今回は特別号として、ある人間の心理について深掘りし、同じような傾向のキャラクターが登場する作品を合わせてご紹介します。
ツイートまずは実話をもとにした作品をご紹介します。社会心理学の視点から、主人公や周囲のキャラクターに共通して見られる傾向について考えていきます。
※世界に数多くある学説の中から、ご紹介しており、心理学の研究や科学的証明は常に行われているため、これは現時点でのあくまで私個人の解釈です。
●フラストレーション攻撃理論
人間は欲求不満が高まると攻撃的になるという理論。攻撃の矛先は、必ずしも原因となる相手に向けられるわけではなく、弱者をスケープゴートにすることがある。そういったところから、根拠のない差別、偏見が生まれるというもの。
●相対的剥奪理論
現在の生活水準と本来自分達が享受すべき生活水準のギャップを主観的に評価し、それがフラストレーションの源とする考え。自身が所属する集団と、特定の外集団を比較することから、差別・偏見が生まれると考えられる。
●社会的比較理論
自分が所属していると知覚している集団(=内集団)や自己評価は、外集団との比較によって、査定されるという理論。他と比較して、内集団が優れている点が強調されることで、差別や偏見を生むとされる。
→第一次世界大戦後、ドイツの経済は破綻していました。しかし、ヒトラーが1933年に政権を握ってから、約2年で経済は回復したと言われています。国民の支持を得て、力を増したナチス政権は、さらにドイツ国民の結束を固め、国力を上げるため、ドイツ国民ではないとされたユダヤ人をターゲットにして、迫害という手法を利用したのではないかと考えられます。また、国民の生活が厳しいのは、別の誰かが利益を得ているからではないかという考えを植え付けようとするなら、裕福な暮らしをしているユダヤ人(必ずしもユダヤ人皆が裕福なわけはないが)を標的にするのがわかりやすかったのではないでしょうか。
※1920年にヒトラーが中心となって作られたナチスの党綱領は、25ヵ条からなり、中には「血統的にドイツ民族の血を引くものだけをドイツ国民となりうる」という内容が含まれています。この時点では、ユダヤ人を含む外国人の多くが移民として入国してきていたため、「ドイツ人最優先」とする内容になっていたが、「ユダヤ人迫害」を具体的に掲げていたわけではないと考えられています。でも、こういった風潮って、トランプ政権になったアメリカの現状とちょっと重なっても見えますね。
●アイヒマン実験
ナチスドイツ政権下で、アウシュビッツのガス室に多くのユダヤ人を送り込み、大量虐殺を行った最高司令官アドルフ・アイヒマンから名前が付けられた。アイヒマンは、学生の頃は劣等生で、学歴もなく、人の嫌がる仕事をひたすらこなし、与えられた命令に盲目的に従うことで出世したと言われている。彼はヒトラーの「わが闘争」を読んでおらず、信念を持たない、弱い人間だったとされている。
実験は、1962年のアイヒマン処刑の次の年、1963年にミルグラムによって行われた。実際の目的を伏せて、記憶研究への参加者募集として新聞広告で集められた実験参加者が、くじ引きで先生と生徒役に分かれ、両者はガラス窓で隔てられた別々の部屋に入る。生徒役が誤答すると、罰として先生役が電気ショックを与えるように指示されている。生徒役が苦しんでいる様子から、先生役が実験の中止を願い出ても、実験者はどうしても続行するように伝えた。結果、40名の実験参加者のうち、26名(65%)が最大の450ボルトまで電気ショックを与え続けた。さらに別室でガラス窓越しに苦しむ生徒役の様子を見て、笑った者が35%いたという。さまざまな状況下で同様の実験が繰り返されたが、ほぼ同じ結果だった。ミルグラムは「科学という権威のもと、実験参加者達は盲目的に服従したのである」と述べている。
※実際は、サクラが全員生徒役に回り、電気ショックを受けて苦しんでいるように演技をして、実験が行われた。
※スタンフォード監獄実験:スタンフォード大学で行われた、悪名高き実験。刑務所の中(大学内に作られたセット)で、実験参加者に看守役と囚人役に分かれて過ごしてもらい、役割や立場が与えられると、人がどう変化するかを観察した。ミルグラムのアイヒマン実験をアレンジした実験ともとれる。
→どんな人間にも、正義感や理性より、誤った義務感、使命感が勝ることもあると実感させられます。そしてそうなるには、決してもともと悪人であるとも限りません。
【参考・引用文献】
「新編 社会心理学 改訂版」(堀洋道 監修/吉田富二雄、松井豊、宮本聡介 編著/福村出版)
「ヒトラーの経済政策ー世界恐慌からの奇跡的な復興」(武田知弘 著/祥伝社新書)
ちいさな独裁者
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軍服により“役割”を得て、独裁者に変貌 |
本作はドイツ人兵士ヴィリー・ヘロルトにまつわる実話を映画化。ヘロルトは、ブカブカの軍服を身につけ、大尉になりすまして、あらゆる危機を乗り切ります。でも、危機を回避するだけでは終わらず、手に入れた権力をふりかざして、虐殺を行っていきます。なりきりを始めた当初から、疑われても堂々たる態度で切り抜ける度胸があると言えば褒め言葉になってしまいますが、逆に詐欺師的な素質も持っていたのかも知れません。1度捕まった後の行動を考えると、もともと彼の中に誠実さや罪悪感が芽生える人間性があったのかは疑問が残るところです。20歳という若さも起因していたのかも知れませんが、軍服を着ることで生まれた自分の役割、そしてそれに付録でついてきた権力が、彼を狂わせてしまったのではないでしょうか。 |
