映画のお仕事は、監督・女優以外にも数え切れないほどの種類があります。プロデューサー、照明、音響、衣装、メイク、宣伝、劇場営業…。映画を作る現場から、映画をユーザーに届けるところまで、さまざまな現場で働く女性にお会いする機会があれば、お話を聞いて、現場の状況などを掲載できればと思います。
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直木賞候補となった自らの小説を映画化した、西川美和監督の最新作『永い言い訳』。“妻が死んでも涙すら流せない”歪んだ自意識とコンプレックスを持つ主人公を7年ぶりの映画主演となる本木雅弘が演じ、遺された人々の悩みや迷いを通して“誰かと生きることのうれしさと難しさ”を描く本作。西川監督が “自分の人生の集大成”という本作に込めた思いや、見どころなどを伺いました。
ツイートミン:
この物語では、子ども達の存在がとても大きいですよね。特に真平は、幸夫と陽一という一見相容れない個性を結び付ける役目として、この作品のキーパーソンともいえる立ち位置です。
西川美和監督:
そうですね。彼がいなければ幸夫は大宮家に入っていけなかったし、陽一とも繋がりはできなかったでしょうね。
ミン:
真平は年齢の割に醒めたところもあって、実の父親よりも幸夫と通じ合える部分がある。とても聡明で、父親のことを少々鬱陶しく思いつつも、理解して愛してもいて、そこがジレンマでもある。かなり複雑なキャラクターですが、どのように生まれたのでしょうか。
西川美和監督:
おっしゃるように、屈託がない父親とは逆に、真平は複雑さを内面に抱えた少年です。そして、幸夫のなかにも真平と同じような傷がある。だから、幸夫も真平を頼りに大宮家と関わることができるんです。そういった真平のキャラクターは、自分の子どもの頃の感覚を思い出して書いていきました。
ミン:
西川監督もなかなかやっかいなお子さんだったのですね(笑)。
西川美和監督:
そうですね(笑)。でも、子どもは子どもなりに複雑で、大人の言う“子どもらしさ”だけで充満しているような、シンプルな生き物ではないと思うんです。自分自身も幼い頃から、そんな複雑な感覚を抱えていました。
ミン:
この作品に限らず、西川監督が小説や脚本を書かれるときは、登場人物たちと同じ目線に立って描かれるのですか?それとも、登場人物達を俯瞰したうえで、神様のような目線で、「こいつにはこの試練を与えてやろう」といった感覚で描かれるのですか。
西川美和監督:
どちらかというと、前者ですね。作品に登場する人物には、何かしらのシンパシーを感じて描きます。後者があるとすれば、主人公だけですね。幸夫のことは相当いじめていますから(笑)。
ミン:
陽一と幸夫は真逆のキャラクターで、お互いにない部分を持っています。西川監督ご自身は陽一のどういったところにシンパシーを感じられたのでしょうか。
西川美和監督:
陽一は、私にはないものや、眩しいと感じるものを人型にしたようなキャラクターで、どこか羨ましい存在なんです。
ミン:
羨ましいという気持ちはわかる気がします。陽一は、妻の死に対しても真っ直ぐに悲しんで涙を流せるし、だからこそ気持ち良く次の好きな人のところにもいける。生き方がシンプルですよね。
西川美和監督:
そうですね。ただ、うらやましいと思いながらも、同時にそういう人間のもつ粗暴さも描きたかったんです。自分が失ったものへの悲しみや後悔をガンガン口に出せる人って、周りを辛い思いにさせることもあると思うんです。でも、陽一みたいなタイプは、自分の言動が人を圧迫したり、複雑な感情を湧き起こさせたりするなんて想像すらしない。真っ直ぐに生きられるのは素敵だけど、その屈託のなさが人を傷つけることも、純粋ゆえの鈍感さや想像力の欠落が暴力性を帯びてもいるということも、この作品で伝えたいことの一つでした。
ミン:
幸夫のもつ残酷さとは種類が違いますね。幸夫に関して印象的だったのは、夏子が亡くなって、エゴサーチをしているシーンです。「かわいそう」とか「かっこいい」とかっていうサブワードに、残酷だなぁと思いつつも、笑ってしまったんですけど。あの検索ワードも監督が考えられたのですか?
