越川道夫監督:
…んっ!?僕が?男性として?
ミン:
はい。“女子映画部”を名乗る以上は、男性心理的な部分もぜひ聞いておかねばと思いまして。
越川道夫監督:
マジか!?いやいや、まあ、それは言えないですよ(笑)。長くなるし(笑)。
ミン:
そんなことおっしゃらずに…。
越川道夫監督:
というか、そもそも、僕はトエというかミホさんをエキセントリックだとは思っていないんです。この島の人達は、ずっとこういう風に暮らしてきて、それを内地の人がみればエキセントリックだとかシャーマン的だとか言うんだろうけど。それは、外側から見た自分勝手な目線に過ぎないと思うんです。「死の棘」に描かれているのは、一見、個人の問題に見えるけど、 あれは、島と島の外との相克を描いていると思います。つまりは、島と内地のすれ違いなんです。…と、僕は思っています。だから、何が言いたいかというと、自分の価値観でいろいろな物事を勝手に判断してはダメだということです。僕自身もそういった考えに突然陥らないようにと思いながら日々暮らしています。
ミン:
うーむ、なるほど。監督のお話を伺って、島尾敏雄さん、島尾ミホさんの作品を更に読んでみたくなりましたし、その上で、もう一度本作に向き合ってみたら、また違う視点や気付きがもてそうです。本日は興味深いお話をありがとうございました!
2017年7月13日取材&TEXT by min
前に戻る<<<<< 1 2
2017年7月29日より全国順次公開
監督・脚本:越川道夫
出演:満島ひかり/永山絢斗/井之脇海/川瀬陽太/津嘉山正種
配給:フルモテルモ、スターサンズ
昭和19年12月、奄美群島のカゲロウ島(加計呂麻島がモデル)に海軍の特攻艇隊長である朔中尉が駐屯してくる。国民学校教員として働く大平トエは、兵隊の教育用に本を借りにきた朔と知り合い、互いに好意を抱き合う。島の子ども達に慕われ、軍歌よりも島唄を歌いたがる軍人らしくない朔とトエは逢瀬を重ねるようになるが、日を追うごとに敵襲は激しさを増し、ついに沖縄は陥落。広島にも新型爆弾が落とされる。そして、覚悟していた朔の出撃する日がやってくる。母の遺品の喪服に身を包み、短刀を胸に抱いたトエは、朔の元へと無我夢中で駆けていくのだが…。
公式サイト 映画批評&デート向き映画判定
©2017 島尾ミホ / 島尾敏雄 / 株式会社ユマニテ