ナチス第三の男
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挫折からの成り上がりが、彼を狂わせたのか |
こちらの実在の人物で、ヒトラー、ヒムラーに次ぐ、ナチス第三の男として、ユダヤ人大量虐殺を首謀し、金髪の野獣と言われ恐れられていたラインハルト・ハイドリヒの物語。彼は、女性とのスキャンダルが原因で海軍を不名誉除隊させられ、挫折を味わいます。でも、婚約者で後に妻となるリナの励ましを受け、彼女のコネクションにより、ナチス党親衛隊(SS)指導者ハインリヒ・ヒムラーと対面。ヒムラーに見込まれたハイドリヒは、SS内部の情報部立ち上げを任されました。その後は、水を得た魚のように、ナチスに貢献しようと、ユダヤ人を排除する活動に尽力します。まるで営業会議をするかのように、淡々とユダヤ人大量虐殺について計画を話し合うシーンにはゾッとします。失われたプライドを回復し、上層部からの期待を受け、一般庶民からは恐れられ…という状況が、彼にとっては心地良かったはず。虐殺は極端過ぎて例にできませんが、立場や権力が人を横暴にするケースは、私達の身近なところでも起きてますよね。 |
ハンナ・アーレント
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なぜ同じ人間が、残虐な行為に手を染めたのか? |
皆から慕われ尊敬されるユダヤ人哲学者のハンナ・アーレントの実話。ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴した彼女自身、強制収容所で辛い経験をしています。それでも、あくまで哲学者としてアドルフ・アイヒマンという人間を分析し、論説を発表しました。受け取り方によっては、アイヒマンやユダヤ人迫害を行った関係者を擁護しているとも捉えられるため、大バッシングを受けました。でも、大学の教壇で彼女が発した「許すことと理解することは違う」という言葉に、彼女の思いが詰まっているように思います。彼女の研究は、人間が同じ過ちを起こさないようにするために、必要な行動だったのではないでしょうか。 |
es[エス]
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エクスペリメント
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アクト・オブ・キリング
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犯した殺人の罪悪感は、皆でごまかそう、忘れよう |
インドネシアでは、軍が政府を乗っ取り、従わない者は、“共産主義者”と決めつけられ、公然と殺されました。この映画では、政府とギャングが堂々と手組んで、1965年に起こした大虐殺という自分達の過去の行いに対して、皆で正当化しようとしている異様な光景が映し出されています。当時殺人を担ったプレマン(“自由人”という意を持つ、ギャングの別称)達が、誇らしげに当時について語り、周囲の人達も普通にそれを聞いていて、罪悪感を持っている様子はありません。プレマンのリーダーは、映画が好きなようで、映画名や内容について、よく話題に出てきます。そして、リーダーはこう語ります。「ナチス映画を観る人は、力とサディズムが観たい。俺たちならもっとサド的にやれる。ナチス映画よりもっとすごいやつを。人が首を絞められる映画なんてフィクションだけだった。だがこれは違う。俺は本当にやった」と自慢。 彼らが内に隠している恐怖は、死者からの恨みでもあり、自分の中の悪についてなのかも知れません。罪悪感を全く持っていないと語る人物も登場しますが、一方で夜うなされると話す人物や、当時殺人を行った場所に立ち、吐き気を催す場面も出てきます。ギャングが政治家に立候補し、「議員になれば、金を巻き上げられる」と公然と言ったり、ギャングが議会のことを「ネクタイをつけた泥棒」と言い表したり、選挙活動で回る町では、住民達が「贈り物は?」「ボーナスは?」と堂々とワイロを要求する姿も映し出されています。映画制作を進めるプレマン達は国営放送にまで登場し、普通にギャングとして紹介されていたり、信じられない光景の数々に驚かされます。大虐殺が実行されたのは、戦争だったからと言い訳をする人物もいますが、プレマン達が祖父として孫を可愛がったり、子どもを慰めたりする姿を見せるシーンもあり、彼らの中にも人間味が残っていることが伺えます。 |
戦争という言い訳があり、集団心理、人間心理、いろいろな条件が重なって、恐ろしい出来事が起こってしまったのだと思いますが、誰にでもこうなる可能性があることを思うと、決して遠い国の他人事ではないなと思います。
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2019.3.1 TEXT by Myson