西川美和監督:
私が考えました。あのシーンは、自分でも観ながらゾッとしますね。
ミン:
ほんとうに、「なに、コイツ!」って思いました。でも、実はあのシーンを観て、「若干わかるな」とも思ったんです。もしかすると自分もやっちゃうかも…って。幸夫を酷いとは思うのは、同族嫌悪のような感情もあって、むしろ、あのシーンをきっかけに幸夫に感情移入して、だんだん共犯意識みたいなものすら芽生えてしまって(笑)。
西川美和監督:
「あなたも、そうならないと言えますか?」とは言いたいですよね(笑)。
ミン:
西川監督がこれまで描かれた人物のなかで、幸夫はもっともご自分に近いキャラクターだとおっしゃっていますが、具体的にどういった部分でしょうか?
西川美和監督:
ほとんどすべてです。唯一、私に無い部分だと思うのは、社会的な立場をすごく気にするところですね。自分の名前にこだわっていることもその一つで、自分を支えてくれるパートナーが目の前にいるのに、自分が世の中にどう見られているかばかり気にしている。「あなたには自分を受け入れてくれるホームがあるんだから、いいじゃない!」と思うのに、ホーム以外の場所に永久に自分の存在意義を見出そうとする。そこは、男性の男性らしさであり、女性的な視点から見たときの男性のウィークポイントだと思うんです。こういう部分がなければ、男はもっと強くいられるのにと思います。
ミン:
確かに、いかにも男性らしい発想ですよね。そんな関係でも夏子のほうは、まだ幸夫のほうに目を向けているのかなと思います。夏子のケータイに残されたメッセージも、言葉どおりじゃなく「…でも、愛している」という思いを含んでいるように感じました。西川監督は、どのような解釈であの言葉を書かれたのですか
西川美和監督:
正直なところ、自分でもよくわからずに書いたんです(笑)。長く人と一緒にいると、いろんな気持ちになるじゃないですか。夫婦やカップルだけじゃなく、友達同士だって「この人のこと、大っ嫌い!」と思う瞬間があるし。自分の気持ちを確かめる意味でも、文字にしてみてゾッとして、思い改めることだってある。ただ、相手に関心がなくなったときには、そんなことすら書かないですよね。
ミン:
そうですね。夏子も幸夫と長く一緒にいるなかで、単純には言い表せない感情を抱えていたのだろうとは思います。
西川美和監督:
思いを文字にして「私、本当に送っちゃうかも」というスリルを味わって、でも送らないことが彼女にとっての愛情の確認作業だったのかも知れない。結局、あのシーンで何を描きたかったのかというと、「その真意を確かめることすらできない」という事実そのものなんです。夏子だって、幸夫にメールを見られて、「違うのよ!」と言いたかったとは思いますけど、そんな彼女の言い訳すら、もう聞くことができない。それが“死別”の現実だと思うんですね。生き残った人間が、亡くなった人のことを都合良く解釈したところで、本当のところは結局わからないんです。“もう、絶対にコミュニケートできない”というのが死別の厳しさだと言いたいだけで、何かしらの夏子の真意をあの言葉に込めたわけではないんです。
続きを読む>>>>> 1 2:自分の一番恥ずかしい部分や、見たくなかった部分に向き合って書いた作品
2016年10月14日より全国公開
監督・原作・脚本:西川美和
出演:本木雅弘/竹原ピストル/藤田健心/白鳥玉季/堀内敬子/池松壮亮/黒木華/山田真歩/深津絵里
配給:アスミック・エース
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、妻が旅先で不慮の事故に遭い、親友と共に亡くなったと知らせを受ける。ちょうどその時間、不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻と一緒に亡くなった親友の夫であるトラック運転手の陽一とその子ども達に出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出る。保育園に通う末っ子の灯と、妹の世話のため中学受験を諦めようとしていた兄の真平。子どもを持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝き出すのだが…。
©2016 「永い言い訳」製作委員会